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師父慕う少女、果てに至る物語  作者: 犬山
肉食獣の遠吠え
41/64

36第二魔術師団(下)

PVが突然増えていて困惑しました。

夏だからでしょうかね?

マイペースに変わらず更新を続けていきたいと思います。

 三人。塔の中にいる第二魔術師団の連中の数だ。

 

 三人。新たにやって来た集団の人数だ。

 

 そして二人。少女と陽炎。塔の前でぼんやりと空を見上げる未熟者たちの数だ。

 

 

 

 

 

 やってきた三人はアンシャリーア、バーニア、道化師たちに負けず劣らずの外れものだった。

 馬よりも身長の高い禿頭の巨人と、使用人の格好の女性。

 巨人の背負い籠には顔に布を被せられた子供が乗り込んでいる。荷物のように動かないそれは、生きているのか死んでいるのかさえ定かではない。

 それを一行の人数に数えても良いものか。とりあえず、一応三人。三人が荒野を歩いて塔に向かってきていた。

 無人の野を行く人間たちだ。非常に目立つ彼らにナタリアの視線は釘付けだった。

 

「バーニア、あんた荷物持ちに行きなさいよ。お父様に苦労かけるつもり?」


 後ろから声がする。振り返ると塔の中から三人が出てくるところだった。荒野の三人を待っているようなタイミング。出迎えにきたのだとわかる。


「はっ!俺が荷物持ちだと?馬鹿なことを言うな。なんで大空を駆ける俺様が、地べたを這いつくばる虫の真似事なんてせにゃならんのだ?」


「蟻も蝿も似たようなもんでしょうに」


 アンシャリーアの偵察命令には渋々従っていたバーニアだったが、荷物持ちについては断固拒否している。アンシャリーアの方も半ば予想できていたことらしく、呆れたため息を漏らしつつも無理強いはしなかった。

 バーニアは蝿呼ばわりにムッとしていたが、怒りを抑え込み話題を変えた。


「ところで、あの嬢ちゃんは結局誰なんだよ。またシャーリーのお気に入りか?」


「まあそんなとこね。彼女は”ファクトリー”に招こうと思うの」


「見たとこ奴隷ってわけでもなさそうだが。優れているのは見てくれだけだろ?まさか、ついに人間を愛玩動物にする趣味ができたのか!?」


「いやーね、人聞きの悪い。あの子、意外と腕利きなのよ」


「ふーん。腕利き、ねぇ。まあ”ファクトリー”は半分お前の趣味だ。オヤジが反対しないのなら、俺が口出しするのは筋じゃねぇな」


 己の扱いについての大人たちの会話。ナタリアの耳は狩人を警戒するウサギのようにそばだてられていた。

 何か口出しできるわけでもなく。

 しかしその会話で運命が変わる。

 他者に運命を委ねる不安。

 聞き耳を立てるのは当たり前だ。


 三人はナタリアの立っている辺りにまでやってくると、適当な岩に腰を下ろして、やってくる一行を待っていた。

 気まずさを感じているのはナタリアだけのようだ。アンシャリーアは蟻の巣を見つけて棒で弄くって遊んでいるし、バーニアは空を見上げて雲を動物に見立てて遊んでいる。道化師は背中を見せている。後ろ姿になんの意味があるかと思えば、彼が見ているのは塔だった。ねじくれた枝。奇怪な顔面岩。機能的にはまったく意味のないデザインを見て惚れ惚れしている。

 あんまりにも思い思いに時間を潰す彼らは、自由に見えた。この荒野も本来ならば、常人が生きて帰ることは出来ない魔獣の巣窟なのに。彼ら昨晩、見張りさえ立てていなかった。襲われても大丈夫、いや襲われることなどない、と確信があるのか。強者の絶対的自信。それがあれば自由になれるのだろうか。

 国に守ってもらう必要もなく、つまらないしがらみに締め付けられることもなく、ただ自由に……。


 一刻の後。全員が合流した。新たにやってきた三人はやはり、第二魔術師団のメンバーだった。驚くべきことに、生死すら不明だった少年が団長だという。

 名は東方朔。中性的な顔立ちで外見年齢はナタリアと同じくらいに幼い。

 背負い籠の上で眠っていた彼は、アイマスクをしていた。もぞもぞ起き上がった東方朔は、目隠ししたまま訓示を垂れた。


「ん、もう着いたのか?」


「お父様!お疲れでしょう?湯浴みの用意をしていますが、いかが致しますか?」


「あとで。全員揃っているなら先に挨拶しておく。――こほん。遠路はるばるご苦労だった。わざわざ君たちを招集した要件は知っているね?今回の任務は少々厄介だ。はぐれ竜の討伐、軍部からの要請だ。亜人の村が一つ、壊滅させられている。普通ならばなんてことのない相手だが、太陽竜の縁者の可能性があるとのことだ。さすがに彼女が出張ってくれば、デュアルの我らといえども死者が出る。故に今回の作戦指揮は僕自らが執る。と言ってもやることは変わらない。いつもの魔獣退治と同じようにやってくれ。僕が指示するのは引き際のみ。従って欲しいのはたった一つの命令だけだ」


