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絃ノ匣  作者: しま
第二章 「棹の部」

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袂(たもと)

もしもーし。何だか私、置いて行かれている感満載です。

朱華さん曰く私は奪ったわけでも無くした訳でもない、らしいです。

ずっとずっと、気になっていたところです。ただ私がいつまでも“あちら”に執着し、“こちら”を受け入れられなかった。

母様(あの人)はそんな私をどこかで察していたのかもしれません。

だから何かが取りついたと、狐だと言ったのでしょうか。

なら、それならば、受け入れて向き合えば何かが変わったのでしょうか。


すべてがすべて、今更な話です。起こったことは戻せません。

これまでの話も振り返るのに大切。

ですが、それよりも重要なのはこれからの話。


朱華さんと橘至時、いつの間にか会話に参戦している柏木さんと木野景保。

誰もこちらを見ていません。


「あ、の」


我関せず傍観していた、隣の男性がこちらを見る。


「私はあなたを、何と呼べばよいのでしょう」


彼は一瞬青灰の目を丸くして、でもすぐに驚きを隠して肩を竦めました。


「その答えは前にお前さんが出したはずだぜ?」

「ですが」


彼はどこか遠くを見るように、目を細めました。


「変わらないものもあるさ」

「変わるものも、あるのですね」

「そうさなァ」


全く想像できません。今までのように過ごせないことは分かります。

私も、そして彼も。


「須黒」

「何だい」

「…なんでも、ありません」


ただ、呼んでみただけです。

そう言えば、彼が口の端を少しだけ歪めました。

笑顔とも泣き顔とも怒りとも見える顔。


「来るなとも、来いともいえない卑怯者さねェ、あっしは」


何を仰います。それなら


「行きたいとも、行かないとも言えない臆病者ですよ、私は」


二人して笑う。苦くて、痛い。


「似ているもんだなァ」

「そうですね、似た者同士です」


どうしたのでしょう。

何だかとてもとても、涙腺が緩んでしまっているようで。

見ていたいのに。まだ見ていたいのに。


視界が潤んで、歪んで、滲んで。


ずっとずっと見ていた黒が、輪郭を無くして、崩れて、薄くなって。




◇ ◇ ◇



「何ぞ」「ほう」

「何」「おや」


会話が一段落したのでしょう。

各々が室内を見渡しました。


「橘の姫。あの男はどこに」


一同を代表して朱華さんが困惑しながら問いました。


「さて」


荒れ果てた部屋。外は先と変わらぬ手入れの行き届いた庭。


「どこに行ったのでしょうねぇ」


少しだけ湿った袂を握りしめて、私は目を閉じました。




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