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絃ノ匣  作者: しま
第三章 「天神の部」
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宵闇に紛れて

気が付けば糸は全て消えておりまして。

考えてみれば何だかすごく体が疲れておりまして。

緊張がなくなったせいか改めて自分のぼろぼろさ加減に気づきました。

着物とか引っ張られすぎて(何に?とか怖くて考えません)崩れる寸前。

髪もぼさぼさ、何だか手足も薄汚れている気がします。


「…あ」


ふ、と意識が遠のきました。

目を丸くする“彼”が一瞬見えて、すぐに木の床が視界一杯に広がって。

倒れる寸前、がっしりとした腕に腕をつかまれました。

今度は激突、しませんでした。

あぁ、でも、実はあの道を通るのって、いろいろ吸い取られた、気分で。

目を開けていられません。つかんでくれたのは、誰ですか。


「よくやった」


野太い声が降ってきました。どうしてここにいらっしゃるのですか、お頭




◇ ◇ ◇




それからは、有言実行です。頭の先から足先までさっぱりした彼。

洗濯されていた着物を着用し、少し疲れたように白湯を飲みました(私も頂いちゃいました)でも彼限界だったらしくすぐに眠りにつきました。


『ほんに無茶よ、無謀よ、考え無しぞ』

「ご、御尤もです、はい」


そして遠距離説教して頂いています。懐にある白い紙から。

傍から見たら異様ですけど誰も突っ込みません。

流れてくるのは朱華さんの声。どうやら、姿は出せないようですが。

声だけが続きます。

長いです。


『何ともならぬかもと分かっておっても進むのだから手に負えぬ。

 疲労だけで済む方が奇妙ぞ』


確かに、帰って来られない可能性も考えていましたね。


『それが鬼…ではなく、あの男の為と言うのがなおのこと腹立つ』

「朱華、それは嫉妬で」

『黙りゃ、柏木!』


間に入った柏木さんに雷が。声だけなのに思わず背筋が伸びます。


『そもそも鬼であること否定せず訂正せずにおったのは誰ぞ!

 お主、そんな妾を見て笑っておったな?

 鬼でなく、生成なまなりと分かれば動きも違うわ!』

「だから黙っていたのだがなぁ。お前、服芸できぬだろう」

『愚弄するのもいい加減にしや、柏木。お主明日の食事、覚悟しておれ』

「え、それは勘弁」

『知らぬ。妾に茶番を演じさせたお主が悪い』


つーん、と音がしそうなほど。

以後、白紙は沈黙。柏木さんが慌てて何を言っても応答なし。

がっくしと柏木さんはうなだれました。何でしょう、この夫婦喧嘩っぽいのは。

何だかんだで長いお話が終わったので何よりですが。


そんな夫婦漫才(恨めしげに見ないでください柏木さん)の横で、繰り広げられるのは離れの大掃除です。

数日風も通らず埃だらけだったらしいです。話を聞くに、人が入れなかったのがここ数日。ですが、それ以前からまともに掃除されていなかった様子。いつのものか不明な埃や塵がものすごい勢いで宙を舞っています。

ちなみに掃除しているのは私ではありません。

なぜかお頭とか土岐ときさんとか、見たことある一座の人も参加しています。しかも仕事が密やかかつ早い。一切物音も話し声もせず、月明かりの元迅速かつ的確にお掃除中。技術の使いどころがおかしい気が…気のせいでしょう。

足音すらない気がします。

一座に紛れて柏木さんも掃除中。なんだか手馴れていますね。


さすが(と言ってもいいものか不明ですが)父の紹介。詳しく突っ込むと後が怖いです(それこそ忍者とか…言いません)

その間私が何をしているかというと…何もしてません。


「申し訳ありません」

「お前っ…何でもない!」


土岐さんが私を鋭く一瞥して、顔を真っ赤にして視線をそらされました。

あれ?

