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絃ノ匣  作者: しま
第二章 「棹の部」
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こちらのあいとあちらのあい

10月23日、大幅に話の変更をしました。

少し、誤解が生じたかもしれませんね。茜色に染まる石を、一段、一段上っていきます。あぁ、足元に気をつけねば。珍しいこと続きですね。私が外出しています。父からの許し?・・・あは。あのような縁談話の直後ですから自重した方が、とも考えたのですが。


父親も顔を出さなかった母親も、子どもが嫌いと云うわけではありません。

子どもが好きだからこそ…ていうことですかね。


私はここに来たばかり、つまりは生まれたばかりの頃、体だけでなく思考も赤ん坊でした。おそらく、脳が思考するほど発達していなかったためでしょう。赤ちゃんは本能で生きていますからね。ですから、世話をされることに拒否はしませんでした。


文字や算術を学びだした頃から、私は思い出しました。私を、高木あいを。

最初は白夢中のようで。

今の世界と夢で見る世界。

あちらの私とこちらの私、こちらのあいとあちらのあい。

どちらが本物でどちらが嘘か、どちらが夢でどちらが現か。

私があの夢を見るのか、あちらの私がこの夢を見ているのか。

いわゆる、胡蝶の夢。


気が変になりそう、というか、変になった、のだと思います。子どもの体に過度のストレスがかかり、私はあのとき誰とも会わず、話さなくなりました。食事も吐いて、食べなくなりました。子どもの体です、絶食をしたのは二三日であったとおもいます。その間にもひそひそ女中達が話す声。家族の熱を失っていく視線。

もしや、狐が。

犬神の祟りか

蛇神が来たか

薬師が呼ばれました。坊主、山伏、陰陽師。寺に入れられるという話も。私はそれらに幼子の癇癪で応じてしまいました。その時には、私は自分が高木あいであると認めていました。幼子の記憶より、大学一年の記憶の方が勝ったというわけです。


知らない、要らない、来るな、来るな

覚めろ、こんな夢要らない、覚めろ、早く


頭を抱えてうずくまる私から、いよいよ女中達が気味悪がる。


ただ、私は念じた。


モドセ!


そんなときでした。音が聞こえたのは


てぃん

べん、べべん、てぃん


はっと息を呑む。女中も様子の変わった私に気付いて、身構える。


「…こ……」

「ど………こ」

「あれ……は、ど、こ」


立ち上がり、よろけた。運動、栄養不足のため、足に力が入らない。水も通さなかった喉が乾いて、うめき声しかでなくて。幼子の異様さに恐れを抱いたのだろう。女中が悲鳴を上げて立ち去った。だが、気にせずもう一度立ち上がって。今度は、立てた。震える足を一歩、一歩と持ち上げるようにして進み、部屋を出て、門の方へ。


「何をしている」


父が、いました。


歩みが固まる。この目は知っている。覚えている。

あぁ、やめて。言わないで


「連れていけ。牢に」


呆けたままにひったてられたのは、座敷牢。屋敷の奥の、蔵のようなところ。光の指さぬ、ところ。そこで改めて食事を出されました。みずまりのような重湯でした。私は飲むようにして食べました。様子を見に来て、空の器に目を丸くした女中に私は


「書の一式を、持ってきて下さい」


女中は警戒しながらも、持ってきてくれました。

私はそこに、一文を書きました。


今までの詫びを。そして、望むものが一つあることを。


そんなことを、つらつら述べた文でした。家族はきっと、狐か鬼かが娘を食って、入れ替わったと思ったのでしょう。しかし、二人は私を生かすことにした。殺しはしませんでした。あぁ、物騒ですね。生きているからこそ、そう思えるのですが。両親に当てた文はひとまず届いたらしく、数日後布袋に包まれて届けられました。求めたのは三味線です。


三味線を手にしたあと、私はひたすら大人しく過ごした。しばらくして妹が生まれ、屋敷から出されて、こちらに移されても。こちらは庭があって良かったですし。


結局何が言いたいのかといいますと。三本の糸がない生活は私には考えられぬのです。ゆえに、ゆえに。


「出かけましょうか」


と、なるわけです。


さてさて、門代わりの古木に近づいてきました。急がないと日が暮れて、店がしまってしまいますね。女中さんは先ほどから咎めるように見てきますが、すみません、我慢できないのです。あ、ちなみに女中さんは私を迎えに来たり、案内したりされた方で、ふさ江さんといいます。ふさ江さんから許可は頂いたので、気にせず前に進みましょう。石階段を登り終え、さぁ壁を探そうと思った時です。


ふと、視界に入った異色がありました。

目の覚める黒、否漆黒が。紅花の群衆に墨を一滴、落としてしまったように浮いていました。よくよく見れば、足元に彼岸が描かれていることが見えます。


「派手だなぁ」


ちょうど登り終えたふさ江さんの、訝しげな空気を感じました


「いかがされました」

「え、いや、なんでも…」


ふさ江さんにはあの黒が、見えないのでしょう。そうでした、あの男は、そういう存在で、私もそう呼んでいたのに。ようするに、やってしまいました。


離れに繋がる道の目印でもある古木。何の木でしょう。広葉樹で、季節関係なく緑なのですが。その木にもたれた男性、彼です。闇地に彼岸の着流しをぞっとするような紅の帯が巡り、下駄を履いた足を組みながら。彼は一人、煙を吐きました。煙管を使う様はそこだけ空気の流れが違う様でした。彼は立ち上る白煙に目をやっていましたが、不意にこちらを、向きました。


目が、合いました。初めてです、離れの外でお会いするのは。こんなに、周りとの異質が目立つだなんて。


にぃ、やりと、


その顔を見て、思わず息をのみました。


「姫様?」

「あ、いえ、大丈夫です」


こちらに来る様子はありません。どうしたのでしょうか、いつもなら勝手に入ってきますのに。恐怖と新たに、疑念を覚えます。彼はただじぃ、と見てくるだけ。


「ふさ江さん」

「はい」

「先に行っていてください。私はすぐに「そんなの面倒さ。ただ」…え」


私の発言に、別の人間が割り込んできました。くつり、くつりと不気味な笑み私を見て、さらに吊り上る口の端。彼はいつの間にか、ふさ江さんの背後にいました。ふさ江さんは気づきません。だって、本来なら彼は姿の見えぬ、この世ならざぬ存在ですから。声を上げようとした私の前で、鬼はふさ江さんの首元に唇を寄せた。


『寝ちまいな』



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