『ガキ、だと?』


 幼さの割に少年には威厳があったと思う。しかし目隠しをしたままというのはどうにも解せない。見上げるような巨人の男とペアルックの目隠しなのと、関係があるのだろうか。


「わかったぜ!いつも通り、戦場を飛び回ってやんよ。ところでオヤジ。その眼帯はどうしたよ?怪我でもしてるのか?」


 バーニアは少年を父と呼んだ。ちぐはぐな光景だったが、もはやそんな程度では驚かない。二人の顔立ちや声などを見比べて、とても血が繋がっているようには思えなかったからだ。きっと義理の関係だ。


「あぁ、これかい?怪我じゃないよ。ここには目に毒なものがあるからね。あまり刺激を受けたくはないんだ」


「シャーリー、あなたのことですよ?」


「へっ!?わたしー!?」


 アンシャリーアが驚いて、飛び上がった。

 指摘したのは優しげな微笑を浮かべる大人の女性だった。貴族の屋敷で働く使用人のような格好でここまで歩いてきたらしい。市街ならともかく、魔獣の跋扈する荒地では違和感しかない格好だ。


「悪いね、シャーリー。僕の都合だよ。気にしないでくれ」


 団長の東方朔がアンシャリーアの口を封じた。


「ところで客人がいるとは聞いていないが、もしかすると……」


 目隠しをしたままの東方朔がこちらを向いた。目隠しといっても薄い布切れだ。まったく見えなくなる訳ではないのだろう。


「え、ええ。大賢者の子弟のナタリアちゃんです。魔術の腕に優れていると聞きましたので、”ファクトリー”に招こうかと……」


 自分の何が悪いのか。本気でわからないアンシャリーアは、居心地悪そうに弁解した。


「ほぅ!君がやつの形見か。やつとは長い付き合いでね。十年ぐらい前は帝国の双璧と呼ばれるくらいに仲が良かったんだ。彼のことは残念だった。もしかすると僕の施術を受け入れてくれれば、延命できたかもしれないだけに、ね」


 しみじみとした調子で東方朔は大賢者ファーレーンを語る。実力のほどは定かではないが、格として皇帝顧問である賢者と同格以上にいることは想像に難くない。


「ともかく、歓迎しよう。しかしシャーリー、タイミングが悪くないかな?僕たちはこれから竜退治に行くのだけれど。まさか子供をおぶって行く訳にはいかないよね」


 少年団長、東北朔は形の良い眉を顰めた。まだ彼は常識的な部類の人間なのか。子供が大将の魔術師団というのも悪い冗談に聞こえるものだが。


「それは私も指摘しましたよ。ですが姉上は強硬に我を通すことを主張しました」


「告げ口禁止ーっ!!アルトタス、あんた覚えてなさいよ!……お父様、信じて!こいつの言うことは全部嘘っぱちで事実無根ですから!」


「いやいや、普段の自分の所業を反省してから言った方がいいよ、シャーリー。君、拉致してきた民間人だけで村を一つ作ってしまうくらいだからね。ま、今回は大丈夫だろう。太陽竜が出現する可能性なんて、極小。いや、軍部の妄言だとさえ思うよ。誰か一人護衛についてやれば安全は確保できる」


「ご、ごめんなさいお父様。でも!その護衛は既に決めてあります!アルトタスがやる……是非やりたいって言ってました!!」


 道化師は苦笑していた。事実無根なのはどちらなのだ、と言いたかったのかもしれない。


「それでいいか。アルトタス、くれぐれも大賢者の遺産を傷つけぬように……ナタリア、だったね。アルトタスを胡散臭く感じるかもしれないが、僕たちの中では比較的真人間だ。我慢してくれ」


「……わかった」


 その言い草では第二魔術師団にはまともな者はいないことになる。案の定、不本意な評価を下された一同がざわめく。


「おいおい、冗談きついぜオヤジ。アルトタス坊が真人間とか。俺の方がまともだろ?」


「スピード狂は黙ってなさいよ」


「拉致した人間を集めて”ファクトリー”などと気取って僭称している貴女も同類ですけどね」


「色狂いのババアは黙ってて!!」


 ガヤガヤと罵声が飛び交う。頭抜けて口汚いのは意外にもアンシャリーアだ。見た目は一番美しいはずの銀少女は、淑やかさとは無縁なのだった。

 喧騒と距離を置いて無言を続ける巨人に目を向けた。背負い籠を背負った巨人だ。彼はここに来てから一言も言葉を発していない。加えて目を隠しているから、何を考えているかさっぱりで、薄気味悪い。亜人の血が混じっているのかもしれない。デュアルソロスに比肩し得るその巨体は周囲に威圧感を与える。けれどその威圧に本人の意思は限りなく希薄だ。

 罵り合いには参加せず、人形のように動かない。

 つるつるの頭には毛が存在せず、眉もない。いや全身には僅かな産毛さえも存在しない、爬虫類のような男だ。奇抜なファッションなのは道化師筆頭に全員同じことだが、彼の場合はその異貌も目立つ。

 毛の存在しない肉体は、筋肉と脂肪が程よくブレンドされた鋼鉄の鎧となっている。見るからに強者。高度な魔術を扱う技能ようなわかりにくい強さではない。もっと原始的の力の象徴が彼の肉体だった。


