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絃ノ匣  作者: しま
第三章 「天神の部」
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人だからこそ

ふと、思うのです。説明できるのです。彼が急にあらわれ急に消えた理由。

私は“こちら”がファンタジーの世界で彼が人でない存在だからだと思っていました。妖怪の類で、鬼ではないかと。会ったばかりのころ、恐る恐る人か、と尋ねた時、彼は否定した。鬼ですか、と問えば彼は否定しなかった。

私が須黒と呼ぶ前、鬼さんと彼を呼んでいました。でも、鬼ではなかった。

生成なまなり、というのは柏木さんいわく鬼になりかけている人だそうで。

彼は人として、(辛うじてであっても)生きていた。

幽体離脱とやら、だったのでしょう。


そして身体の情報は魂(須黒)に影響されていないのでしょう。だから、須黒は立っている。でも、本当なら、彼は立てる状況じゃないはずです。


「来い、なんて言ってないよ」

「来るな、とも言われていません」


ぐっと相手が言葉に詰まる音。


「それに、私行かないとは言っていません」

「行く、とも言ってないだろうさ」


お互い顔が見えない状況で、少し笑ってしまう。


「お前さんは、本当に」


締め付けが強くなる。

あの、少し息苦しいのですが。


「どうして、そう、なんだろうね」


わーお、なんだか全否定された気分です。

なんて思っていたら、急に体の支えがなくなった。

体勢が崩れた。ふらついてそのまま倒れ込み激突。激痛。いたい。


「く、クリティカルヒット、痛恨の一撃です」


ぶつけたせいで目隠しがずれました。

どうやら近くの石に頭をぶつけたみたいです。

咄嗟に手をついていなければ…考えないようにしましょう。

須黒は、いない。消えた。彼が消えるのはいつものこと。でも。


「須黒…?」


読んでみました。応答はありません。何だか嫌な消え方です。

今までと違う。

ここはあの真っ黒道の奥、なのでしょうね。入る前は見えなかった建物が見えます。そして、建物に絡みつく糸も。まるで蛇がとぐろを巻いてるかのように隙間ない。

呪詛を唱えたあの女性から続く糸の、間違えられた終着点。


あそこに、彼がいるのでしょうか。


階段を数段飛ばして駆け上り、ぼろぼろの障子を勢いよく開こうとして。


「およ、し」


止まれたのは、反射です。


「開け、んな。その、まんま。帰んな」


聞いたことない、かすれた弱弱しい声。さっきと違います。

久々に音を発したような、ガラガラ声。

人としての彼が、向こうにいる。


「ずるい、ですよう」

「あっしは、呼んぢまった、かねぇ」

「でなかったら、来れませんよ」


障子越しでも、金臭い匂いを感じます。鬼ではない。人だからこその匂い。

誰も入れなかったのなら。

(本当の名前すら知らない) “彼”が動けなかったのなら。


「お手伝い、させて下さい」

「…怒る…ぜ」

「怒ってください」


障子を開ける。異臭が一段と強くなった。

埃の溜まった薄暗い和室で、布団が一組。洗濯されていないようで、染みついた汚れがここからでも見える。そして、布団の中には。

男性がいた。

形は人、でした。角も生えていません。

乾いた皮膚、骨ばった体に落ち窪んだ瞳、黒髪はべったりと頭に張り付く。

彼は気まずそうに私から目をそらしました。

その顔は、私の知っている彼です。


「見る…もんじゃ、ねぇさ」

「見なきゃできません」


布団の傍に膝をつく。


「…何を」

「まずは体を拭きましょう。顔も洗って歯磨きして。

 そして部屋を掃除して空気を入れ替え、布団も洗って日にあてて。

 すっきりさっぱりしたら、お白湯を飲んで、お粥も食べてみて。

 やること、一杯です」

「そいつあ、大変、だ」


薄く薄く、彼は笑った。自嘲するように。

唐突に笑みを掻き消して、彼はじ、と目を合わせる。


「戻る、つもりは…なかった」

「…何となく、そんな気がしました」


人でありたいなら、名づけを拒否すればできたこと。彼は人でない事を否定しなかった。彼のせいではないのに。父親の騒動に巻き込まれ呪詛を受けただけなのに。


でも、何も思わなかったわけじゃないはずです。

でなければ、橘 至時の“(私が)人でなければ(祓えばいいのだから)話は簡単だったろう”という言葉に、あんな激高しないじゃないですか。


「許さねぇ、よ」


消えようとした彼を呼びもどした。

人で無くなり、鬼に成りかけた彼を人の身に戻した。

後悔、はちょっとしてます。彼の鋭い視線に射抜かれていると居たたまれない気分になります(むしろ怖いです)でも、もしやり直せたら、結局私は同じ選択をすると思うのです。そしてまた睨まれて、ビビりまくっていると思うのです。なので。


「私も」


やつれ果てた頬に手を添える。


「謝りません、よ」




ぶつり、と音がした。見れば障子の隙間から地面に降り立つ糸の欠片が見える。

ぶつりぶつりと続く音。切れていく。断たれていく。

はらりはらりと落ちて、土に触る前に消えていく糸。

解かれて、いく。


…たのめて…男

角…鬼に…疎まれ

…雪…冷…

…ねかし…歩け


一本一本が途切れながら呪詛をつぶやいているが、その音も消えていく。


「ほどけ、た?」


屋敷を雁字搦めにしていた糸が。呪詛の根元が。解けて消えていきます。


「呆気ねぇ、なぁ」


彼にも見えていたらしい。

解けて消えていく糸に目をやり、胸にたまった息を長く長く吐き出しました。




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