17大智不智の放浪者
食休みも終わった頃。何時もならば気だるい雰囲気が蔓延する休日。
オデオンの店に、約束通りミックがやってきた。ただし、身なりを整えてきたらしく、こざっぱりとした格好をしている。素材は安物だろうが、少なくとも不潔だとは思わない。何処かで古着を手に入れたのか。
念の為、レヴィにも同席してもらうことにする。腕力が必要になる事態は来ないと信じているが、どうなるかは不明だ。状況が混乱した時には、レヴィの剛腕と判断力は実に頼りになる。
”声”とも相談の上で、迎え撃つ布陣を決定した。
「さっきぶりッスね。もう一度自己紹介しておくと、昔ファーレーンさんのお供をしていたミック・ジャガー・タスケというもんッス。当時の誼で記者としてファーレーンさんに取材の約束を隔月でしていたんスよ。取材を基にファーレーンさんの伝記を書く予定なんス」
胡散臭い笑いだったが、悪意のようなものは感じられない。
朗らかに自己紹介したミックは、上半身を屈めてナタリアに握手を求めた。それに応えながら、
「ナタリアじゃ。師父様の一番弟子をやっておる」
「前回の取材でファーレーンさんに聞いたことがあるッスよ。可愛らしいお嬢さんに魔術を教えている、ってね。聞いたとおりのブロンドと可愛らしいルックス、ッス」
「師父様から貴殿のことは聞いておらん。本当に師父様の知人であったのかもよく分からぬのじゃ」
「あっはは、そりゃあ爺さんが自分から取材されてるなんて言うはずないッスよ。恥ずかしがり屋なんだから、伝記作成のために取材を申し込むのも一苦労だったんスよ?」
「師父様が……か?」
笑いを噛み殺しながら、大賢者の意外な一面を語るミック。本当に思い出話をするような懐かしい様子は、とても演技には見えなかった。
直感もそう告げている。
この時点でナタリアは彼が大賢者の知り合いだった、という言葉を信じることにしていた。
「そうそう、伝記を出版するのを承諾させるために、苦労したんス。モノとかお金じゃ釣れないから、商売道具の各国の最新情報なんかを対価にして、ようやく。しかも渋ちんだから更に一回分の借りまでつくっちまったッス」
それはまあ、恥ずかしいだろう。聞けば伝記というのは、偉人の人生を綴った数十年単位の歴史を伴う長編の著作だそうだ。
個人についてフォーカスしたそのような作品は、大陸広しといえども、聖人の活躍を描き切った聖伝くらいしか他にないのではなかろうか。
偉人と呼べる一代の英雄は帝国の歴史でも何人かいた。その誰もが浴していない栄光が大賢者に捧げられるというのだ。
正しく師父様に相応しい栄誉だと、ナタリアは思う。けれど師父様のことを一旦脇に置いて己がその立場だと想像すると、恥ずかしいという気持ちも分からないでもない。
本当にそう思っていたのだとすれば、随分と俗人らしい側面があったものだ。意図しない笑いが零れ、気付く。
もう師父様にその真偽を確かめることも出来ないのだと。
永遠の別れという言葉の重さが、心にどっしりとのしかかる。
ナタリアの鬱々とした気持ちを敏感に察したレヴィが、横合いから会話を繋ぐ。
「各国の情勢というと、旅でもしていたのですか?」
「うッス。ファーレーンさんと知り合ったのも、辺境の村で旅をしていた時ッス。ファーレーンさんはどうやら辺境の遺跡が目的だったようッスけど、拙者は何が面白いのかサッパリで。人が住んでいないような僻地まで歩いていく物好きは、爺さんくらいッスよ!」
レヴィの合いの手のお陰で、気持ちを落ち着ける猶予ができた。感謝、である。
「国に招聘される前の師父様のことじゃな。殆ど聞いたことのない話ばかりだから、興味深いのぅ」
「あ、拙者が言ったことは、ファーレーンさんには内緒ッスよ!?当時のファーレーンさんを知っているのは、一緒に旅してた拙者くらいのものッスから、誰が漏らしたのか自明過ぎて怖いくらいス」