 再会を祝う彼らの中でも、道化師と同じくらいには浮いているのが異貌の巨人だった。


「一度休憩にしよう。小休止の後、移動を開始する。シャーリーは車両を動かす準備だ」


「塔でお休みください。最上階を空けております」


「ありがとう。そうさせてもらう。ところで、あの塔のデザインはもう少しなんとかならなかったのか?確かに目印としては合格だが、あまりにも……」


 薄布の荒い生地の隙間から、東方朔は塔の外観を見ていた。

 集合場所兼宿舎として道化師が一人で組み上げた土塔は、目印としての役割を果たすため、奇抜なデザインをしていた。当然それは、製作者の好みがたぶんに混ざった外観である。道化師のセンスは常人離れしていたから、東方朔にも付いていけない部分があったのだろう。そこに関してはナタリアも同意見である。


「個性的でしょう?我ら一家の個性をイメージして造りました」


「あぁ、そう」


 乾いた笑いを返し、東方朔は肩を落とした。


「心意気は買っておこう。ただあまりにも目立ち過ぎる。使用後はすみやかに解体したほうがいいね」


「えー!せっかくすごいお風呂造ったのに、壊しちゃうんですかー!?やーだー」


 アンシャリーアが頬を膨らませて不平を漏らす。その様は目を閉ざす東方朔には見えていないが、不満タラタラの声色には気づいている。


「仕方ないな。でも、僕はまだその風呂を見ていないんだ。解体するかどうかは見た後で決めようか」


 折衷案を自分から出した東方朔は、塔の中に入っていく。リーダーに従う残りのメンツも中に入る。

 ナタリアの側には護衛を任じられた道化師が控えていた。


「これが、この狂態が帝国の誇る最強戦力のありのままの姿です。どうです、幻滅しましたか?」


「そもそも変な先入観はなかったわ。その上で言わせてもらうと……羨ましい、と思ったな」


「なかなかに興味深い感想ですね。理由を伺っても?」


「彼らは自由じゃ。己の意を通す力がある。普通の人間はこれほどの少人数で街道を離れることは出来ぬ。いや、街から出ることさえ覚束ない者が大勢おる。常人の知る世界はどうしようもなく狭いのじゃ。その垣根を軽々乗り越える者は、より遠くを見通すことができる。彼らの世界は閉じ籠るしかない者たちよりも広い。羨ましく思うのも無理からぬことじゃろう?」


「どうなのでしょうねぇ。その区分だと、私は持つ者の立場のようですし、凡弱の気持ちはよく分かりません。わかった気にはなりたくないのでね」


 厳しい言葉と裏腹に、彼の声は優しげだった。続けてナタリアの耳元に口を寄せて囁いた。


「あなたも持つ者だと思うのですが、そこのところはどうでしょう?」


『チィッ』


 ”声”が舌打ちをする。

 ナタリアは自分が恵まれていると知っていた。院で師父様に見出されたのも、全ては自分の中に眠る奇跡の血脈のお陰だ。四重属性。それがどれほどの意味を持つものなのか。今のナタリアは知っている。

 どんな文献にも認められず、過去どのような英雄、偉人でさえも手にしたことのない奇跡。その奇跡が己の中にあるというのだ。

 これが恵まれた境遇でなくて、なんと呼べるだろう。これが無ければ師父様との出会いはなく、今の自分はなかった。

 言うまでもないが、巨大な才は喜びばかりをナタリアにもたらしたのではない。辛いことだって当然ともなってきた。

 師父様との出会いがなければ恩返しのために、巨悪に挑むことなどなかった違いない。


「自覚している時もある。しかし師父様の弟子という立場に比して、わしの力は弱い。せめて名に負けないだけの実を手に入れなければ、とてもとても。遠くを見通すことなどできはせぬよ」


「真面目ですねぇ。矯正する気もないですが。まぁこの機会に彼らの生態をよく観察しておいた方がいいですよ。私も三年だけの付き合いなので、まだまだ見ていて飽きがこない。超越者の日常というものをね」


 道化師は彼らと距離を置いているように見えた。いや、早合点は禁物だ。それさえもこちらの内側に入り込もうとする策の一環で、心にもないことを言っているかもしれないのだから。


 入り口では門兵のように異貌の巨人がどっしり構えていた。口を真一文字に引き結んでいる。目が見えない分、彼の心情表現は口元に限定される。やりにくい相手だった。

 道化師は彼に対して一礼だけで済ませて塔内に入った。

 無毛の巨人は落ち着き払っている。しかしそこ泰然自若としたところが、周囲を落ち着かなくさせる。強い影響力を持った者だった。

 彼はナタリアたちが中に入るのを見届けて、最後尾につく。これで全員が中に入ったことになる。

 

「バァルロゥグ、二階に風呂の入り口があるそうだ。ついてこい」


 無毛の巨人はバァルロゥグと言うらしい。東方朔に呼ばれた巨人は、案外おとなしく命令に従った。二階に続く吹き抜けに佇立した巨人。それだけで頭は天井に届きそうだ。背負い籠に乗り込んだ東方朔が、叩き甲斐のありそうなツルツル頭に、パンと合図する。

 それを受け、機械のような従順さ、正確無比で応じたバァルロゥグは、一回の跳躍で二階に飛び上がっていた。しかも背中に子供一人を背負ったまま、である。見た目に違わぬ体力と膂力。

 上に消えた東方朔を恨めしそうに見るのは、女性陣だった。


「せっかく、お風呂案内してあげよーと思ってたのに。背中流してあげよっかなーと思ってたのに!バァルに横取りされたーっ!んもう!駆動船を造るためには大量の資材と船大工が必要なのに」


「シャーリー……。いい加減姑息な真似をして団長にお小遣いを強請るのはやめませんか?そんなだから、団長が目隠しなんてすることになるんです。乏しい色香で団長を誘惑するのはやめてください」


