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師父慕う少女、果てに至る物語  作者: 犬山
デュアル・コミュニティ
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48引く手あまた

 招待状が届いた。

 ファクトリーへの招待状だ。

 差出人は、道化師アルトタスで、宛先はナタリア。文面に余計な情報は殆ど無かった。ファクトリーの場所や地図さえ載っていないのは徹底していた。


「ファクトリー、ッスか。この一ヶ月、探ってみたッスけど、予想通りかなり最近の施設みたいッス。いや、正確には改名したのが、つい最近のことなんスけど」


 情報通のミックでさえ知らなかった第二魔術師団の秘密施設だ。探るのは難しいかと思ったが、思いの外簡単に、ファクトリーについての情報は出てきた。


「まあ、国外への情報規制は厳しかったッスけどね。帝国内なら、探せば詳しい人ぐらいはいるッスよ」


 ミックの調べたところによると、ファクトリーという名前に改名された施設があるらしい。

 旧名――D級収容所。罪人に労役を課す刑務所が、ファクトリーの前身だったのだ。

 刑務所内に勝手に住み着いていた第二魔術師団の活動に、後付けで軍部から認可がおりた、というのがこの奇妙な施設の誕生譚らしい。


「どうやら元からいた刑務官は追い出されて、中で好き勝手やってるみたいッス。奥に入って出て来られた人間はいないッスけどね」


「伏魔殿……」


「どうするッスか?行くなら行くで、色々覚悟した方がいいと思うッスけど」


 正しく虎口。情報が外に漏れないということは、中で人一人が行方不明になっても調査さえされない、ということである。しかも中で待ち構えるのは、ドラゴンさえも屠ってしまうような魔人ばかり。


『提案に乗る馬鹿は普通いないよな……』


 道化師のことは、ナタリアも付き合いが長い。少しは人柄も分かってきたように思う。気味の悪い部分もあるが、長所短所があるのは人間として当たり前のことで、とやかく言うつもりはない。

 しかし彼は飽くまで第二魔術師団の下っ端に過ぎない。彼だけの思惑で組織が動いているわけではない。


「じゃが、やつはわしの属性の秘密を知っておる……シラを切り通すのは難しいじゃろう」


「腐り清水を使われて、四重属性のうち、二つの属性がバレたんでしたっけ。まぁ不幸中の幸いで、全部ばれたわけではないのが、救いッスね。――にしてもほんと、馬鹿げた話ッスよ。爺さんでさえトリニティだったってのに。お弟子さんが四重属性とか……。拙者の先祖返りの呪なんて霞むくらいのネタじゃないッスか」


「……何度も繰り返すが、決して口外するなよ?」


「取材対象の許可も取らずにそんなことはしないッス。……しかし第二魔術師団ってのは、デュアルばかりを入団させているんでしょう?もしかして、勧誘されてるんじゃないスか?」


「あるいは、そうかもしれぬ」


 道化師はナタリアに対して、やけに親しげだった。意味深なことを何度も囁いていた。今思えば、あれらの言動はナタリアがデュアルだと見抜き、鎌を掛けていたのではないだろうか。

 幽議会で悪目立ちしたナタリアは、あの時から道化師にマークされていたのだろう。

 自称九歳と、何度も呼ばれた。あれはきっとナタリアのことを疑っていたのだろう。陰陽和合の使い手か、あるいは人に化けた幻想種ならば、幼い子供の姿を象ってもおかしくないからだ。どちらの可能性だとしても、第二魔術師団の道化師には関係の深い事象である。

 彼にとってはナタリアは、ただの幼子ではなかった。大賢者の弟子でさえなかった。最初から要注意対象だったのだ。


「しかし、ファクトリーに行かないにせよ、一度やつを問い詰める必要がある」


 あの時、道化師はまるで、ナタリアのせいで◼︎◼︎◼︎が◼︎んだ。そう言わんばかりの物言いをした。彼の冗句や諧謔であれば、それはそれでいいのだ。けれど、万が一、あの言葉が真実だとすれば、自分は一体……。


