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絃ノ匣  作者: しま
第二章 「棹の部」
20/41

洪水


始めに目を閉じて、呼吸を整える。


十、九、八、七、六、五、四、三、二、一……


…零


そのまま、瞼の奥に冬をイメージする。雪の積もった、真っ白の世界を。

音が吸い込まれたかのような無音の世界を。

そして、自分すらも吸い込まれていく。呼吸に合わせて


ひぃ  ふぅ  みぃ


十のうち、三まで数えて目を開ける。

場所は変わらず長屋の中。目の前の二人も変わらず座している。

ただ、頭が重い。目から、耳から、鼻から肌から、急な情報の増加に頭が混乱する。車酔いのような、混雑する交差点のど真ん中に立ち尽くした感覚。音と色と臭いの洪水。

久しぶりすぎて、うまくコントロールできていない。

二、三度同様に息を吸い、吐いて。

嵐のような現状に慣れたら紙人形を『視る』


二つの黒い人形に、巻き付いているかのような、薄い糸状のものが見える。

手を伸ばす。

今の私なら、触れられる。

手を伸ばし、糸を拾って指に絡めて。

絡めた糸から流れるものが、指を取って撥や弦に向かう。

あとは音を使って、紡いでいく。





走っていた。

もう周りはすっかり暗くて。こわかった。

早く家に帰らないと。かえろう。

暗くなってしまった。暗いのが怖い。こわい。

きっとおばあちゃんが心配している。早く、帰ろう。かえろう。

その一心で、走っていた。

後ろから這う闇には気付かずに




歩いていた。

すでに辺りは夜の闇

この場所で、この時間に。

あの子は、いなくなった。

何故、何故。あの子が、どうして。

後ろから、音が来る。

そう、お前が、お前があの子を








◇ ◇ ◇





異変を感じたのはしばらくしてからでした。

何かに引き寄せられていることに気がつきました。


「あ・・・!」


珍しく須黒が名を呼んでいた気がします。

私は、飲まれていきました。




◇ ◇ ◇




呼吸を忘れ、感覚を忘れて。

自分の存在がわかりません。三味を弾いているはずの手の存在も、感じられません。

目に入る景色は、長屋ではありません。

須黒も、名前の知らぬ彼女も見えませんでした。


ここは、どこ。これは、何。

なぜ、私はここにいる。どうして、私はここにる。

夢ですか、これは。夢であってほしい。夢でなければ


どうして、何もないんだろう


否、存ります。ただ限りなく広がる闇が。

ですが、一向に目が慣れません。月も星も、音も風もなく。



「…戻りや」



声が、聞こえた。あの、赤い狩衣の女性。


風が通り過ぎた。紅色の欠片が散らばった。

いきなり飛び込んできた色彩に、目が痛い。

むせ返るような、甘い匂い。



「戻りや、こちらへ」



分かった。舞うのは椿の花弁なのだと。

分かった。この世に、この目に、色が戻ったことを。


舞う。舞う。椿が。何度も見た、花弁が。

だが、ここまで美しいものだったでしょうか。

ここまで、目を奪われるものだったでしょうか。



「お主、ずれておるな」



あぁ、どうしてこんなことになったのでしょう。

今私はどうなっているのでしょう。


どうしてどうして

気付かれたのでしょう。








「戻られましたね」


知らない、声がした。


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