「誘惑だなんて、そんな。私は十年以上も前に自分の気持ちには整理をつけたよ。一途なのもいいけど、何十年も片思いしてる未練タラタラババアは正直きもい」


 穏やかな女性の額に青筋が走る。

 基本的に第二魔術師団の団員は口汚い軽口の応酬が常のようだが、その中には本物の不仲も混じっているらしい。


「はっは。自分の気持ちに整理をつけた結果、自分も気持ちに正直になり過ぎて、世界一のワガママになった女は言うことが違うぜ」


「バーニア。ちょっと黙ってて」


 不穏な空気を少しでもましにしようと、茶々を入れたバーニアは、アンシャリーアに拒絶され悄気返る。

 高まる対立の気配。いつの間にかナタリアの肩には道化師の手が乗っていた。


「外の空気を吸っていましょう。なに、パパが居なければいつもあんなものです。つまりパパが戻ればいつも通り、のはず」


 帰ってきたばかりなのに、二人は再度外に出た。背後で飛び交う口撃の応酬は、親愛のこもったものではない。巻き込まれては堪らない、と早足で逃げ出す。逃げ遅れたバーニアが情けない悲鳴を上げるのを背景にして、ナタリアたちは修羅場からの脱出を果たした。


「見苦しい所をお見せして申し訳ありませんねぇ。パパのこととなると、彼女らは冷静さを失うのです。可能性を持っていただけに、余計にね」


 道化師は一瞬悲しげな横顔を見せたが、首を振って陰気な空気を振り払った。


「……実際に血が繋がっているわけではないのじゃろう?」


「血縁の有無。それが家族の条件としてそれほど大事なことでしょうかねぇ。むしろ貴女の方がそれを実感として理解しているかと思いましたよ。師父様師父様と慕っていますがね。言ってみれば赤の他人ですよ。どうして血も繋がっていない死人の為にそこまで頑張るのか」


「い、いや。すまぬ。無神経な言葉だった」


 デリケートな問題とわかって突っ込んだのだ。ある程度の過剰反応は予想していた。


「しかし、まぁ。刷り込みのようなものですよ。いや、もっと酷いですね。誰だって命を脅かされている状況で命を救われたら、救世主と崇めざるを得ないでしょう?そうやって人の意思をないがしろにするやり方は、あまり好きになれません」


 しかし、どうしたことだろうか。幽議会の時の道化師はパパ――東方朔に心酔しているように見えた。事実、東方朔の私兵である第二魔術師団の魔術師たちは、東方朔を父と呼び慕っている。

 けれど――


『生まれたばかりの鳥の雛が、最初に見たものを親鳥と誤認するって話か』


「刷り込み?東方朔がそれを行ったと?」


「いえ、少々おしゃべりが過ぎました。今の言葉は忘れてください。――まったく。彼女たちがあんまりにも狂的だから、こっちまで気が狂ってしまいそうですよ。異常というものは感染するのですよねぇ。この職場では常識人は苦労しますよ」


 道化師は口角を釣り上げて不気味に笑った。夢見が悪くなりそうな邪悪な笑みだったが、ナタリアにはそれがごまかしのための演技にしか見えなかった。


『……理解できなかいからって、軽々しく狂人呼ばわりした俺が軽率だったのかもな。こいつにはこいつの事情とルールがあって……』


 ”声”が苦々しく吐き捨てた言葉にナタリアも同感だった。アンシャリーアという人間を知ってから、道化師のことを比較的常識人としか思えなくなっていたからだ。

 ナタリアの生暖かい視線を受けて、道化師は困惑しているようだ。

 思っていた反応が得られなかったからだろう。

 

「……ごほん。さて、そろそろ醜い争いも終わったでしょうか?そろそろ戻りましょうか?」


 気まずげな道化師の提案を受ける。あらぬ方向を向いたまま話す道化師の表情はどうなっているのか。

 それを知るのは不可視の”声”だけだった。

 暗雲が西の空に立ち上っていた。

 

 

 

 

 

 第二魔術師団は変わり者揃いだった。分かっていたことではあったが、実際目の当たりにすると信じがたいほどに彼らは世間ずれしている。

 駆動車の荷台で運搬されながらそう思った。

 一行は東方朔の宣言通り、短い休憩時間の後、行軍を再開していた。

 荷台にほぼ全員が乗り込み、アンシャリーアは駆動車を動かしている。

 鉄の竜と勘違いされるほどの駆動車に突っかかる獣はおらず、道中は安全だ。しかも先行偵察するバーニアが上空に待機しているのだから、事故など起こるはずがなかった。一つのトラブルもなく、第二魔術師団は目的地の村に到着した。

 日が落ちる前、雨が降る前に到着できたことは喜んでいい。工程に遅れはない。

 が、全てが予定通りとはいかなかった。


「お待ちしておりました。東方朔殿」


 そこで待ち構えていたのは百人単位の正規兵たち。装備を見るに禁軍だろう。彼らの指揮官と思わしき青年が東方朔に向かって頭を下げていた。


「頼んでもいないのになんだ、彼らは。我々の邪魔をしにきたのか?」


「滅相もございません。どうか怒りをお収めください」


 駆動車のエンジンは止まっていない。いざとなればいつでも動き出せるように荒々しい呼吸を続けている。

 その威容を目の当たりにして、指揮官はともかく一般兵たちは怯えているようだった。


「……若いのに僕の名前を知っているなんてね。所属と階級を述べたまえ」


「禁軍師団102将軍の副官であるクラックスであります。はぐれドラゴンの討伐のお手伝いを、と手勢を率いて参上しました」


 何処かで見た顔だと思えば、幽議会で軍の利益誘導を行っていた副官だった。レヴィに言い包められて頭を抱えていた神経質そうな青年だ。


「ふーん。アルトタス!」


 道化師が呼びかけに答えて目配せをした。彼は幽議会に乱入してきた前科がある。あの時、下調べをしたとか言っていたから、きっとクラックスという軍人についても詳しいのだろう。