大賢者は温厚な性格であるが、仮にも位人臣を極めた帝国の重鎮である。彼の不興を買うというのは、避けられるものなら避けたい筈だ。
彼は――ミックは、大賢者の影響力の著しい低下を知らないのだ。
故人が死してなお、生きる人間を走らせる例はあるだろうが、現実的ではない。もはや大賢者の栄光は陰り始めているのだ。
大賢者の唯一の弟子であるナタリアでさえも、一時期は蔑ろにされていたくらいだ。というか現在進行形で試されているのだから。
「そろそろ取材の約束の時期なんスけど、いくら待っても待ち合わせに来ないんスよね。で、爺さんの消息を調査したら、どうやら今帝都に不在のようで。どうせ、またそぞろ遺跡の探索にでも行ってるんでしょうが……。まったく。宮仕えの癖に放浪癖のぬけないのは相変わらずッスけど、取材の約束まで忘れるなんて酷いッスよ。お弟子さんのナタリアさんは、何処に行ったか聞いています?いや、もちろん国家機密とかなら、話さなくてもいいんスよ!?でも教えて貰えるなら有難いんス」
「師父様の行き先は――」
言えない。言える筈が無い。
心情的にも理性的にも、真実を告げることは出来なかった。
「……済まぬが、わしの口からは言えぬのじゃ。遠路はるばる悪かったな」
「いいッスいいッス。教えてもらえたら儲け、くらいの軽い気持ちッスから!国に仕えている時点で自由にならない事が多いことは、よっくわかってるッス」
ナタリアの苦しみを別種のものと勘違いをしたミックは、慌ててパタパタと手を振った。ナタリアは見掛けだけなら、あどけない童女だ。罪悪感は相当なものだったらしい。
子供の対応に慣れていないのだろう。面白いくらいに狼狽している。
「今回の旅は話で聞いたお弟子さんに会えただけでも収穫ッス。もし良ければファーレーンさんのエピソードを教えてくれないスか?やっぱり本人からの取材だけだと、視点が固定されてしまって横の広がりが無くなるんスよね。第三者からの冷静な視点というものが欲しかったところッス」
とはいえ話題転換を兼ねて、すかさず本業に絡めてきたのは流石だった。
「……良かろう。半年しかまだ師事しておらぬから、大した話はできんかもしれぬが」
「えぇ!えぇ!十分ッス。ありがたいことッス」
「で、報酬について、なのじゃが……?」
まさか娘ほどの年頃の童女がそれほど強かだとは思わなかったのだろう。ミックは引きつった顔で愛想笑いを必死に保つ。
「い、今は持ち合わせが少ないんスけど……。国境を越えて資産を動かすのはすごく手間なんスよ……」
もちろん”声”の入れ知恵である。冷や汗をダラダラ垂らすミックに向かって、ナタリアは満面の笑みを浮かべた。
「別に欲しいのは金ではないぞ。金欠気味なのは本当じゃがな。わしが求めるのは諸国の情勢とやらについてじゃよ?」
今度こそ絶句したミックは、降参するように両手を挙げた。
レヴィも相談になかった行動だから、純粋に驚いている。戦闘に関することであれば、直感も判断力も余人の追随を許さないものを持っているレヴィだが、それ以外となるとさっぱりだ。彼女はこの取引を全く想像していなかったのだ。
「あーっ。もしかしなくても、拙者の素性ってバレてるんスか?素知らぬふりでいるなんて性格悪いッスよ……」
嘆息したミックは頬杖をついた。
「さすがはあの爺さんの弟子ッスね。見た目に騙されちゃダメッス……」
『やっぱりな。現地住民の風俗に素早く溶け込む技能。軽くかじっただけとは思えない体捌き。極めつけは、実際に旅をして諸国の情勢を知悉しているという事実。この世界にただの旅好きなんてものはいねぇ。人の住まない場所は全て魔獣の跋扈する魔境で、ただの趣味で旅はできねぇ。インテリジェンスオフィサー――いや、そんな上等なものじゃなく密偵……。この世界では吟遊詩人辺りになるのか?』
