表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
絃ノ匣  作者: しま
第一章 「胴の部」
4/41

冷えた白魚

一の糸、二の糸、三の糸

指が走る、小ぶりの撥が弾く。


膝に抱えているのは糸が太く、少し大ぶり。猫の皮を張った代物。私のわがままで北から取り寄せてもらった、三味線。まだ津軽三味線とは名付けられていない、太棹。


確か、“あちら”ではもう少し先の時代で発祥したと思います。津軽三味線発祥の過程が描かれたアニメを見せて頂き、指使いまで再現されていたことに感動したものです・・・はい、話を戻しましょう。


こちらの母には、そんな芸者みたいなことを!とか、瞽女ごぜになりたいの!?などなど、悲鳴を上げられてしまいました。


芸者、瞽女さんとは、三味線を引き唄い、諸国を旅して生活される目の不自由な女性のことです。せめて笛を、と云われましたが、最終的に父が承諾してくれました。その代わり、縁談に関してはこちらの決めた通りに、という条件付きでしたが。昔の日本を思わせる、御家柄万歳な雰囲気。私、よほどのことがない限り、さして抵抗せずに縁談を受け入れたと、思うのですが。他のお稽古事やらは云われたとおりにしていた、し………………あれ、どうなんでしょう。

えー、と、あー、


「手が止まってるぜ?」


れ?


「おや、忘れてたって顔だねぇ」


・・・はい、忘れてました。


そういえば、お客様がいましたね。縁側に座る私の横であぐらを掻いて肘を着いてにやにや・・・素敵に悪い顔です。


「すみません、つい」

「かまわないさ」


一応帰るように、と薦めたらそれより弾いてくんな、と云われました。頼みながらもそれとなく命令口調です、慣れているようで。けどわがままな金持ち坊ちゃん、とはまた違うようで。


「他にはないのかい」


そうでした。一番難しい曲を、なんて悪意にまみれたリクエストをされたのでした。


「すみません」


撥を持つ右手の指、の付け根がつりそうです。力、入れすぎたようで。


「つまらねぇな」


にやにや笑いながら、ずばっと云ってくれますね。撥を置いて、一礼し、三味線を下ろします。気がつけば、夕方というか、夜です。すっかり暗くなってしまいました。ほら、そろそろ戻らないと。


「おんや、心配してくれんのかい?」


まさか


「あっしは行きたい時に行きたいところに行くだけさ」


たとえば、あんたのところとか、な、と、掠れた声が鼓膜を震わした。私は何も云いません。


彼は体を傾け、こちらに指を伸ばします。

まるで女人が夜に誘うように。

冷えた白魚が唇を這い、頬を伝い、首筋をなぞる。


すぅ、と彼の目が細くなった。

狙いを定めた猫みたく。


いつのまにか室内にあった、微睡みの気配が消える。

燭台の灯火がゆぅらりと、揺れた。

近づく瞳の中には、ほむらがちらつく。


まなじりから零れる色香

あぁ、なんてことでしょうね。

いつ、スイッチに触れてしまったのか。


さらに近づくかんばせ

夜に浮かぶ白い肌

喰らう、貪る青灰の目

全て全て、


異形の証


それでも私は、逃げません。


「鬼さん」


ただ、告げればいい。


「一風堂のお茶、いりません?」


ぴたり、と

見事なまでに、獣は止まった。ぐるぐるぐる、と獣は暫く視線をさまよわせ、しまいにため息を零した。


「茶菓子は」

「相楽屋さんのお饅頭です」

「餡は」

「もちろん、漉し餡です」


そうと決まれば、準備をしなければ





評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