「どうやら身分に関して嘘偽りはないようだ。しかし解せないな。魔獣退治如きで禁軍が出てくるとは。害獣退治は下賤な魔術師の仕事ではなかったのかな?」


「……ご冗談を。公式な軍のコメントとしてそのようなものはありません。軍は東方朔殿と第二魔術師団を心より信頼し、頼もしく思っております。今回は少しでも東方朔殿の負担を肩代わりできれば、と出来うる限りの善意で参りました。なにせ相手はドラゴン。備えは幾らあってもやり過ぎ、ということにはならないでしょうから」


「ドラゴン、ねぇ……。そーいうことか」


 くつくつと東方朔は笑う。互いに剣を突きつけ合うような言葉のやり取りだったが、終始優位だったのは東方朔だ。なにしろ地位が違う、権限が違う、力が違う。彼に対抗できる人材となると、それこそ皇帝陛下や師父様を連れてこなければならないだろう。


「十年前の二の舞は嫌なのか。相も変わらず自分たちのことしか考えられないんだな、帝国軍は」


 十年前、その時もはぐれドラゴンが帝国の領土を侵犯したことがあった。撃退に赴いたのは、東方朔率いる当時の第二魔術師団。誰もが帝国の敗北と滅亡さえも覚悟する中で、彼らは生還した。それどころか、はぐれドラゴンを討伐し、ドラゴンスレイヤーの称号をほしいままにしていた。

 英雄たちへの賛辞はしばらくして、無駄金喰らいの帝国軍への批判の声へと変わって行った。国家予算の多くを食い潰す癖に、いざという時には毛ほども役に立たない無能共。

 不名誉なレッテルを訂正するのに軍部は苦労させられた。情報工作を何度も行い、ドラゴンが出現したという事実さえも隠蔽することで事態はようやく沈静化した。

 軍部と第二魔術師団の確執の種は以前からあったが、決裂はこの時だった。東方朔やバーニアといった軍への協力を惜しまない魔術師もやがては失望し、軍部と袂を分かった。

 第二魔術師団は帝都を離れ片田舎に引きこもり、魔獣退治のみを使命として自らに課すようになった。


「――とまぁ、十年前は子供だった年頃の君にとっては知ったことではない、と思うのかもしれないがね。これは事実だよ」


「いえ、存じ上げております。確かに軍部の中に最強の幻想殺しの功名心を欲する輩がいないとは申せません。しかしそのような欲望だけに塗れた人間ばかりではないのです。私は義士として、少しでも東方朔殿のお力になれれば、と――」


 愉快そうに軍部との決裂の経緯を話していた東方朔だったが、諦めないクラックスの熱意を前にして表情を凍らせていた。


「力になりたいんだったら、さっさと失せろ。足手まとい。我々の視界から一刻も早く消え去ること。それがお前たちにできる最善だ」


 東方朔から放たれた怒気は大抵の人間を尻込みさせる勢いがあった。年端

もいかない子供と侮っていた人間は残らず後悔するだろう。不老の魔人の逆鱗に触れたことを。

 離れた場所で整列していた武装兵たちにまで動揺が届き、列が乱れているほどだ。


「足手まとい、ですか。確かに私たちの力は第二魔術師団の皆さまの御眼鏡に適うものではないかもしれません。ですが。私たちには覚悟があります。命を賭してでも帝国のために働きたいという覚悟が。そのためならば喜んで命を差し出します。動く肉壁とでも考えてもらって構いません。どうか、どうか同行を許して頂けないでしょうか?」


 クラックスも頑固だった。粘り強く話して、東方朔に食らいついている。

 東方朔の表情からは感情が抜け落ちている。クラックスに呆れているということもあるが、怒りの色がないのは不自然だった。彼は本当に怒ってなどいない。先程の圧倒的な怒気でさえ彼にとっては交渉の一形態に過ぎないのだろう。

 クラックスはそれを見抜き、東方朔ににじり寄っている。東方朔に彼を害する気はなくとも、部下もそうだとは限らない。アンシャリーアやバーニアがぐるぐると喉を唸らし、不快感を露わにする。クラックスはいつ殺されてもおかしくない状況で交渉しているのだ。胆力が優れている。


「壁?ドラゴンのブレスを前にして一歩も動けないであろう者が?無理だな。お前たちの実力では己の死に場所を決める権利さえ与えられはしない。おとなしく去れ。そしてこのような理不尽な命令をした上司を恨むがいい。憎き第二魔術師団への協力をいやいやすることなどないのだから」


「……我々の力が及ばぬのは客観的事実。けれどその覚悟まで疑われることは承服できませぬ。その覚悟においては人後に劣らぬ猛者ばかり。死を恐れることなどありませぬ!」


「そっか。じゃあ死ねよ」


 東方朔が手を叩いた。ナタリアの側にいた道化師が立ち上がり、荷台から飛び降りる。彼の周囲からエーテルが失われ、消費された分の奇跡を紡ごうと彼の血管内を駆け巡っていた。


