44夜天の慟哭
「これは一体何が起こっておるのじゃ?」
ナタリアの言葉は紅雀隊の全員の言葉を代弁したものだった。
まず、気付いたのは本営が大地に半分沈んでいるということだった。本営だけではない。村人のいない村が、丸ごと沈んで行くのだ。なんの天変地異かと驚く暇もない。
暗くて足元は見えずらかった。けれどその変化だけは全員が気付くことができた。固い大地が、ざくざくと柔らかい感触を返してくる。往路はこんなことは無かった。
不審に思った兵士の一人が、しゃがみこんで地面の状態を確かめる。
「砂?風で運ばれて来たのか?」
言った本人でさえ、その言葉を信じてはいない。
「深すぎる。なんだこれは進めば進むほど、深くなって行く……いや、どんどん広がっているのか!?」
帝都周辺は背の低い草原が広がる温暖な気候である。帝国領の辺境には砂漠も存在するが、意外と育ちがいい温室育ちの紅雀隊は誰も砂漠というものを知らなかった。
砂の海のより深い場所に先行していた道化師が、振り返って手を振った。こちらに来いと言っているようだ。
道化師はこの急激な砂漠化現象に心当たりがあるらしい。足元に気をつけて、彼の声が届く範囲まで近寄った。
「難儀な地形ですねぇ。もしかすると、この砂はパパの魔術かもしれません」
「東方朔の?ということは、彼はまだ生きているということですね」
「えぇ、一安心です。急いで向かいたいのですが……?」
道化師がレヴィの顔色をうかがう。レヴィは驚きを押し隠すのに苦労した。まさか、あの道化師が人に意見を求めるなど信じられなかったのだ。
「……今陣形を変更するのは限りなく困難です。足場が悪い上にこの暗闇です。手違いが起きないとも限りません。できる限り、事前の取り決め通りに行軍したいのです」
「まぁ、そうですねぇ。これはかなり歩きにくい。奥へ進めば進むほど、足場は悪くなるでしょう。今のうちに、対策を講じた方がいいかもしれませんねぇ」
至極残念そうに道化師が嘆息した。
まさか彼が素直に聞き入れるとは思っていなかったレヴィは、目を丸くしながらも答えた。
「対策、ですか」
「えぇ、私の場合、足の裏の砂を固めることで足場を確保しています。感性でやっているので、術式に置き換えて教えろ、と言われても無理ですが」
器用な地属性の術者ならば、同じようなことが出来るだろう。ただ、紅雀隊には他の属性の者も多く、抜本的対策にはならない。実際のところはしっかりとした足場を選んで歩くくらいしか出来ないだろう。
一同の速度は遅くなった。現場に急行したいはずの道化師は、焦れてはいるものの、今の所おとなしく指示に従っている。
「厄介なものです。従順でも反抗的でも、神経を擦り減らされる」
レヴィがナタリアにこっそり耳打ちする。個人にしてはあまりにも強大な力を持つ人間の手綱を取るのは、並大抵の苦労ではない。帝国軍が第二魔術師団を正規の指揮系統に組み込めない理由の一つだ。
中心地へ近付けば近づくほど、砂は深くなっていた。
半分以上埋没した家屋を足場にして、どうにか先を目指す。
風が吹くと、砂の粒が顔や目に当たって痛い。ナタリアは弱めの<循環盾>を顔の周りに巡らせて、被害を抑えた。
「エーテルの状態はいつも通りじゃの」
<吸魔>に飲み込まれてしまえば、魔術の燃料は供給不足に陥る。まだ魔術を使えるということは、相手の術中の外にいるということだ。散兵しているため、索敵範囲はかなり広い。相手の待ち伏せがないことは確認済みだった。
遅遅とした歩みをしばらく続けただろうか。
先頭を歩く道化師がこちらに合図をした。
吉報だ。
本営と駆動車は無事らしい。ただ、敵の偽装の線も残っている。道化師が安全と判断しただけでは、油断はしない。
道化師のあとをついて行くと、中央広場に辿り着いた。砂漠化はここを中心にして発生したらしく、砂塵が吹き付け、水のように自在に砂が流れていた。まるで砂の海だ。足場のない砂地に立てば、砂の中に飲み込まれてしまうかもしれない。そんな非現実的な恐怖さえ感じてしまう。
そこに佇む人影二つ。東方朔と、忘我の禁軍兵士に背負われたアノーラだ。
「やぁ。アルトタス、無事だったんだね」
