体、形、器
草履を履いて、庭に出ました。
すでに鬼さん、いえ、須黒が先に立っています。
名前呼ぶのって、難しいですね。鬼さん、ていうのが一種の名称のようでしたから。
名付け、をしたわけなのですけど。須黒を見る限り、特に変わった様子はないようで何よりです。
普段と変わらず、読めないというか読ませない笑顔ですねぇ。
「移すのかい」
「そのつもりですが、できますかねぇ」
私が持っているのは先ほどの和紙です。大きさは掌ほど、上に頭部を模した丸、左右に着物を模し、下は足を模した四角の紙人形。人形という字を書いて‘ひとがた’。振袖を着た方を模した女性型です。
胴部分に名前を、私から見て左に年齢と性別を記入しました。
須黒に教えていただいたのは二人の名前と年齢です。
形、記入場所、使用した和紙ともに須黒曰く、問題ないみたいです。
さて。何でもあり(と勝手に思っている)の“こちら”で、いったいこの人形の効能がどうなるのか。私自身、予想できません。
ひとまず、私の指が地面に触れぬよう気を付けなければ。
二枚の人形を変色した土の上に置きますと、
「あらま」
シミに触れたところからじわじわと、真白の和紙が黒く変色していきました。
まるで吸われているよう、というか実際吸い込まれているのでしょうね。
土が元の色に戻るにつれ、人形が黒くなっていきました。
‘あちら’で聞いた人形祓いの真似事をしてみたのですが。
確か、三回息を吹き込むか自分の体に紙人形を撫でつけて、燃やすか川に流す、でしたか。
神社で掲示されていた観光客向けの説明文から、の知識だったのですが。
…なんて、須黒には言えませんけど。
本当に、ファンタジーの世界ですねぇ。
「移りました、ね」
「燃やすかい?」
いつの間にか、煙管を懐から出す須黒。
お庭のシミって、燃えた跡でしょう?改めて燃えるのですか。
「試すかい」
そんな悪だくみをする顔で言われましても。
だから、私が望むのは消滅、ではなくてですね。
「この人形、私が触っても大丈夫ですか?」
「移ったのなら、改めてお前さんに移るこたァねぇよ」
黒く染まった二つの人形。
二人にとっては、その紙が体、形、器となったから。
「なら、お連れしましょう」
「…どこにだい?」
「それは、須黒しだいです」
「…」
後で伺ったのですが、この時の私、とってもイイ笑顔を浮かべていたようです。
失礼ですねぇ。