「情報の安売りはしない主義なんスけど、本業優先ッスからね。分かりました。取材の引き換えとして、見合うだけの情報を教えましょう」
ナタリアはミックを見ていて孤児院時代の経験を思い出していた。
当時ナタリアは院の書庫にあった数少ない書である周辺一帯の地図を、文字の勉強のために写本していた。文字の練習ができるだけあって、記号などは殆ど記されておらず、森のなかの獣道・間道、果ては夜安全に野宿できる休息ポイントなど、旅をする上で垂涎の地理情報が記載されたものだった。
ナタリアの写した地図は、たまたま院を訪った旅人に高く買われた。それは完全に偶然の出会いだったのだが、それ以降評判を聞きつけてやってくる客は、独特の雰囲気を纏ったものが多かった。
周囲の雰囲気に自分をうまく溶け込ませているにもかかわらず、本心はここに無いと知れる。何か高みから見下ろしているような漠然とした感じ。見下されているわけでも、馬鹿にしているのでもない。そうだとすれば、そもそも空気に馴染むことは出来ない。半身をぬるま湯に浸しながら、意識は高空に飛ばしているような。そんな不思議な感覚。
ミックは彼らと同じ空気を纏っていた。”声”に教えられたスパイという、情報収集を専門とした職種とはこういうものだなのだろうか。
「今からインタビュー始めてもいいんスか?」
筆記具を用意し始めたミックの手際はよい。古ぼけたカバンから、茶色っぽい紙を何枚も取り出す。
「これ?珍しいッスよね。持ち運ぶのに軽いから使ってるんス。帝国じゃあ値が張るッスけど、王国で大量生産法が考えだされたらしくて、テスト品が安く出回ってるんスよ。その時に纏めて買い溜めを……。っと!この情報はロハでいいッスから」
なるほど。言うだけあって、確かな情報収集力である。口を滑らしたのではなく、仕事をこなす実力の証明でもあったのか。
彼の持つ新発明の紙は、ナタリアの知るものよりも、しっかりとしている。少なくとも、曲げただけでポロポロ崩れる程脆くはない。
「そうじゃな、取材を受けるのも吝かではないが、場所を変えたいのぅ。少々狭いがわしの借りている部屋が二階にある。三人位なら入れるじゃろうて」
レヴィが立ち上がったのを合図にして、ナタリアもすかさず立ち上がる。道具を出していて反応が遅れたはずのミックは、俊敏な動きで机の上の私物をカバンに片付けた。
少しかじっただけ、とは本人談だが、相当に腕が立つのだろう。後でどれほどの腕前なのか、レヴィに聞いてみてもいいかもしれない。こと戦闘に関しては、レヴィの見立ては信用できる。
一行は階段を登り、ナタリアの私室に入った。広い部屋ではないが、私物が少ない。隣の空き室から椅子を一脚持ってくれば、それなりの場所になった。
紙とペンを再度用意したミックは、陽気に会話を振って来た。緊張を自然に解消させ、解きほぐすような鮮やかな語り口だ。
「拙者は辺境のとある村に滞在している時、遺跡探索中のファーレーンさんに出会ったんスけど、ナタリアさんのファーレーンさんとの出会いの経緯を教えてもらえるッスか?」
軽い会話、一つの話題に込められた沢山の情報をミックは聞き取る。何でもない些細なことに意味を見出し、意味のあるまとまりへと変容させて行く。
「陸沿いに進めば、東と西を結ぶ最短経路になるんスけどね。淡海の怪物が通る船を片っ端から沈めるんス。それも軍船商船問わず、誰かれなく襲って。討伐依頼が何個も出てるんスけど、海中となると兵士を揃えても難しいッスよ、やっぱり。激しく遠回りでも南洋国家経由が安定するんッス」
加えて彼自身の話題も豊富だった。まるで全ての国で起こった事件を網羅しているかのような圧倒的な知識量。それも本で読んだような又聞きのものよりも、何のバイアスもかけずに直接経験してきた実感のこもったものが、圧倒的に多い。
素直に感心してしまう。