こちらを発見した東方朔が、道化師を呼んだ。
「こちらも襲われましたがなんとか撃退できました。事情はここも同じですか?」
「多分、そうだろうね。ドラゴンを餌に使うとはなんとも豪勢なものだね」
東方朔は付近に倒れて気絶していたクラックスの首根っこを掴んで軽々持ち上げた。ナタリアも今更体重差、体格差程度では驚きはしない。
家猫が捕らえた獲物を見せびらかすように、ブラブラ左右に揺すられるクラックスは、まだ息がある。
「やはり、その男が首謀した?」
「さあてね。背後関係は洗ってないから、尋問待ちになるけれど。無関係ということはなさそうだ。暗殺者たちの雇用主みたいだし」
東方朔はクラックスを投げ捨てた。彼の視線の先には、今も続く戦闘がおぼろげに見えていた。
暗闇に仄かに浮かぶ明かりを透かし見て、レヴィが驚きの声を上げた。
「あれは……ミックではありませんか!?」
剣舞。一対一の決闘。
現地徴用の偵察兵は、任務を忘却したかのごとく、苛烈に戦っていた。逃出す隙を窺うなんてことは一切しない。ただただ相手を打倒するためだけに、全力を出していた。
レヴィは一瞬眉を顰め、その後援護に駆け出そうとした。怒りを制御し、今やるべきことを選んだのだ。レヴィは己の部下を失うつもりはない。それは一時的なそれであるミックであっても同様だった。
そのレヴィを止めたのは、ニヤニヤ笑っている東方朔だった。
「助勢に行くつもりかな?やめてくれない?」
東方朔が望みを言った。ただそれだけでアノーラと道化師がその身に魔力を滾らせた。
道化師一人ならば、レヴィも戦える自信はあった。しかし三人を相手に勝てるわけがない。張り詰めた緊張の糸の結界を、手探りで解除にかかる。何を間違えてしまったのだろうか。
「……理由を聞かせてもらっていいですか?」
「横槍を入れて欲しくない。それほどまでにあの戦いは運命的で、奇跡的なんだ」
ここからではミックが誰と戦っているかははっきりしない。分かるのは、ミックがかつてない次元の高速戦闘を行い、しかもその相手が同レベルのスピードを持っていることだけだ。
「どうにか穏便に収めてくれませんかねぇ。ナタリアさんの目の前で、親しい人の死をまた見せるのは酷でしょう?」
レヴィの耳元で、道化師が囁いた。
本気がどうかわからないが、冗談にも思えない。レヴィは生唾を飲み下した。喉が渇く。
「……ミックを見殺しにするつもりですか?」
まるで心外だとでも言うかのように、東方朔が笑った。
「いやいや、悪く思わないでよ。ドラマティックな戦いだって言ったよね?ミック……?だっけ、彼が戦っている相手は、彼の父親のゼン・ジャガー・タスケ。こっちは随分弱ってたから、多分ミック君が勝つんじゃないかな。成長して父親を越えるってドラマだよねー」
「な……!」
レヴィがミックの方へ振り返った。闇は深く、やはり詳しい様子は窺い知れない。けれどその話を聞いた後だと、あの戦いからは妙な気迫のようなものを感じる気がする。
いや、ミックの数奇な運命も驚きだが、東方朔とは人の命をなんだと思っているのだ。
まるっきり見世物をはしゃいで喜ぶ子供である。
無邪気で残酷な幼児性を見せる東方朔は、ナタリアと年頃は似ているようだが、中身はまったく違う。ナタリアのような愛らしさや健気さは欠片もない。レヴィは内心憤った。
しかし実際、武芸者として興味もあるのだ。
<吸魔>は特異で使いドコロを間違えなければそれだけで勝負を決することもある強力な術式だが、ミックはそれを使わなくても、なかなかの戦いぶりだった。彼は決して本気を出すことはなかったが、レヴィは戦いに関することにかけては勘がいい。ミックが手段を選ばず戦うとすれば、道化師さえ出し抜けると信じていた。
そんな彼が技を伝えた父と戦っているという。骨肉の争いだというのは嫌なものだ。しかしお互いに武技を洗練させた上での、戦いという意思疎通の究極系。
見たい。その嘘偽りない気持ちは野次馬根性などではなく、武芸者としての本能だった。
東方朔を心の中で責めたのは、自分の中のそんな気持ちから目をそらしたかったからなのかもしれない。