 このことについて、考えすぎるといつも思考が嫌な方向に向かう。全く、迷惑な話だ。


「行ったら帰っこられなくなるかも」


「覚悟の上……と言いたいところじゃが、そんなのは真っ平御免じゃな。なんとか無事に往って戻ってきたいものじゃ」


 招待状に、ファクトリーの場所は記されていない代わりに、手段が記されていた。


「ところで、ここに書かれている鈴ってのは何ッスか?何かの魔術の隠喩ッスか?」


「音無しの鈴は道化師から貰った魔具じゃ。文机の中に保管しておる。どうやっても音が鳴らない不思議な鈴じゃよ。それを振れば、帝都のどこでも駆け付ける、と威勢のいいことを言っておったわ」


「そんなものもあるんスね」


 実物を見せてやったが、ミックの興味を引くことは出来なかった。


「不思議ではないのか?」


「いや、十分驚いているッスよ」


 そう言う割には、ミックは表情は小揺るぎもしない。自慢のおもちゃを馬鹿にされた気がして、ナタリアは少しむきになっていた。


「ほら!鈴の隙間!ここから覗き込むと中には――」


「中に何か入っているんス?」


「……いや、何にもないが」


「……。ま、まぁ、拙者多分、慣れてるんスよね。其の手のびっくりグッズには。爺さんに付いて行く旅路で、人智を超越したアーティファクトも何個も見たッスからね」


 アーティファクトや魔具で目が肥えているというのなら、音無しの鈴の仕組みも解き明かして欲しいものだが。

 ミックの見識は確かに凄い。凄いのだが、興味の焦点がナタリアとは、ずれているのだ。何かが動く仕組み、現象の裏に潜む法則、それらへの興味がミックは薄い。あるがままに不思議を受け入れ、不思議の謎を敢えて解明しようとはしないのだ。


「……恐らく、普通は聞こえない周波数の音を出しているのではないか、と考えておる」


「しゅーはすー?よくわかんないッスけど、仕組みが分かってるなら、それでいいじゃないスか。鈴を鳴らせば、魔人来る。それ以上の意味はないッスよね、それは」


 だが、物事を深く考え過ぎないミックの思考法も悪いことではない。今考えるべきは、第二魔術師団に対するアプローチであり、鈴の謎を解き明かすことではない。ミックは大局を見誤ってはいなかった。


「とにかく。近日中に返事しないと」


『……危険さえ無ければ、ファクトリーの技術力や開発力は、一度視察に行きたいくらいなんだがなぁ』


 音無しの鈴、駆動車、導水管。ファクトリー産の魔具は独創的で、”声”でさえも驚くほどのものだ。ファクトリーの見学は、もしかすると、ナタリアの術式開発の助けになるかもしれない。


「ともかく、レヴィに相談する。奴らに力で対抗できるのは、レヴィしかおらぬからな」


「そッスね。吸魔の種が割れてなければ、拙者も善戦くらいはできたかもしれないッスけど」


 吸魔は対策をとっていない魔術師相手には、鬼のような効果を発揮する。それは先の暗殺未遂事件で、東方朔を除く第二魔術師団の団員が、窮地に立たされたことからも証明済みだ。

 しかし神秘のヴェールに包まれていた奥義は、今や白日の元にさらされた。エーテルの枯渇を誘発する吸魔に、抜本的対策はないため、術式は解析され禁術指定をされた。

 未知の術であればこそ、先手を取れた。必殺であることができた。

 直接の被害者である第二魔術師団では、対策も入念に行われていることだろう。

 彼らに力で対抗できるのは、やはり、レヴィしかいなかった。






 その日の夜。激務に翻弄されるレヴィを運良く捕まえたナタリアたちは、顔を付き合わせて円卓を囲んでいた。

 ナタリア、レヴィ、ミック、ついでに”声”。ここにいる四人は、ナタリアの事情を知っている者ばかり。四重属性という信じがたい体質を、信じてくれた者だけである。


「第二魔術師団からの招待状ですか……。ただ無視するというのは、一番の悪手ですね」


「少なくとも夜と地の属性を持っていることは割れているからのぅ。公の場で腐り清水を浴びせられれば、今度こそ誤魔化しが効かぬ。むしろ、道化師が気を利かせて、わしの属性のことを黙っているのは有難いくらいじゃ」


