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絃ノ匣  作者: しま
第三章 「天神の部」
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小奇麗な離宮

私、初めて駕籠というものに乗っています。というか、運ばれています。男性二人に。この身の置き所のない感じ。私重いですよね。元の体重+いつもより着込んだ着物に帯に簪やら。でも、出発前歩くと言い出そうとしたら父に睨まれました。まだ何も言ってませんのに。何故ばれたし。

そして揺れています。駕籠の真ん中にぶら下がっている紐に捕まってはいますけど、全力で。すでに酔っています。シェイクされています。朝食食べなくてよかったですホント。


そんなこんなで、再び内裏に到着しました。前回と違って正面玄関から入りました。


父の背中についていきながら改めて宮というか建物を見ます。内裏なかは本当に平安時代に似ています。

はじめにここに来た(というか潜り込んだ)ときには探すのに必死でしたから。おそらく向かっている場所は一緒でしょうけど。私、そうとう近道して庭とかぶっ通ったんですね。遠回りをしている気分ですが、こちらが正常な道なのでしょう。


それにしても静かですねぇ。宮中なのに人気がない。あれだけ賑やかだったのは宴があったからですかねぇ。


「お待ち申し上げておりました」


と思ったら女性の声がしました。

十二単姿の女性が扇で顔を隠しながら立っています。そういや直接異性に顔を見られるのってNGなんでしたっけ。そんな古文の似非知識を思い出していると。あれ、今私扇とか持ってませんけど


「厳密なしきたりではない。あの女の都合だ」

「なるほど」


解説ありが…あれ?


「私口に出していました?」


横に立っていた父が口の端だけ上げた。


「女房の扇を見て首を傾げた後に納得、また首を傾げ自分の手を見ていればわかりやすすぎる。後々苦労するぞそれでは」

「後々って何ですか」

「それはおいおい」


後々って何ですかおいおいって。あーもう、そうやって小出しにするくせにこっちから聞いたら一切答えないってどんな意地悪ですか。とりあえず、諸々をため息一つ零して吐き出しました。そしたら、前方でくすり、と押し殺した笑い声がしました。女房(宮中の侍女さんです)さんに笑われてしまったようです。それにしても、宮中にいる人たちってほんとに美人さんですよね。扇で隠されていますけど目元が整っているのがわかります。あ、でも宮中だけでなく旅の一座も…ん?そういや、見たことある気が。


「姐、さん?」


びしり、と空気が固まりました。父と、女房さんです。否定の言葉はありません。


「何のための扇か」

「…すみません」


もう黙ります。気付いてはいけないことだったみたいです。ですよね。旅の一座の女芸人と宮中の女中が同一人物だなんてどう考えてもおかしいです。でも、どうやらあの一座っていろいろ秘密持っていそうですし。私何も知りませんよ、まったく何も気づいていませんよ、てことじゃないとだめですよね。


「察しが良すぎるのも考え物ねえ」


姐さん、頭撫でてくれるのは嬉しいですけど余計つらいです。


もう、これ以上何か言ってしまう前に進みましょう、先に!


と思って顔をあげれば庭師の男性が見えました。手拭で顔を隠してはいますけど、体格といい雰囲気といい。


「…あれ?お頭?」

「やはり縫い付けようかその口」


ご勘弁を!


というか、人通り少ないのに何で一座の人しかいないのですか!



◇ ◇ ◇



場所は離れです。前と同じです。ただ、雰囲気が全然違います。昼に来たせいか、小奇麗な離宮、という印象を受けます。前回は不気味でしかありませんでしたから。

門を潜ってからの流れを父がありのまま伝えてくれたおかげで、彼はくつくつと堪えきれずに笑っていました。


「至時、説明しないとこの娘はどんどん引っ掻き回すぜ」

「よろしいので?」

「何やらかすか分かんねェよりはましだろう」


散々ですね、私の扱い。遠い目をしていれば、笑含みの“彼”と目があった。改めて見ると、前に比べ顔色もよく、座っている姿を見て安堵します。長時間座っているのはきついのか、今は壁にもたれていますけれども。前は、起き上がることすら、できなかったのに。感慨深く見ていたら話が進んでいたようです。


「あれらは今、あっしの護衛をしているのさ」


ごえい。守られている、と。


「あなたの立場なら、正式な衛士がいるはずです。非公式の守りが必要なほど、まだ、狙われているのですか」


ほう、と橘 至時が何やら感心したような反応してますけど、知りません。大方よくわかったな、的なことでしょう。


「念のため、さ。あっしも二度寝込むのはごめんだからね。それに、こっちが察していることは向こうも分かってらァよ」


それならよいのでしょう、けど。未だ体力を取り戻したとは言い難い彼の現状で、襲撃されれば対抗手段は少ないはず。だからこその護衛なのでしょうけど。また、目に見えない呪い的なものに襲われたら。まー、私にできることと言えば。


「私、女中になります」

「は?」


父が呆けた。“彼”は両目を手で覆った。そう来たかい、なんて呟いたのが聞こえました。


「呪術的なことはわかりません。ですが、布団を変えたり体を拭いたり掃除することはできます」


これでも離れで一人暮らししてきた身です。料理、は食べれればいいっていうレベルですけど。身の回りの最低限なことは一人でこなしてきました。あとは宮中独特の物品とか仕来りとかを教えていただけたら。もちろん、こうして離宮が機能しているのですから既に女中がついているのでしょうけど。

こちらの病の治癒と言えば僧を読んで祈祷をあげてもらうこと。病人の世話も病が広がらぬよう障子を締め切り、体をふくことそらしないのも常識。そんな環境で放っておけません。


「あい」


名を、呼ばれました。思考の海から脱します。


「心配は嬉しいけどねぇ。女中以外にあっしの役に立てることはあるはずだぜ」


女中以外?あぁ、だから三味線を持ってこさせられたのですね。


「楽師ですか」


なんでそこで、二人にため息つかれるのですか。





「…あい。ちょいと散歩に付き合ってくれるかい」





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