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絃ノ匣  作者: しま
第三章 「天神の部」
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仄暗い響き


現在わたくし、壮大な門構えの前にいます。朱塗りの柱に白壁。

向こうは白砂敷いた日本庭園。広そうです。

橘家の離れにも庭はありましたが、全く違うものです。

人の手が入り、整えられた作品。白砂も石も緑もすべて。人工の自然です。

土で塗り固められた築地塀ついじべいが張り巡らされた一角。

広すぎて奥の建物が見えません。


「うわぁ。どんだけ歩くので…あいた!?」


文字通り首を伸ばして覗き込もうとすれば後ろから衝撃。痛いです。

振り向けば見上げんばかりの大男。


「やめとけ。あの門通れるのは貴族だけだ」

「叩く意味が分かりません」


首が折れるかと思いました。


「おェが知ら無すぎンだ。あの門から俺たちみてェな身分の無ぇ

 もんが入っちまったら即刻追ン出される。殺されたって文句いえねェ」

「…それは、申し訳ありません」


頭を下げると今度はソフトな衝撃。というか、重圧。

そのままわしゃわしゃと不器用な手つきで頭を搔きまわされます。

撫でられ、た?


「これから知っていけ」


一言だけ。かしらはそのまま逞しい背中を向けて、正門横の小門から入っていく。なんというか。一座を率いた貫禄、というものでしょうかねぇ。


「おうい、新入り!さっさとはいんぞ荷物運べ」


土岐さんが呼びます。


只今私、一座でお世話になっています。

初めて一座とお会いしたとき。急に三味線を弾けと言われどうしたもんかと思いましたが。こちらの曲を弾き終われば頭に、明日から来いと言われました。あまりの速さに朱華さんを伺えば当然と言わんばかりの顔。

打ち合わせでもしていたのでしょうか、疑っちゃいますよう。

とにもかくにも、

関わることはないと思っていた場所に紛れ込めたのは二人のおかげですね。




◆ ◆ ◆




酒の匂い。料理の匂いに衣に焚かれた香の匂い。

どうやら、招いた方が奮発したらしいです。見栄もあるのでしょうねぇ。

なんせ此処はこの町、この国の中枢。宮城です。

私が今いるのは大内裏だいだいりの中でも豊楽院ぶらくいんと言うそうで。

全部朱華さんからの事前知識です。

豊楽院は今夜のように宴やら催し物のためにある殿舎とのことです。

いつのまにやら、とんでもない所に来てしまいましたねぇ。


庭の下座では一座の女人衆があでやかな着物をまとって、ただただ静かに舞っています。

見る者もいれば話に夢中になるもの様々。

この集まりも、いわば情報交換の場。

笑顔の下で行われるは腹の探り合い。あれはあれで戦だと、頭が言っていました。だからこそ私たちはその場を波立たせず、ただ静かにその場にいればいいのだと。

私の役目は女人衆の舞に三絃の音を添えるだけ。

頭が隣で小太鼓を奏でる。土岐さんは横笛を。他にも男衆、女衆がそれぞれ楽を奏で合わせます。


その中で、探る。

人の集まるところで行うには無謀です。特にこんな、有象無象因縁渦巻く政事まつりごとの場では。なので読み過ぎないよう、且つ少しでも欠片はないのかと探ります。


少うしずつ、浅く、広く。


   "さて 人にうとまれよ

   揺りかう揺り ゆられ歩け"


「(…今のは)」


耳ではなく、頭の奥から聞こえた言葉。

どうやら歌の一部のようですが、何とも言えぬ仄暗い響き。

求めていた、手がかりです。


「(掴みました)」


曲がひと段落ついたのに合わせて物陰にひそみ、そっと、撥を置きました。




◆ ◆ ◆




時をほんの少し、遡らせてください。

母屋に嵐が吹き荒れていくばくかの時間が過ぎた頃。

払い屋の二人は何やら至時に言づけられ後ろ髪引かれる様子で退出しています。駆け付けた奉公人に一言二言申し付けて追い出した至時の前。

木野様が居住まいを正しました。


「あいにくと、どこにいるかの目星は着いております」

「なら、何故さっさと動かないのです」

「動けたのならそうしておりまする。が、何かが邪魔をしておるのです」

「何か、ですか」

「然様」

「変に期待されても困ります」


その何か、をどうにかできると何故に思うのでしょう。

本音をそのまま言えば、至時は常の如く口の端を歪めました。悪い笑みです。


「だが、お主こそ焦っているのだろう?あ奴はもうそんなに“もたない”」


ぐ、と唇をかみしめる。


「一体、どこまで知っているのです」

「少なくともお前が知らぬことを知っている。そして、お前が知っていることを、我らは知らぬ」


また、あいまいな言い方。


「方法は払い屋連中に任せる」

「あなた方は」


橘 至時。そして木野 景保を見る。


「何を、目的としているのです」


質問に答えはありませんでした。

ですが、こんなところにあっさりと潜り込ませるのだから。

よく分かりません。




◆ ◆ ◆




ふと、疑問が浮かびます。

“あちら”にいた高木 あいが”こちら”にいる橘 あいを見たらどう思うのだろうと。

きっと驚いて呆れて、不思議に思うでしょう。三味線弾かずに何をしているのだと。どうしてたった一人のためにそこまで動けるのだと。何故なら高木 あいは音があればよかったから。糸があればよかったから。撥があればよかったから。

橘 あいはそのことに気づいて。とてもとても、こそばゆく思うのです。


そして改めて、感覚を研ぎ澄ますのです。

誰にも気づかれぬよう、さりげなく。


宴もたけなわ。三絃の出番はおしまいです。未だ続く音の連なりを背にこっそりと一座から抜け出しました。

途中頭と目が合った気がします。ですが何も言われませんでした。

朱華さんも柏木さんも、だからこそここを紹介してくれたのでしょう。


人目を避けてさらに奥へ奥へ。

すると色んなものが見えてきます。


「なんて、いびつ


渡り廊下で繋がった殿舎は平安造りの構え。装飾は桃山時代と似通っています。庭も色々。どうやら、庭ごとに趣が違うらしいです。

草木が鬱蒼と茂る庭の横には静穏な枯山水があったり。

屋根も瓦だったり檜の皮でしたり。

町が江戸の様式で統一されている様を思えば。違和感に頭痛がしそう

自然と混ざったのではなく、人工的に混ぜたようで。


気持ち悪い気持ち悪い。そしてただ、不気味。

和風と名の着くものを思いつくまま放り込まれた空間。


「(まるで、ひとを狂わせるためにあるような)」


言わない言わない。そんなこと、言えるわけがない。

ただ私は、探すだけです。




「此処、ですね」




今更ですがあけましておめでとうございます。本年もよろしくお願いいたします。

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