悲しく空しい世界
現在に戻りまして、ただいま朱華さんと一緒に隠密捜査中です。
なんかかっこよくないですか?
…真面目にします。
正直、なんだかなぁ、と思う面がないとは言えません。
簡単に言うと(たぶん)須黒のお父さんが浮気?火遊び?しちゃう。
燃え上がった女性が(おそらく)権力争いのごたごたに巻き込まれて唆される。結果=現況。終わり。あれ。
須黒って巻き込まれただけなんじゃ?
私はといえば。須黒かその父かむしろ黒幕?と縁のある橘至時が娘(この場合は妹の凛)を囮に女性を誘い出す。なぜかそっちのけてた方の娘(これ私)に標的が移った。けど結果変わりないしまぁいっか(的に思われたのかも)。よくよく話を思い出すと橘至時は須黒が(既になっている気がするけどさらに)取り返しのつかないことになる前に動いている気がする。柏木さんや一座のみんな。よくわからない翁(木田様)とかとか。
私が思っているよりずっと多くの人が影で動いているのでしょう。
ややこしい。ひっきーを脱したばかりの私には頭が痛くなる現状です。
とりあえずやることと言ったら、リアルお化け屋敷ごっこをするだけなのですが。
「ここか」
一応は着いた、のだと思われます。ですが、先が見えません。
探していた建物の周りをどろどろとしたものが囲っているのです。
「ここは…人が通る道でないぞ」
どろどろとした空気が漂ってくる。
「異形の者が使う道ぞ。入ったら戻れぬ。しかし、入らねば通れぬか。なるほど、だから橘の当主が焦っているのだな」
これでは世話人すら入れまい、と。今までは辛うじて、人が通れていたのでしょう。でも、今は違う。
漂うのは完全なる拒絶。でも、糸はこの先に続いている。
この先に絡みついているのです。
「朱華さん。ここまで、ありがとうございました」
私一人なら、誰かに見つかっていた。迷っていた。さりげなく朱華さんが誘導してくれたからここにたどり着けた。
「如何するつもりぞ」
「橘当主はそのために私をここに連れてきたのでしょう」
「しかし、おぬしにいったい何ができる」
「私にも、わかりませんよ。でも、行きます」
笑っちゃいますでしょう。ただの自殺行為にすら思います。
私“こちら”に来てから何となくで行動しすぎていますね。
いいえ“あちら”にいた私はそもそも行動しようとすらしなかった。
ただ、音を求めていた。
「…戻るのだな?」
「戻れると、いいですねぇ」
「何故、そこまでする」
「どうして、でしょうねぇ」
でも、進むのです。朱華さんはしばらくじっと見て。
私に布を一枚、渡しました。薄長く細い布。
「見るな、と。見られるなと言われる。それしか私は知らぬ」
布を受け取る。これで目隠しにするらしい。
◇ ◇ ◇
須黒が言いました。ここでは見ることはやめた方がいいと。
今のところ彼が忠告したことは守っていた方が良いことはわかります。
目を閉じて布を巻いて。ただ先へ。
でも、前回と違います。ナニカがいるのか。着物の袖は引っ張られるし、道は平らなのに足に何かがまとわりつく。熱くて冷たい、濁り固まっておどろおどろしく。悲しく空しい世界。生温かく変な臭いが混じり合って。
ナニカがいる。でも何の音もしない。
ホラーです。恐怖です。ひしひしと命の危険を感じます。
足が止まりそうに、なる。
でも、止まったら終わってしまう。
袖や足だけじゃなく、体に何かが絡みつく。喉が。息が。動けなく、なる。
べん、と微かな音がした。
べん、べべん、と。
誰も触れていないはず。なのに、糸が震えた。
背中に背負っていた三味線。三つのうち一つは、須黒がくれた糸。
音が響いた瞬間、纏わりついていた存在が離れた。
でも、すぐまた来るのでしょう。見えないけど、周りがざわついているのがわかる。
…通じていると、思ったらいいのかなぁ。思えたらいいのかなぁ。
「どこにいやがるんですか、須黒―――!!!!」
真剣にまじ泣き三秒前です。
ふ、と。
腕を引っ張られる。骨ばった手を、知っている。布に染みついた煙の臭いを嗅いだことがある。
「あは」
ちょっと、笑ってしまう。
まさに、隠れ鬼。なんて。その場合鬼は私なのですが。
「見―っつけた、です」
息をのむ音がしました。そして、きつくきつく締め付けられた。背中に二本の腕が回った、のがわかる。…て、はい?この状況はおかしくないですか。
「須黒…?」
「――――」
音にならない声が吐息のように耳元でした。何を言っているか、は聞こえなかった。何だか、とても、歪に感じる。元々骨ばっているがそれにしても節々目立つ気がする。凸凹している。
辛うじて動く手を動かして、顔あたりに触れる。顔?尖がったものが、飛び出てる。
…角?
思わず瞼が震える。布越しでも視覚で確かめようとしてしまう。
「見ないで、くれるかい」
今にも消えそうな、声がした。反射で瞼に力入る。久々に声を聞きました。
手を動かしてみる。突起の周りにごわごわしたざんばらの髪がある。
「須黒…」
答えるように、体の締め付けが強くなる。息が少し苦しい。ただでさえ帯で締めつけているのに。でも、逃げたいとは、思わなかった。
「何も。何も、話さなくていいです。何があって何を思ったのか話さなくていいです」
あぁ。私はそれを、伝えに来た。
「また、三味線でも、いかがですか?」