ふと気づくと、アノーラがじと目でレヴィを睨んでいた。
「貴女、頬が紅潮してるわよ。興奮しているの?」
兜の覆いは外していない。アノーラからレヴィの顔はよく見えていないはずなのに。
内心の高揚をあっさり見抜かれ、レヴィは動揺した。
「そ、そんなことはありません。第一不謹慎ではないですか!」
「なに?見物したいんだ。ま、横槍入れないって言うなら行ってもいいよ。エーテル吸われても知らないけど。一応確認した限りのネズミは無力化した。残ってるのはゼンだけだよ。僕はちょっと山の様子も見に行かないと。バーニアとバァルがまだ帰ってこないし。アノーラは駆動車の中で伸びてるねぼすけさんを起こしてやって」
レヴィが上ずった声で反論したが、説得力はなかった。東方朔は早くもレヴィから興味を無くしたらしく、別のことに意識が移っている。同時に場に満ちていた緊迫感が消えていた。
「この地面はどうにかならないのですかね?このままではなんとも歩きにくい」
道化師が東方朔に言うと、彼は不思議そうに首を傾げた。
「ん?地面を固めて歩けばいいだろう?」
「まぁ我々だけならばそれでも構いませんが、ここには魔術の不得手な者もいます」
「なるほど、もっとも。完全に元通りとはいかにけれど、ちょっと骨を折ってみるよ。久しぶりに本気出しちゃったからね、やり過ぎたなぁ」
道化師はさして言葉を要さず、東方朔を翻意させることに成功した。
東方朔の周辺に濃厚な魔力が充満する。赤い双翼が羽撃くように空に広がっていく。
血の花を咲かせながら、上へ上へと枝分かれして伸びていく翼は、葉脈か回路か、はたまた血管か。
この世のものとも思えない光景に、第二魔術師団以外の者は息を呑んだ。
「さて、いくよ。ちょっと揺れるかもしれないから気を付けて。転んじゃうかもしれないよ」
東方朔が砂の中に片手を差し込んだ。ずぶずぶと沈んだ拳は、地中に彼の魔力を流し込んでいく。
魔力量があまりにも甚大すぎる。レヴィは彼ら二重属性が上位幻想種の撃退を任される理由を実感した。これほどの力を人間相手に向けるのはまったく力の無駄遣いだ。地形を変性さしめる莫大な魔力と改変に要する演算能力。どれをとっても人類の頂点に相応しい。彼が勝てない相手がいるとしたら、人類の誰もが白旗を上げるしかないだろう。
そういう錯覚と畏怖を抱いてしまうほどの光景だった。
砂が固まっていく。最初は蓮の葉くらいの広さの足場がぽつぽつと湿疹のように大地に浮かび始めた。砂岩となった足場は、波紋のようにじわじわ広がりながら、大地を侵していく。波紋同士がぶつかれば、増幅した波紋は更に大地を変質させ、固く固く、固めてしまう。
短時間の大規模な自然改変。許容量を越えた変性に、大地が悲鳴をあげる。ぐらぐらと大地そのものが揺れ始めた。予め備えていたレヴィたちは、近くの家の残骸などに掴まって、揺れを耐え忍ぶ。
広がる砂岩は、かなり無理やり拡大されているらしい。砂中に飲み込まれかけている家屋を土圧で木っ端微塵に破壊し、なおも広がり続ける。
東方朔の翼が赤黒く脈動し、魔力を際限なく供給し続けていた。
「こんなものでどうかな?うまくいったかい?」
しばらくして。
東方朔の魔術をバックアップしていた翼が、役目を終えて空気に溶けて消えた時には、辺り一帯の地形はすっかり変わってしまっていた。
流砂による破壊の跡だけはそのままに。不可逆の暴虐を跡を残しながら、砂の大地は元通りのしっかりとした地盤に戻っていた。
「車の周りは出来るだけ触らないようにしたけど、大丈夫かな。シャーリーが怒らないといいけど」
東方朔が気に病むのは仲間の機嫌だけ。たった今、苦鳴をあげてのたうっていた大地のことなど、知ったことではない。
僅かに残った材木などに縋り付いていた紅雀隊はようやく人心地ついたらしい。地面に手を伸ばし、何度か触ったり叩いたりして、足元の安全を確認している。
ナタリアも掴まっていたレヴィの手を、名残惜しそうに離していった。
レヴィはもう少し手を繋いでいたかったが、そうも言ってられない。
安全確認後、部下に指示を出す。ミックの援護は無理だとしても、応援くらいは出来るはずだ。