師父様とはベクトルの違う才覚ではあるが、彼もまた確かな逸材なのだ。お供をしていたというのは、伊達ではない。
それに比べて。
己の身を省みる。
成長していいないわけではない。努力もしている。
けれど、まだまだダメだ。初めて自作のオリジナルスペルを暫定的にでも完成させたとか、その程度ではダメだ。
土台、比べる相手が間違っているのだろう。
師父様は偉大すぎるが故に、その縁者へのプレッシャーも凄まじいものになる。そんなプレッシャーは気の持ちよう一つで、どうにでもなるのだが、あいにくナタリアはそれほど器用な生き方はできない。
大人受けの良い態度を装ったり、他人を騙すことはできる。
けれど、自分自身を騙すことはできない。全ての行いを一番近くで見つめ、一番長い時間付き合う。そんな自分自身に嘘だけはつけない。幼さ故の潔癖がナタリアに猛省を促していた。
ナタリアの内省とは無関係に、取材は着々と進んで行く。話術に長けたミックは取材対象に時間経過を感じさせないような些細な気配りに長けている。
例えばさりげなく水差しから水をつぐとか、相手の退屈を敏感に感じ取って話題を変えてみるだとか。一つ一つは当たり前の気配りだとしても、積み重ねれば立派な技術だ。
内心はともかく、外面は気分良く話していたナタリアは、時の経つのも忘れ話し込んでしまっていた。
「そろそろいい時間ではないですか」
何度目かの小休憩の時、肩の凝りをほぐしながらレヴィが言う。それでナタリアも窓の外の夕日を見つけて、時の歩みの早さに驚いた。
「もうこんな時間か。それほど話したつもりもないがのぅ」
「そうッスね、ついつい話し込んじゃいました。いやぁ、ファーレーンさんも出来たお弟子さんを持って羨ましいッスよ」
ズキリと心の奥底に鈍痛が走った。痛みを忘れてはいけない。これは必要な痛みで、なかったコトにしてはならないものだ。
今日の取材はこれで終わり、ということらしい。会話の中でごくごくさり気なく、ナタリアが気にした他国の情勢も話題に盛り込まれていた。
帝国の仮想敵国でもある旭日の王国はもちろんのこと、三角貿易を行っている南洋国家や、遥か西方で商人が自治を行う珍しい国体の存在まで教えてもらえた。帝国軍部でさえこれほど多岐に渡り、しかも微に入り細に入る報告は手に入れられないだろう。
やはり師父様の知り合いというのは、規格外なのか。
「そういえば、お弟子さんは”根源”について聞いたこと有るッスか?答えられないなら無理に聞き出すつもりはないスけど……」
席をたつ直前、何の脈絡もなくミックが純真な目で尋ねた。
予想だにしない死角からの一撃。
完全に虚を付かれた思いだ。一本取られたともいえる。
しかし語れること、知っている事など何もなかった。無い袖は振れない。
「何の……ことじゃ?」
「あー。爺さんが言ってたんスよね。拙者が爺さんと知り合ったのは、まだ帝国に招かれる前の話ッスけど、当時の爺さんは有名な変わり者の探検家としか世間に認識されていなかったッス。もちろん、だからといってファーレーンさんの凄みが無くなるわけじゃないスけど、今のように魔術の大家として有名になったのはかなり最近の話なんス」
ナタリアが薫陶を受けたのは、彼の晩年の一年にも満たない一時期でしかない。幾らでも知らなかった側面は湧いてくるようだ。
これらの話が全て嘘っぱちだとしたら、逆に尊敬する。つまり、ミックはやはり真実大賢者の知人であるのだろう。
「で、ある時を境にして、突然大魔術師として一躍名を馳せるようになったんス。ビフォーアフターの爺さんを知っている拙者だから言えることッスけど、突然扱える魔力量が数百倍になって、しかも新魔術や遺失魔術を突如何個も生み出したんスよ。これはもう、何かあったとしか思えない変貌具合ッス。取材でもそれとなく聞いて見てるんスけど、”根源には関わるな、後悔する”とか意味深なことしか教えてもらえないんス。根源ってなにスかねぇ?」
