表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
絃ノ匣  作者: しま
第二章 「棹の部」
7/41

食欲がわかなかったので朝食は抜いて、あとは書を読んだり、庭を眺めたり。今日は特にすることが無いですね。贅沢な悩みではあるのですが。


動かないと、寒いです。朝夕も急に冷え込んできました。あっと言う間に手足が冷えてかないません。着物って、袖に糸を通して絞ったらだめなのでしょうか。


「…ま、-め様」


駄目でしょうね。残念です。重ね着していてもすーすーします。


「聞いておられますか?」

「…いえ」


そうでした、今日は珍しく母屋からの客人がいらしたのでした。母屋の女中さんです。雰囲気からして上の立場に居そうですね。でもって、その視線ぐさっときます。何の話でしたっけ。あぁ、そう、睨まないで下さいよすみません悪いのは私です。


「旦那様がお呼びです」


そうでした。


◆ ◆ ◆


女中さんを先に返して、髪や着物を整えます。まぁ、見苦しいほどでもないし、無難なところですかね。さて、こっからが遠い。下駄を履きまして離れを出、石階段を上って、草道を進めばようやくまともな道に出ます。そして屋敷の壁伝いに歩けば隠れるような裏口がありまして。ややこしいですね。裏口から入ればすぐ、先ほどの女中さんが出迎えてくれました。


「西の間にて、旦那様がお待ちになっております」


女中さんの案内で着いた襖の前に座しました。来訪を告げると、了解の応え。


「失礼致します」


部屋の奥、上座に座った中年男性が一人。改めてお会いするのは久々です角張った輪郭に鋭い目つき。あれ、以前見たときより皺の数が増えてますね。旦那様というのは、つまりはこのお屋敷の主人で今の私の父親に当たります。


「来たな」


重低音。体が硬直した。

冷たくて、重くて、暗くて、固くて。


私は何も言われていません。

私は何もされていません。

けど、

何も言っていないわけじゃない。

何もしていないわけじゃない。


あぁ、たった一言で足が動かない。


固まっている私の手をくん、と女中さんが少しだけ引く。無音が言う。歩け、と。


そう、

そう、ですね。


正面からの視線。温度を感じない、とは本当です。私への敵意か、警戒でしょうか。何れにしても、私、足が震えちゃっていますね。辛うじて息を吸っていて、しかし段々、全身が、震えてきて。それでも、歩かなければならないのです。女中さんが何度もこちらを見て下さいます。ここは腹をくくって、足を前に、出し、て。あとはもう、何も見ずに歩くだけです。指定された畳に座って、一呼吸。


「久しいな」

「さようですかねぇ」


実際そうですけど。一応はぐらかしておきます。大丈夫、自分は今、笑えてます。そんな私の浅慮なんて父はお見通しのようでしょうけど。


「息災か?」

「お陰様でつつがなく」

「それは何より」


要件は何でしょうね。こちらから促すわけには参りませんが、さっさと帰りたいです。何を企み何を望んでいるのか、なんて私には分かりませんけど。


「さて、」


父が私を見


「そなたに縁談ぞ」


嗤った。


◆ ◆ ◆


離れに戻ってから、いつものように縁側に腰掛けました。先ほど女中さんが置いてくださった白湯は、きっと冷め切っていることでしょう。


ろくなことは考えてない、とは思っていました。あの人が私を母屋に呼び出すなんてこと、滅多にありませんから。それにしても縁談、ですか。いったい何を企らんでいるのでしょう。良縁ならば私ではなく、母屋に住む妹を向かわせればいい。危険のある家なのか、質扱いか。後者、っぽいです。


さて、さて、どうしましょうか。


そんなことを考えていたから、ですか。嫌な音と指に痛みが走りました。


気を静めようと、叩きつけるように弾いてしまった三味線。ぎん、と不気味な音がしたのです。前から、糸が白色化して気になっていたところに限界を迎えたようです。馬鹿ですね。音で発散させようとするなんて。見ればぶっつりと、切れていました。勢いに跳ね返った糸が棹を持った指にあたったようです。人差し指に血がにじんで、痛くて、熱いですね。



予備の糸、ありましたっけ。


評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