東方朔はレヴィの動きを止めることはなかったが、代わりとばかりに道化師を引き続きナタリアの護衛に任命した。目付け役のつもりだろうか。
不快に思いながらも、その要求を跳ね除ける力はない。
砂中に埋れかけていた駆動車を力任せに引っ張り出し、山中に分け入る東方朔とアノーラと別れて、レヴィたちはミックの戦いの場所へ移動した。
「ほぅ、正直さは抜けたようだな。以前のお前ならこの騙しに引っかかっていただろうに」
「狡い騙し合いが得意な奴は、外の世界には大勢いるんスよ。あんたは所詮狭い里の中で、いきがるだけのお山の大将ッス」
挑発の言葉のやりとりさえも、ゼンの策の一環だ。
舌戦を契機にして、単純な速さ比べが緩急を付けた読み合いに変わる。
避けて、避けて。避けない。ミックは読み合いにも勝ち続けていた。
虚実織り交ぜた攻撃は、若さで劣るゼンがミックを圧倒できる数少ない分野なのに。
ミックには分かってしまう。少年時代のミックを苦しめた父のフェイントは、今見ると大した技ではないこと。ゼンの負傷を差し引いたとしても、紅雀隊の女騎士の方がまだ強かった。
フェイントを多発するにも体力がいる。その体力でミックに劣るゼンの攻勢は、次第に見る影も無くなっていた。
もともと、死を前にした最期の力だったのだろう。獣化と解除を短時間に繰り返したせいで、ゼンの身体はキメラのようにおぞましく変貌していた。加速に肉体がついていかず、内側からボロボロと崩壊しているようだ。
遠からず、この剣舞は終いになる。その予感はミックだけのものではなかった。
ゼンの目がギラリと光った。消えかかる自我を気合いで繋ぎとめ、暴力的な獣の本能をただミックとの激しい鬩ぎ合いだけに注いでいる。暴れ馬を乗りこなすことの何倍も困難な制御を。ゼンはもうかれこれ十分以上も続けていた。
「成長したな、お前。お前には外の世界の水が合うのか」
「外の世界を認めるなんて、里一番の頑固者とは思えないッスね」
「ふん。仕事の請け負いの窓口をしていたのは誰だと思ってる?逆に里の誰よりも外の世界には詳しいぞ。まあ、お前には負けるだろうが」
ミックは勘当された身。里の人間だとは認められていない。
「どうだ?外の世界は。広いだろう、空が高いだろう?」
「そッスね。外の世界は広い。広いから、自由ッス。何をするも自由。のたれ死ぬのも、自由」
「……羨ましいな。俺はな、俺はその広さが恐ろしかったんだよ」
ミックは動揺した。それは厳格な父が始めて見せた弱さ。父としての一面ではなく、一人の人間としての一面。
「あんなに広い世界と、里が。混ざり合ってしまえばちっぽけな里なんてあっという間に飲み込まれ、原型は消えちまう。<吸魔>の術式は魔術ギルドに解析され、禁術指定を受けるだろう。”獣化”の力を持っている俺の家族は実験動物以下の扱いを受けるだろう」
魔術ギルドなんて外の組織をあの父が知っていたとは。里から一歩も外に出ず、抜け忍を全く許さなかった厳格な父が。
「俺たちの数は広大な世界に対して、あまりにも少ない。多くは少なきに克つ。攻められれば、負ける。攻められないためには、恐れが必要だ。恐れられること。未知への恐怖。俺たちの力は知られてはならない。恐れられなければならない。俺たちはそうやって代々生きてきた」
――もしかすると、これは。
ミックは息をするのも忘れていた。
「<吸魔>の業とはそういうことだ。知られてはならない。知られては滅ぼされる。敵視されなかったとしても、草食動物が草花を食むように、世界に飲み込まれ栄養の一つにされてしまう」
ゼンの左腕が根元から千切れた。腐り落ちたような断面は、あまりにも痛々しく直視できない。
ゼンは腕を失いながらも、苦しみの呻きさえあげなかった。
「……でも、外の世界だって悪いことばかりじゃないッスよ。悪人ばかりがいるわけじゃない。善人もいれば、里では決して見られないタイプの人もいる。あまりに偉大で、見ているだけで敬服したくなるような人だって……」
「善悪の話じゃねーよ。お前も分かってんだろ」
ゼンがよろめき倒れそうになった。
腕を失ってバランスを取りにくいのだろう。
