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絃ノ匣  作者: しま
第二章 「棹の部」
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大通りと路地裏

人や物であふれる大通り。

職人風や商人風の男性、女中らしき女性、奉公人らしき女の子に男の子。

急ぎ足、ゆっくり歩を刻む足、駆け足と歩く速さも様々で。

そういえば、こんな人ごみの中を歩くのは初めてかもしれません。

大概人通りの少ない時間、場所でしたから。

今見る町の雰囲気はまさしく、映画村!…訂正、江戸!て感じです。

非現実的な世界の中でも、風景は私が知っている映像と変わらない感じがします。


しかし本当に、人が多い。

おかげで前を歩く須黒を今にも見失いそうです。

道の端を歩いていても、誰も須黒のことは見えないが故、人や物が彼の体をすり抜けたりしています。

相手は何も感じることなくそのまま歩いていきますが須黒にとっては不快らしく、肩や時には正面から通り抜けた相手を睨んだり舌打ちしたり。

お体が透けているわけでもありませんし、私自身が彼に触れることができるので心底不思議な光景です。

それに、美形さんがおこると目つきの鋭さも一等ですねぇ。


と、わわ


「あっぶねぇな。気いつけな!」

「あ、はい、すみま」


言い終わる前にぶつかった職人風の男性が去っていってしまいました。

私も気を抜いていられません。

背中には三味線を背負っていますし、懐には紙人形を忍ばせています。


「あい」


呼ばれて慌てて前を見ると、須黒は立ち止まって待っていました。

あ、今度は男の子が須黒をすり抜けました。

お腹から少年の顔が飛び出てくるのは、合成映像で失敗してしまったようです。また須黒が睨みます。

ぎょ、としたのは男の子で、しきりに首の後ろを摩り、きょろきょろしながら駆けていきました。

あれ?須黒が見えたわけではなさそうですが。


「何をしたのです?」

「何も。子どもは鋭いだけさ」


できるだけ小声で尋ねると、彼はうんざりとした顔で呻くように言いました。大分、ストレスを感じているご様子で。


「行くぜ」

「はい」


眉間に皺をよせ、機嫌が悪い様子。しばらく続きそう、ですね。

後ろからついていても、須黒はできるだけ物や人を避けようとして歩みがふらりふらりと不安定です。

何だか今にも倒れそうで。

須黒が前を歩いていきますが、私は少し足を速めて彼の右手に並びました。

他の人にも見える私が近くにいればましかな、と思ったのですが。

道を知らない私はどこで須黒が通りを曲がるのかわかりません。


「道、教えてくださいね」


須黒は横目でちらりとこちらを見て、また前を向きました。

拒否の言がなかったのでよいのでしょう。


「え」


ぐい、と左側に引っ張られました。右肩にいつのまにか男性にしては綺麗すぎる手が。

着物越しでもひんやりとした感触が伝わります。


「行くぜ」

「あ、はい」


先ほどと同じやり取りですが。幾分声が浮上していました。

何よりです。

それからも、時々通り抜けられてしまうことはありましたが、正面から人が突進してくる、ということは少なくなり。

というか、私、丁度いい壁扱いですね。元よりそのつもりでしたけど。

近づく人に向けて私を押し出すのはやめません?さすがに。



◇ ◇ ◇


しばらく通りを歩いていますと、須黒はふらりと路地裏に入っていきました。

私もそれに便乗します。


一瞬にして、ぱったり人の気配が途絶えました。目の前に続く薄暗い一本道。

背後に残した騒音が別世界に思われます。

この感じ、覚えがあります。空気が変わる感触、一線を越えてしまった感じ。

必要なくなったため、須黒の手が肩から離れました。

先に進む彼の後を、着いていきます。


「須黒、ここは」

「黙ってな」


つまり、先日橋にいたときと同じく声を立てるなと。

一つ唾を飲み込み、言葉を押し込みました。

奥へ奥へと進んでゆけば、戸が見えてきます。

人通りのない路地裏に面した、うっすら灯りの漏れる唯一の障子戸。

それ以外は家や店の壁です。


「いるかい」


中から静かな足袋が床板を擦る音がし、障子が開きました。

相手の顔を見る前に


「おっと」


須黒の背中が消えました。


どば


「…へ」


代わりに私、全身塩だらけになりました。


「え?」

「外したか」

「あんた、塩はねェだろう」


塩撒かれました。とっさに目を閉じたので眼球は無事です。

ですが…しょっぱい。口の中まで。水、水下さい。


「避けおったろう。まことに残念じゃ」


現れたのはまたまた、覚えのある人です。

真っ赤な狩衣様の着物を着て、長い黒髪を腰まで流して。

以前と違うのは、左手に塩壺を抱えていることぐらいでしょうか。


「客が塩まみれじゃァないかい」

「む?…おや、お主」


女性が身をかがめ、顔を覗き込んできました。反対に遠ざかろうと自分の身がのけぞります。

に、逃げたい。


「やっと、説明をもらえるか」

「そのためと、ちょいと土産をねぇ」

「髪は受け取ったぞ」

「同じようで、ちぃと違うものさ」

「ならば、聞こうかの」


二人だけでどんどん話が進んでいきます。

が、いい加減私首が痛くなってきました。


「お主は塩をはたき落としてから入るがよい」


ふ、風呂と飲水を求めます。




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