一番大切な人
涼介は悩んでいた。
彼女である都とは、もうすぐ付き合って五年になる。それを前にして、一大事というか、通過儀礼があった。
倦怠期である。
デートをしても会話は弾まないし、メールの数も激減した。電話など、週に一回あればいいほうだ。その電話でも
「俺の事、嫌いになったのか?」
『そんな事ない。そういうあなたこそ、浮気してるんじゃない?』
「は? 何意味わかんねぇ事言ってんの?」
と、喧嘩ばかり。
別れたほうがいいのかな……。
そう考えていた矢先、涼介のバイト先に一人の女の子があらわれた。
夕美子という高校生。新人という事で、涼介が教育係になった。
「へぇ。涼介さん、大学生なんですか。若く見えるから同い年かなって思ってました」
目を輝かせながら、なんてことない話を聞いてくれる。
素直に、可愛いなと思った。
「彼女さん、いるんですか?」
「……いないよ」
自然とそう答えていた。もう都の事はいい。潮時だったのだ。
しばらくして、二人はデートに行く事になった。久しぶりの緊張を涼介は味わっていた。
まだ都とは別れていない。切り出せずにいる。自然消滅になってしまえば……などと目論んでいた。都だって、きっとそうだ。
初デートは、無難に映画を見る事にした。
「この映画、見たかったんですよぉ」
はしゃぐ夕美子を、涼介は眩しい思いで見ていた。
館内に入り、涼介はパンフレットを買おうと売店の前で立ち止まった。しかし夕美子は気が付かず、先を歩いていってしまった。
(なんだよ。都なら一緒にパンフレットを見るの、楽しみにしてくれるのに)
ふと都の事が頭をよぎった。いけない、と頭をふる。
いそいでパンフレットを買い、別の売店でジュースを選んでいる夕美子を見つけた。
「ポップコーン、食べる?」
涼介の問いに、夕美子は眉をひそめた。
「あたし、ポップコーン嫌いなんですよ。口に残るし」
(都なら、ひとつのポップコーンを取り合ってでも食べるのに)
涼介の不服も知らぬまま、映画は始まった。感動的な場面。目頭が熱くなった。ふと、夕美子を見るとあくびをして眠たそうだった。
(都は、いつも俺と同じ所で感動してくれるのに)
結論が出てしまった。
映画は終わり、夕美子は伸びをしていた。涼介は静かに声をかける。
「ごめん、夕美子ちゃん。俺……彼女いるんだ」
***
小さいながらも明るい、普通の事務所に二人の女がいた。
「ありがとう。彼も私の大切さが理解出来たみたい。はい、報酬よ」
「仕事ですから」
女は金を受け取るとにこっと笑った。
「いろんな仕事があるものね。実際にあなたに恋したらどうしようかと思ったけど。倦怠期だからって、私は絶対別れたくないもん」
「それはありません。事前リサーチは万全ですから」
力強い言葉に都は満足気に頷いた。立ち去るお客に、夕美子と名乗っていた女は一礼した。
「またのご利用、お待ちしております」
了