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絃ノ匣  作者: しま
第二章 「棹の部」
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穢れ


場所は、先と変わりません。人もです。

先ほど聞こえた、知らぬ声の人物はいません。誰、なのでしょう。



三味線を構えた手はそのまま、私の体は固まっていました。

ただ、撥が地面に置かれています。いえ、落ちていました。

手が痛みます。痺れているかのようにぴりぴりと。

見れば小刻みに震えていました。気が付けば、目の奥も痛みます。


そ、と息を吐いて目を閉じました。

酷使してドライアイになったようで、じんわりと涙が浮かんできました。

しばらくすれば直るでしょう。


すでに、糸も何も見えません。

妙に頭が重くて体が気怠いのはこちらでの情報の多さに体が悲鳴を上げているのでしょう。


「戻ったかい」


須黒の声がしました。その言葉に目を閉じたまま、頷きます。

また私は、どこかに行っていたのでしょう。先日鬼さんに手を引かれて通った道のように。


「そうかい」

「鬼め、分かっておったな」


唸るような低い声は狩衣の女性から。

不穏な気配に咄嗟に目を開けました。


「何が、だい」


須黒は相変わらず笑みのまま。

何時の間に取り出したのか、煙管から煙を燻らせていました。

のんびりとした手つきに崩れた足、退廃的な目つきはいつも通り。

いつも通り過ぎて不思議な気がします。

女性の肩が耐え切れんとばかりに揺れました。


「穢れを、人に移しやるか!」


激昂。まさしく、その言葉通りの激情でした。


「何故止めなんだ!穢れに触れるなど、形にするなど!」


穢れ。おそらく、紙人形に移したもののことでしょう。

彼女が三味線を弾き出す直前に言った言葉は、制止の意味だったのでしょう。

私は何を言えばよいのでしょう。私に関わる話、のはずですが。

須黒は一端煙を吐いて、私の方へ煙管の雁首を向けました。


「あれは平気だろう」

「これだから鬼は…っ引きずられでもすれば!」

「戻ってきたじゃァないかい」


彼女は、喉を詰まらせました。そして須黒を睨みつけた目をそのまま、私に向けて。


「お主…何ぞ」


いつか、来るであろう質問でした。


「…」


何も答えられない私から、彼女は視線を逸らしません。


「言葉を封じても遅い。お主はすでにわたしに声を聞かせ、知らしめた」


何時の間に。声を出さぬよう黙っていたはずですけど。


「あぁ、そういやァ塩を被って間の抜けた声をしていたねぇ」

「…誰のせいですか、誰の」

「さぁて、なァ」


思わずジト目で見れば我関せぬとばかりに煙を吐いていました。


「話を戻して良いかのぅ?」


低い、お声がかかりました。

思わずふさ江さんを思い出して背筋が伸びます。


「すみません…」

「問いたいことがある」

「はい」

「お主は橘の者であろう」


橘。その氏は私の家を示します。

何故、彼女が知っているのか。声を出してしまったことに関係があるのでしょう。

前回お会いした時は、私のことがわからぬ風でありましたから。

おそろしい世界です、本当に。

須黒の方を見ました。こちらを見向きもしませんでした。

素直に答えてもよいと、言うことでしょうか。


「はい」

「橘には娘が一人おる。しかし、私はお主を知らぬ」

「妹、でしょう」


私は表に出されませんでしたから。


「…幽閉か」

「いえ、そこまでは」


多分、と視線を泳がせる私に彼女はため息を漏らしました。


「お主は何を為した」

「形に、しました」

「では、何を知り、何を見やった」

「それ、は」


間を開けぬ質問に、答えた私の声が掠れていました。

問うているうちに、焦れたのか女性の声が険しくなって


「あの術を私は知らぬ。何故、穢れを移されなんだ。

お主は、真に人か」


答えや、と懐から扇を取り出して私にまっすぐ向けました。

いつかに見た、真っ白の扇です。

それがまるで刀を突きつけられたかのように、動けません。

須黒は何も言いません。私も何も言えません。私に、何が言えるのでしょう。


人かどうか、なんて。

私が一番、知りたいのに。



「口の効き方に気をつけな、はねず」



入口の障子が開かれました。突然の乱入者です。

その場にいた全員の視線が向けられた先に、若い男性がいました。

羽織はありませんが、きっちりと袴を着て。侍?ですか。


「しかしのぅ」


不服そうな女性を一目し、彼はこちらに目を向け、一礼しました。

一礼?


「連れが失礼しました。まずは指の手当てを致しましょう。

 それと、」


突然の丁寧な言葉遣いと礼に反応できませんでした。

そのまま彼は返答を待たずに一呼吸、空けまして。

先から黙っている着流し男を睨みつけ、



「此処で吸うなって何度言わせるそこの鬼野郎」



どすの効いた声で言いました。





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