「お前には、俺たちが未知の世界に怯えているだけに見えているかもしれん。だが、悪ってもんは案外どこにでもいる。どこにでもいるから、誰の心に宿ってもおかしくない。いつなんどき、理不尽に奪われてもおかしくねぇんだ」
ゼンは震えていた。気温は適温。決して寒くはない。
「そう、だ。奪われ、る……」
ゼンの舌はだんだんと動かなくなっていった。彼の言葉ものろのろと、止まってしまう。
構えた。ゼンが最期の攻防を仕掛けて来ることは読めていた。一族の技の全てを出し尽くした攻防。これは伝授の儀式なのだ。
おそらく、今日をもって<吸魔>の里は滅びる。その理由がゼンの言うように、外の世界と交わったからか、それとも帝国に楯突いたからなのか。それは後世の判断に任せるしかないが……。
滅びを目の当たりにする当事者としては、ただ寂寥感しかない。
ミックは挑発するように、手の平を動かした。目を淀ませるゼンにはそれが見えていたのかどうか。
来た。
一合、二合、三合。
それで、決着だった。
限界の限界まで酷使されたゼンの身体は、最期の技を魅せてから、ついに耐え切れず、崩壊した。
崩れ落ちる父の屍体を目にしても、ミックに悲しみはなかった。涙も出なかった。
ただ、あんなにも広々として自由だった世界が、狭く窮屈に感じられる。
暗闇色の空は、手を伸ばせばぶつかってしまいそうなほど近かった。
ふと気付くと、ミックたち親子の決着を見守っていた人々がいた。いつの間にか砂は消え、固くなっていた地面の上に、レヴィやナタリア、紅雀隊のメンバーが立っていた。
「あー……。偵察任務、果たせず申し訳ないッス。やっぱ拙者には、軍とか向いてないッスわ、はは」
まぁ、軍令違反で殺されてみるのも一興だ。何か肩の荷が降りた気がする。大賢者ファーレーンの伝記は、また二割ほど作業が残っているが、まぁいいか。ナタリアというよくできた弟子がいれば、彼の偉業を伝えてくれるだろう。作成中の伝記を彼女に譲り渡せば、きっと彼女がなんとかしてくれる。
父は死に、父と慕った者もいなくなった。
ミックは自由だ。何の未練も束縛もない。
「謝罪して済む問題でもないッスけど、謝っておくッス。仲間がこの国に多大な迷惑をかけました。謹んでお詫びまします」
首を差し出す姿勢。頭を下げた。レヴィの腕ならば、痛みを感じる暇もなく、首を落とせるだろう。
「……」
誰も何も言わない。糾弾の言葉を覚悟していたミックは少し拍子抜けした。
「な、なんなんスか?まさかさっきの親子対決に絆されたんスか?あっはは、あんな安い見世物で喜んじゃダメッスよ」
巫山戯て無理やり笑ってみせるが、やはり誰も答えない。笑声が虚しく闇に吸い込まれるだけ。
ちらりと視線を巡らせる。紅雀隊の人々。武装はしているが、構えることはしていない。ミックと視線を合わせるのを拒むかのように、目を逸らす者が多い。
ナタリアなどはそっぽを向いて、こちらに背を向けている。目を合わせる気がない。
「ミック……貴方は……」
紅雀隊の隊長のレヴィ。ミックは彼女の信任を裏切ってしまった。まともに顔向けできない。
「……顔を見られたくない日もあるでしょう。貴方の沙汰については後日とします。その時までくれぐれもいなくならないように。絶対に出頭しなさい。これ以上の不義理は許しませんから」
顔向けできないと思った気持ちを、そのまま読み取られてしまったのだろうか?ミックの記憶によれば、この女騎士は夜ではなく、空の属性を操っていたはずだが。
なんにせよ、即座に打ち首という話ではないらしい。まあ、子供のいるところで血生臭い事にはしたくなかったのだろう。
すこしばかり寿命が伸びただけだ。
変なことに、生き永らえたという喜びも、まだ終わらないのか、という苛立ちも欠片も感じられなかった。いや、心の奥にそういう気持ちはある。あるのだが、感じられない。上に上がってこない。感じられない、見えないものならば、それは無いものと同じだ。
心と頭が切り離されてしまったようだ。精神攻撃を受けているわけでもあるまいし。
天を仰いだ。夜天の星々。
手を伸ばせば掴めそうな位、その時の空は狭かった。




