袂(たもと)
もしもーし。何だか私、置いて行かれている感満載です。
朱華さん曰く私は奪ったわけでも無くした訳でもない、らしいです。
ずっとずっと、気になっていたところです。ただ私がいつまでも“あちら”に執着し、“こちら”を受け入れられなかった。
母様(あの人)はそんな私をどこかで察していたのかもしれません。
だから何かが取りついたと、狐だと言ったのでしょうか。
なら、それならば、受け入れて向き合えば何かが変わったのでしょうか。
すべてがすべて、今更な話です。起こったことは戻せません。
これまでの話も振り返るのに大切。
ですが、それよりも重要なのはこれからの話。
朱華さんと橘至時、いつの間にか会話に参戦している柏木さんと木野景保。
誰もこちらを見ていません。
「あ、の」
我関せず傍観していた、隣の男性がこちらを見る。
「私はあなたを、何と呼べばよいのでしょう」
彼は一瞬青灰の目を丸くして、でもすぐに驚きを隠して肩を竦めました。
「その答えは前にお前さんが出したはずだぜ?」
「ですが」
彼はどこか遠くを見るように、目を細めました。
「変わらないものもあるさ」
「変わるものも、あるのですね」
「そうさなァ」
全く想像できません。今までのように過ごせないことは分かります。
私も、そして彼も。
「須黒」
「何だい」
「…なんでも、ありません」
ただ、呼んでみただけです。
そう言えば、彼が口の端を少しだけ歪めました。
笑顔とも泣き顔とも怒りとも見える顔。
「来るなとも、来いともいえない卑怯者さねェ、あっしは」
何を仰います。それなら
「行きたいとも、行かないとも言えない臆病者ですよ、私は」
二人して笑う。苦くて、痛い。
「似ているもんだなァ」
「そうですね、似た者同士です」
どうしたのでしょう。
何だかとてもとても、涙腺が緩んでしまっているようで。
見ていたいのに。まだ見ていたいのに。
視界が潤んで、歪んで、滲んで。
ずっとずっと見ていた黒が、輪郭を無くして、崩れて、薄くなって。
◇ ◇ ◇
「何ぞ」「ほう」
「何」「おや」
会話が一段落したのでしょう。
各々が室内を見渡しました。
「橘の姫。あの男はどこに」
一同を代表して朱華さんが困惑しながら問いました。
「さて」
荒れ果てた部屋。外は先と変わらぬ手入れの行き届いた庭。
「どこに行ったのでしょうねぇ」
少しだけ湿った袂を握りしめて、私は目を閉じました。