「今からお前たちを皆殺しにする。空模様もちょうどいい。落雷がお前たちを襲う。逃げるのならば追いはしない。それは誓う。しかしここに残るというのならば、それは死を覚悟した者ということだ。一切の容赦なく、雷は天辺より降り注ぐ」


 道化師が遠方の枯れ木を指差した。

 垂れ込めた暗雲が不自然に動き、破滅の到来を予感させる。もこもこと枯れ木を目標として動く雲。黒い雲ほ中では激しい放電減少が発生している。

 光、衝撃、轟音。

 これか破滅。これが死。

 枯れ木は一瞬にして燃え上がり、荒野に光をともしていた。

 この破壊が、ただの人間の魔術によって行われたという事実がなにより恐ろしい。

 ”声”でさえこの光景には息を飲んでいたくらいだ。


 兵士たちの狼狽も無理はなかった。

 この破壊が、破滅が。次は自分たちに襲いかかると宣言されているのだから。

 彼らの頭上の雲も動き始めていた。前兆を敏感に察知した夜属性の兵士が叫んだ。


「来るぞッッ!!」


 一人が逃げ出し、あとは芋づる式だった。我先にと逃げ出す兵士たち。当たり前だ。今にも雷は落ちようとしている。今から術者の道化師を狙っても間に合わないだろうから、彼らの生き残る術は、脇目もふらない逃走だけだった。

 混迷が場を支配していた。逃げ惑う人々。それらを満足気に東方朔は眺めていた。

 雷雲の中で放電が始まる。バリバリと紙を破るような轟音が何度も天から降り注ぐ。


「やれ、アルトタス」


 全員が逃げ切れたわけではない。まだ雷雲の下には大勢の兵士が残っていた。

 黒雲が唸る。帯電が限界に達し、大気が大きく引き裂かれる。光と轟音が同時に大地に落下した。閃光が視界に満ちる。思わずナタリアは目を手で覆い隠した。指の隙間から差し込む白い光はいくら固く隙間を埋めたとしても構わずに潜り込んでくる。

 一時的に耳がおかしくなっているのだろう。頭蓋の内側から耳障りな高音が響いている。鼓膜はまったく機能せず、雑音は全て消え去っていた。

 

 しばらくして聴力が回復したのは東方朔の付き人の軍医のお陰だった。

 彼女は全員の身体を調べて適切な治療を施していった。彼女が手を触れただけでナタリアの耳鳴りは消えていた。言うまでもないことだが、彼女は水準以上のといってもここにいるのはナタリアを除けば第二魔術師団の魔人だけ。道化師の放った雷に対して耐性ができているのか、被害は軽微だった。

 アンシャリーアは機関室の気密機能を発動して一人シェルターの中で難逃れていたし、バーニアなどは神速で逃げ出し魔術の影響範囲外に脱出していた。


「こ、こんなものが魔術だとでも言うのか……」


 ナタリアは先ほど見た光景が信じられなかった。落雷のあった大地は抉れ、草木は焼失している。破壊の規模があまりにも大きすぎる。個人の操るエーテル量では到底足りない。事象改変の規模が大きすぎる。

 道化師の実力を疑っていたわけではないが、まさかこれほどとは。

 ナタリアの驚愕を他所に、第二魔術師団の魔術師たちは平然としていた。これが彼らにとっての日常ということなのか。

 不機嫌そうな声がナタリアの回復したばかりの鼓膜に届いた。


「……どういうことだ。逃げ遅れたか?」


 東方朔が困惑していた。彼の前には数十の命が残っていた。あれだけの惨状を生き延びた兵士たちが。


「死にたがりの勇者がこれだけいたというだけの話。――それよりも、私が生きているのはいったいどうしてですか?有言実行くらいは平気でやると思いました。まさか仕損じたわけではありますまい」


 そして彼らの指揮官、クラックスも生きていた。あれだけの大見得を切った手前、逃げ出すのは難しかったろう。クラックスは周囲に蹲りながらもピンピンしている部下の兵たちを見渡しながら言う。


「……馬鹿めが。救いようのない馬鹿ばかり。アルトタス、お前もだ。三ヶ月の減俸だ覚悟しておけよ」


 東方朔は目隠しの布を破り捨てて、ぶっきらぼうに吐き捨てた。ガラスのような紅色の双眸が中性的な少年の表情を苛烈な印象にしていた。

 足音荒く東方朔は去っていく。


「同行させて頂けるのでしょうか?」


 明らかに話しかけるな、と主張する背中に向かってクラックスは話しかけた。

 振り返った冷たく紅い瞳にギロリ睨まれても、クラックスは言葉を撤回しない。確固たる意思を持って言っているのだ。


「我らの覚悟、信じていただけたのでしょうか?」


「アルトタス!お前の過失だぞ!殺し損ねた連中にはお前が責任を持つんだ」


 道化師が一礼した。もう東方朔は振り返らなかった。

 東方朔の姿が見えなくなって。唐突にクラックスは腰を抜かしてへたり込んだ。

 緊張の糸が切れたのだろう。天を仰ぎ、呼吸を荒くしていた。

 ぽつぽつ。

 道化師の干渉も影響していたのだろうか。かなり怪しくなっていた空模様。暗雲からは雨が降り始めていた。

 水滴を顔面で受け止めながら、クラックスは笑っていた。


「あ、は、はは。い、生きてる。生きてるよ」


「パパの厚意に感謝することですね」


「あぁ、カリオストロ。お前の魔術、凄いな。これならドラゴンだってイチコロだよ」


 クラックスの馴れ馴れしい態度に道化師は眉をひそめた。

 