本当に、知らない話ばかりだ。
ナタリアがこれに関して知っていたのは、大賢者ファーレーンが”根源に至った偉人”と知られていることだけだった。ミックの話を信じるならば、その呼称は師父様が自分から言い出したことになる。ただの観念的な言葉ではない。事実として可処分魔力の増大など実利的、しかも劇的な効果が出ているらしいのだ。
そう、まるで――
「でも別にお弟子さんに仲違いしてほしい訳じゃないんス。もちろん拙者の話を信じなくてもいいし、なんだったらこの話は聞かなかったことにしても構わないッス。でも、あの爺さんは”何か”を知ってるんス。記者としては、それが例え不都合な真実であったとしても、暴かずにはいられないッス。だからこの話は全部拙者の個人的な思惑がガンガン入りまくった主観的な話で――著しく公平性を欠く、のかもしれないッス」
『ジジイを帝国の重鎮にまで押し上げた何か、か。気になるが、気にしないほうがいい類の件なのかもしれねぇな。……根源、根源ねぇ。字面からして嫌な予感しか無かったが、こうも臭いと暗に警告されているみたいだぜ』
ミックをインテリジェンスオフィサーだと看破し、情報交換の取引を提案した”声”が、ここに来てようやく感想を漏らした。
けれどナタリアは根源にはあまり関心を抱かなかった。
むしろ感じたのは、爺さんだのジジイだの親しげに呼ぶ二人への嫉妬だった。
前々から知り合いだったミックはともかく、ほんの一分間しか師父様と邂逅していないはずの、言葉さえ交わせないはずの”声”もが、師父様を長年来の悪友のように話しているのだ。
それを面白く思わないのは、当たり前の話だ。
長時間の取材で、知らず疲労が蓄積されていたのだろう。子供っぽくほおを膨らませたナタリアは不貞腐れた態度を隠そうともしなかった。
「えーっと。まあそんな感じッス。もし何か心当たりがあれば、教えてもらえるとありがたいッス。記事にして欲しくないならそれはそれでも構わないッス。拙者が知りたいのは隠された真実だけスから。ファーレーンさんにも会えなかったし、帰りを待つ意味でもしばらくは帝都に滞在する
ッス。情報提供ならいつでも歓迎するんで、よろしくするッス」
滞在先の住所が書かれた紙を手渡された。ほおを膨らませたままでナタリアはそれを受け取った。
隣室から持ってきた椅子を片付け、階下までミックを見送る。
「で、言いましたけど、しばらく帝都に滞在するッス。デートの日取りは決まったスか?」
タイミングが悪かった。ミックは丁度扉に手をかけて、押し開けようとしているところだ。
瞬間的に動いたレヴィが足の裏で即座に彼を蹴り飛ばした。
一段低い場所になっている玄関にいたものだから、その蹴りは背中に直撃した。
開きかけの扉が、勢い良く外に向かって開く。そこから人間大の物体が高速でまろび出た。
ごろごろと鞠のように転がり、通りの反対側の戸に当たってようやく止まった。土埃でぼろぼろになったその物体は、言うまでもなくミック・ジャガー・タスケであった。
照れ隠しというには強烈すぎる一撃をかましたレヴィは、顔を朱に染めて叫んだ。
「ふ、ふ、ふざけないでください!」
返答を拒絶するように、バタンと扉を閉めてしまう。
ミックが無事なのかどうか。心配なナタリアも今のレヴィには近づきたくない。
『――無事だったぞ。不意打ち同然だったのに、受身ができていたみたいだ。怪我らしい怪我はないな』
覗き窓を透過して通りの様子を偵察してくれた”声”が報告に戻った。
気に食わない相手ではあるが、仮にも師父様の知人である。無事でよかった。
「まぁ、なんじゃ。あやつの戦闘能力をレヴィに聞くのはまた次の機会に回した方が良さそうじゃのぅ」
どうでもいいことを、ポツリ。
どうにもコメントに困る一幕だった。