気まずそうに柏木さんが私、ではなく私の膝を指しました。


「それだろ」


あぁ、膝の上、ですかね。

掃除の邪魔ということで私と歩けない“彼”が追い出されました。

男性のお姫様抱っこをみてしまいました(お頭、見た目を裏切らぬ怪力です)。全力で忘れたい。なんかもう、ほんとうにすみません。

ということで私ただいま枕です。眠り続ける彼の。もっと言えば私の膝が彼の枕になっています。幼気いたいけな子どもになんてものを晒しているんでしょう。本当に居たたまれない。

顔が熱い。


「おい、照れるな。余計目のやり場に困る」


ちょっとむず痒い。


「柏木さん、やはり私も何か」


ぐわし、と音が聞こえそうなほど。

がっしりとした筋肉むき出しの両手に、肩がつかまれ押さえつけられました(さっきも経験したような)

いつの間にか巨漢、別名熊男、実はお頭が目の前にいました。

見下ろされる私。無言で見下ろすお頭。

その間数秒。


「動くな」

「ハ、ハイデス」


降ってきた重低音。対して私は声が裏返った。

返事を聞いたお頭は眠り続ける彼をじっと見て、満足げに頷いて去っていきました。

のっしのっしと(知り合い?)

そんな私をお姐さん方がくすくす笑いながら見ています。


「良いじゃないか、甘えときなよ」


お姐さん方笑いながら効率よく仕事を片づけているからさすがです。

尊敬します。でも、変わってくれたらうれしいな、なんて。

切実に。そろそろ足が限界。痺れて感覚が。


「土岐さんや」

「げ。何だよ」

「足を触ろうとしたら全力で悲鳴あげますからね」

「ちっ」


ちょっと待ちやがってください(言葉崩れました)






◇ ◇ ◇





そして夜が明けていきまして。

一座の皆様全員、何処かへ去っていきました。

膝の上も軽いです。“彼”は今、空気も入れ替えた部屋の中で真新しい布団に埋もれています。心配になるくらい昏々と眠り続けています。私、一座のお姐さん方に笑われながら挙動不審になっていました。

柏木さんいわく、おそらく久々に心も体も寝ているんだろう、とのこと。

寝顔はとても健やかでした。皆さんが笑い含みに見ていたことを知ったら、おそらくじーーーーっと睨まれそうですけど。


空がうっすら明るくなってきました。高い塀の向こうで、低い金属音。鐘の音。暁七つ。寅の刻。だいたい朝の四時ごろです。正直に言います。眠いです。


「それで、満足ですか」


でも、寝れません。まだ。


「ほ。気付かれましたか」

「隠す気ないでしょう」


真正面から来られたらいくら睡眠不足の頭でも気が付きます。たぶん。

現れたのは木野 景保様。裁定者と、名乗った人。

以前と同じように、地味な格好です。色褪せた黒の長羽織に茶染の小袖。

まるで宵闇に紛れるように立っていました。


「離れを閉ざしていたものが消えたと聞きましてのう。

 様子を見に参った次第で」


なんて、飄々と仰る。駄目だ。口を開いたら悪態が飛び出てくる。

寝不足諸々から来る苛々が出てきそう。


「然様で、ございますか」

「そう拗ねた顔をしなさいますな。確かに強引な策ではありましたがのう」


う。顔に出ていましたか。

確かに、強引でした。というか、無茶苦茶です。

気づかないところで二重三重の策はあったかもしれません(一座とか)。

ですが、一連の騒動が行き当たりばったりな気がしてなりません。

結局、私が突っ走っただけなのですが(そこは否定できません)


「あ奴は」

「寝ております」

「そうでございますか。なら、橘のも喜びましょう」

「喜びますか(あの父が)」

「喜びますとも」


あれ。何だか、このやり取り、既視感。


「おって詳しく知らせを致しましょう。この文についても」


と、懐から取り出したのは、見覚えのある手紙。

あれ?


「ほ、ほ。正面切って懇切丁寧に入内じゅだい断りの文を送るなんぞ、あの橘のにどんな不躾な娘ができたかと思えば。いやはや、見目を裏切った豪胆な方ですのう」


文をふさ江さんを通して送った気がします。

とりあえず縁談を断ろうと思って、父に文を預けはしました。

しかし、すでに握りつぶされているとばかり思っていました。

そもそも呪詛だの何だのの騒ぎで縁談自体無いものと思い切っておりました。

どうして、その文が木野様に。


え、そして少し待ってください。

入内、入内っておっしゃいましたかこの翁様。

入内、て私でも聞いたことがあります。

内裏に入るという意味で。てっとり早く言えば帝と婚姻するということで。


木野様と縁談=入内=帝と婚姻、ですと。


「然様な方だからこそ。不肖な息子を、よろしく頼みますぞ」


ほけほけと、実に楽しそうに笑った翁様は。

そんな爆弾を落として去っていきました。



…息子?木野様が彼の父親?

私の縁談相手が木野様で、木野様が(たぶん)帝で、そしてそんな木野様の息子が“彼”で。




あぁ、だめ。


眠い。



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