「……この程度で驚く認識の甘さがあるからこそ、厳しい言葉を頂いたのだと理解できないのですかねぇ」


「いざという時には攻撃に対する盾となる。その覚悟があるものだけがここには残った。心配はいらないさ」


 生き残った兵士たちが次々に立ち上がっていた。道化師の雷は結局、誰一人貫かなかったらしい。擦り傷ぐらいの負傷はあったが、けが人はいない。

 あれだけの破壊を道化師は、完璧に制御せしめたということか。

 兵士の目の色がおかしかった。逃げ出した者とは明らかに異なるすわった目。線が細く、軍人といより官僚のようなクラックスよりも余程覚悟が出来ている連中のようだ。

 至近で落雷を見たというのに、彼らに動揺はうかがえない。


「精鋭が残ったということですか。私の選別にも少しは意味があったということですかねぇ」


「この人数だ。団員一人あたり八人の護衛を付けよう」


 クラックスの勘定は早い。残った兵士ほ点呼もしていないのに、均等に兵士を配置してみせた。


 東方朔が彼らの帯同を消極的ながら認めたため、団員たちに反論の声はなかった。


「女性兵は私とシャーリーに付けてください。くれぐれも団長のそばには近付けないように」


 唯一軍医が護衛の性別に物申したくらいだ。

 当然受け入れられた。


 ナタリアは団員ではない。誘拐同然に連れ去られた部外者だ。クラックスはナタリアを発見して反応する。


「あなたは……幽議会の」


「ああ、久しぶりじゃ。奇縁じゃな」


「ナタリアでしたか。どうして彼らと一緒にいるのです?いや、魔道研究所は何をしているんだ」


「そこはほれ。深い事情がな」


 そんなものはない。ただアンシャリーアのわがままで連れ去られただけだ。しかし周囲で団員の目が光っている状況では暴露するのははばかられる。今のところナタリアは彼らに不当な扱いを受けたわけではなく、むしろ好感を持って迎え入れられている。アンシャリーアの客人としての扱いを受けている。しかしその関係が壊れた時、しかもナタリアから壊してしまった時、何が起こるのか。

 あまりいい想像はできなかった。


 ナタリアの下手な誤魔化しを追求しようとしたクラックスが口を開きかけたが、途中で思い留まる。


「まぁ、色々あるか」


「彼女は我々の客人です。彼女にも護衛を付けて頂きたいのですが」


 道化師が優しい。しかしこの中で一番護衛を必要としているのはナタリアだったから、おかしな提案ではない。けれどその提案にクラックスは難色を示した。


「しかしそうすると、各々の護衛の数が減ってしまいますが」


「それならそれでいいんじゃないですかねぇ。バーニアは空を移動するから、どうせ護衛には付いていけないですしねぇ」


「――分かりました。彼女にも割り振りましょう。女性兵の方が怖くないかな?」


 クラックスはあまりナタリアの存在を歓迎していなかった。幽議会の取り決めが破られているのに苛立っているのだろうか。

 皇族派、貴族派、軍部の中間で様子を見る。そういう名目でナタリアは魔道研究所の預かりとなった。ナタリアが堂々と竜退治に同行していては、取り決めは有名無実だったと主張するのと同じだ。

 圧倒的な第二魔術師団の戦闘力を知ったナタリアに、ドラゴンと対峙する不安は薄れている。しかしその分政治的な配慮とやらが必要になってきたようだ。


 レヴィがいればこの混迷した状況を切り開いてくれるだろうか。いや、彼女でもそれは難しいだろう。

 なにしろ戦闘力では道化師に匹敵する術者がうじゃうじゃ。

 力技で解決は不可能だ。”声”の知識、ナタリアの機転、そして第二魔術師団の思惑や偶然さえも利用しなければ事態の解決には至らないのかもしれない。

 

 廃村には住民の姿はなかった。残らずドラゴンに殺された、とのことだ。

 遺体は先着していたクラックスの部隊が埋葬したらしい。村外れの墓所は哀しい賑わいを見せていた。

 代わりに入居してた新しい住人も大半が落雷に恐れをなして逃げ去っている。炊事用の物資が大量に余っているのはそういうことだった。


「こんなことならわざわざ駆動車持ってくるまでもなかったわ。軍の支援が得られると楽ねー」


 兵站担当のアンシャリーアがぼやく。駆動車一台の積載量よりも、軍の輜重荷車の方が総合的な積載量は大きい。廃村に持ち込まれた数百人用の物資は到底使いきれる量ではない。

 アンシャリーアは物資の中から水筒を引っ張りだし、ごくごく喉を潤した。

 が、すぐに口から離した。


「……ぬるい。バァル冷まして」


 投げられた水筒を受け取ったバァルロゥグは、術式未満の夜の魔法を使い冷却した水筒をアンシャリーアに返した。

 