 道化師と友好関係を結べたからこそ、彼はナタリアの造反を考慮に入れていない。この誘いが断られるなどとは微塵も考えていないに違いない。

 大勢に公開されるよりも、第二魔術師団だけにバレる方がまだましである。


「……どうしても招待を無視するというなら、一つだけ方法があります」


「む。そんな馬鹿な。奴らから逃げおおせるなど、国境を越えても無理ではないのか?」


「いえ、そこまで大袈裟にすることはありません。偶然ですが、名誉な御誘いがあったそうではありませんか。皇族の守護であるインペリアルガードとなれば、いかに第二魔術師団といえども引かざるを得ないでしょう」


 帝国の中で、第二魔術師団の要求を跳ね除けられる組織など、数える程しかない。皇帝のお膝元というのは、考えてみれば最も安全な居場所なのかもしれない。何しろ賢者という称号も、皇帝の特別諮問官を指すものだ。師父様だって、皇帝の庇護下にあったといえる。

 大賢者の弟子であるナタリアが、皇帝の庇護に入るのは、成り行きとしてそうおかしなものではない。


 なりふり構わなければ、第二魔術師団の追及を逃れる手段はある。けれどナタリアはそれを望んでいないし、第二魔術師団の誘いには、確かな利もあるのだ。


「インペリアルガードか、第二魔術師団か……。傍目には随分と贅沢な悩みに見えるじゃろうな」


 ナタリアは文机の中から、音無しの鈴を取り出し、全員の目の前に安置した。見掛けは何の変哲もない鈴。魔力のかけらも感じられない鈴を見て、レヴィたちの目が細まった。


「……なんとか一日予定を空けることができました。突発的事件さえ無ければ、その日は同道できますが」


 紅雀隊としての立場もそうだが、レヴィの武力にナタリアは期待している。万全を期すならば、レヴィと一緒にファクトリーに赴くのがいい。


「助かる。――正直、わしはファクトリーに行くべきだと思っておる」


「それが罠だとしても?」


「罠ではなかろう。奴らは街中でも平然と誘拐をやらかすような者どもじゃ。わざわざもって回った方法を取ることもあるまい」


 断言するには論拠が弱い。しかし敢えてそう言う。これはナタリアの希望でもあった。


「これは罠をかける狩人の動きというよりも、饗応の姿勢に見えるのじゃ」


 道化師は何かとナタリアを気に掛け

てくれた。そこには彼らなりの理屈があったのかもしれない。しかし、幽議会でナタリアを蔑ろにして、食い物にしようとした悪鬼羅刹共よりはマシである。


「わしは……ファクトリーに行く。出来れば二人にもついて来て貰いたい。頼めるか?」


「拙者はご主人様が決めたとこに従うッス」


「私の意見は既に述べました。日程さえ合うのなら、守ります。貴女を」


 心強い援軍二人。彼らがそばに居てくれるなら、大抵の障害は形無しだ。

 感謝の意を込めて、ナタリアは深々と頭を下げた。


 鈴を鳴らせば、使いの者が来るのだろうか?

 三日後に音無しの鈴を鳴らすと決めて、ナタリアたちは散会した。

 ファクトリーへの興味と、先行きへの不安。ナタリアは平静ではいられなかった。それでも寝台の上に寝転がれば眠気はやってくる。少女の胸が規則正しい呼吸を刻み、寝台下の魔法陣は怪しくきらめいていた。


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