「うーん、さいっこう!温度調節うまいね、バァルは」


 命令されても、褒められても。バァルは反応を返さない。光の宿らない瞳にはアンシャリーアの小さな影が映っていた。

 彼は目が見えない。先天的なものではなく、後天的に視力を失ったらしい。

 目隠しは傷跡を見せないための配慮だったのだ。

 視界を失ったことを感じさせないくらい、バァルは自然に動ける。五感の一つを失ったことで、かえってその他の器官が鋭敏になったかのようなのだ。

 夜の属性は感覚を操る。第二魔術師団に所属するような卓越した術者ならば嗅覚聴覚でもってして視覚の代わりにすることなど朝飯前なのかもしれない。

 

 水筒を空にしたアンシャリーアは、後ろを見ずにそれを投げ捨てた。

 

「捨てといて」


「……はっ」


 女性兵が投棄されたごみを拾いに走る。傲慢な振る舞いだが我慢したようだ。

 アンシャリーアの護衛を任じられた五人の女性兵たち。団長である東方朔の命令だから護衛がつくことを拒否こそしなかったものの、内心では面白く思っていなかったのだ。

 殊更に女性兵に辛く当たる。彼女たちはその傲慢に耐え忍ぶだけだった。

 

 アンシャリーアほど直情的な者はさすがにいなかったが、第二魔術師団の誰もがこの護衛兵を疎ましく思っている。彼らは全員が一騎当千。なんでも一人でこなすスーパープレイヤーだ。護衛がつくと却って身動きが取りづらくなるくらいで、彼らにとっては枷以外の何物でもない。

 口には出さないが、どうして護衛が必要なのか、そういう思いは全員に共通していた。

 人数が増えたため、もう駆動車は使えない。と、いうより使う必要がない。

 なにしろ目的地にはもう着いているのだ。

 

 はぐれドラゴンの討伐。ドラゴンによって滅ぼされた帝国の村。

 ドラゴンが転居していない限りは、この周辺にドラゴンが住んでいるはずなのだ。

 住処さえ突き止めてしまえば、後は襲撃を仕掛けるだけだ。物資運搬は必要ない。

 決戦だ。

 

 今はドラゴンの住処を探す偵察の帰りを待っているところだ。クラックスの部下たちは廃村を拠点として周辺地形の探索をしていた。探索は既に三日目だがまだ有力な手がかりは見つかっていないらしい。それを聞いて、仕事が遅い、と一喝したバーニアは無理やり探索に加わった。今頃は空の上からドラゴンの影を探していることだろう。

 空の上か見つかる場所に陣取っている保証はない。いつ見つかるかも分からない。

 しかしそれも時間の問題だ。その巨体ゆえに絶滅の危機に陥ったドラゴンは生きるために大量の餌を必要とする。高濃度高品質の多量のエーテル。痕跡が残らないほうがおかしい。

 皆の楽観を肯定するように、空からバーニアが降りてきた。

 高熱の風に注意しつつ、彼らはバーニアの報告を聞いた。


「悪いがドラゴンの痕跡は見つからなかった。代わりにこっちにやってくる兵士の集団を見つけてきたぜ。逃げ去った連中の一部が戻ってきたのかもな」


 東方朔は民家の中に引っ込んでしまっている。圧倒的な戦闘力を持つ団長は、直接の指揮は執らないと断言している。彼が口出しするのは、荒野の太陽竜に絡まれないための退却の指示のみ。現場指揮は軍医の女性に任せるつもりのようだ。

 彼女の名前はアノーラ。軍医であり、東方朔の側近でもある。


「臆病者が今更戻ってきたところで、彼らの席はありませんよ。敵前逃亡は禁軍ではどういった扱いになるのでしょう、将軍補佐殿?」


 アノーラはおっとりとした女性だが、言葉の端々にはトゲトゲしたものがある。

 指揮経験が豊富には見えないが、仕切る力はそれなりにある。彼女が最適任者と断言はできなくとも、東方朔の人事となれば誰も文句は言わなかった。


「……敵前逃亡ともなれば一級軍規違反者です。しかし、戻ってきた?」


「あぁ、二、三十人ぐらいで隊列を作って一直線にこっちに来てたぜ。ありゃ帝国の軍だ」


 バーニアはこめかみに指をあてて思い出すようにして言った。

 クラックスは報告の真偽自体を疑っているようだ。心ここにあらず、アノーラの嫌味に気づいた様子がないのがその証拠。


「接触してくるか?ひとっ飛びだぜ?」


「パパに報告はしなくともよいのですか?」


 不真面目なアンシャリーアを除き、アノーラ、バーニア、道化師、そしてクラックスが顔を見合わせた。この中で立場が弱いクラックスは時々意見を挟めるくらいでほとんど発言権を奪われていた。


「団長に煩わしさを感じさせないための団長代理ですよ?逃亡兵の始末くらいで、団長を起こすことはないでしょう」


「パパはお休み中でしたか」


「ええ。じゃ、バーニア。焼いてきてくれる?一人も逃がさないように」


「ん、まぁ構わんが」


 アノーラは残酷な決定をしながら、クラックスの顔色を注意深く観察していた。クラックスの部下を私刑に処すと言っているのだ。彼の意見も求めず、彼の頭上を飛び越すような決定に反論がある可能性を危惧したのだろう。

 クラックスは冷静そのものだった。部下が殺されようとしているのに、嘆願するつもりなどないらしい。

 異論を唱える可能性のある唯一の人物が沈默を保ったことで会議は終わる。


 再び飛び上がったバーニアは空の彼方へ。すぐに見えなくなった。

 

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