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絃ノ匣  作者: しま
第二章 「棹の部」
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童女、老女、女

おはようございます。朝です。寒いです。

そして、朝食が終わってほどよく

「眠い…」です。


昨日は結局眠るのが遅くなり、現在睡魔との戦いです。寝不足のせいか頭痛がします。

あちらからするとまだ早い就寝だったでしょうに。

結局、昨日のことは屋敷の人には知られていないみたいです。騒ぎなんて全く。ふさ江さんは朝食を持ってきたとき、新しい糸をまだ張らないのですか?なんておっしゃいますし。


― 私の留守を誤魔化した。

その意味を、私は知りません。ですが、鬼さんを知り、摩訶不思議現象に巻き込まれ。何となくですが、私の想像がついたこと。『身代り』


鬼さんはあの後糸を懐紙に包んで持って帰りました。わざわざどうして、なんて思いますが理由は問わず任せきり、です。情けないですねぇ。

“こちら”はそういう、不思議なことが当たり前だったのでしょうか。

昔のあちらを参考にするなら、縁起もの、不吉なもの、が文化にありましたけれど。

呪術的な物が当たり前にあったのでしょうか。私、日本史とドラマの知識しかないのですがそれでもあちらとこちらで、気になることはいくつかあります。


 まず、将軍はいません。皇族の長、天皇、こちらでは帝がこの国の中心で政を動かしています。

政治形態は平安に似ているようで。宮中文化もあるようですね。しかし、一般の、庶民の文化は江戸に近いのみたいです。家屋や商い、着物の形式からなんとなく、ですけど。言葉も文字も、漢字仮名の文化ですが、日本史で学んだ著名人の名前は一切聞きません。

 こうしてみますと、私は単純に過去に紛れた、ではなく違う世界に来てしまった、ととらえた方が納得できました。非現実的ですがファンタジーに当てはめた方がすんなり。…結果、幼子の体で知恵熱出しましたけど。今考えるだけで頭が痛みます。


あぁ、それで呪術の話ですね。

……わかりません。いったいどういう扱いなのか、鬼さんの存在が一般的なのか、他の存在があるのか、などなど。放棄していました。そちら方面は無意識に避けていたようです。私も気付きませんでした。

よほど、トラウマにでもなっていたのでしょうか。

それでも、まずは三味線の糸を買いに行かねば。結局昨日は用事を済ませられませんでしたし。しかし、どうしましょう。ふさ江さんはすでに私が糸を買ったと思っており、再び外出すると怪しまれます。


あぁ、でも。ちょうどいいところにちょうど良い高さの文机がございまして。


「ね………む………」


すみません限界です、おやすみなさい

部屋にちょうどよくある文机に、いそいそと突っ伏しました。



◇ ◇ ◇



がさり、

と、草を踏み分ける音がしました。うっかり深く眠っていたようです。どれくらい時間がたったのでしょう。

昼、にしては少し肌寒い気がします。未だに体は眠っているようで、ぼやけた頭にまた、庭の植物が擦れあう音がしました。

風はありません。庭から来た、ということは鬼さんですかねえ。ふさ江さんなら離れの入り口からいらっしゃいますし。

鬼さん、昨日に引き続き何のご用でしょう。これ以上の摩訶不思議は私の容量オーバーなのですけど。


ざざ、と今度は土を踏む音。

だんだん近づいてきているようですねぇ。鬼さんにしては分かりやすい登場の仕方で…あれ、今まで私が鬼さんの訪問に気付いたこと、ありましたっけ

彼は足音をたてたことなんて、ありません。あるはずがないのです。


では、誰?


「アな、易イ」


確認のため起き上がろうとした体が強張り、寝ぼけた頭が一瞬で醒めました。


「守りニ穴とハ。ソりゃア、大事デすナ」


知らない声。老女と童女が合わさったかのような、歪な音。

まるで背筋に氷が滑ったように、体が震え始めました。生理的な恐怖でしょうか。

相手は誰、なぜ、なにごとですか。


「聞こエまショう?わタクしの声ガ。ワたくシノ言葉が」


見てはいけない、と誰かが言う。答えてはいけない、と私が言う。

だけど、怖い。わからないから怖い。知らないから怖い。異常だと、知るから怖い。

何が起こっている。誰が来ている。何をしようとしている。


「聞コえマショう?感じマしょウ?届キマしョウ?」


顔を上げた。相手を見た。こちらを向いた。目が合ってしまった。

縁側から少し離れた庭に立っていたのは童女だった。

ゆぅらり、と上半身を揺らして、それにつられて首も揺れる、髪が靡く。異様だ。

動きだけでぞっとした。ゆぅらり、と首が傾いて、童女の顔がにぃ、と笑う。格好もおかしい。こんな寒い日に、真白の肌襦袢のみで、見える手首も足首も寒々しい。

薄い布に幼い体が透けた。


いらエては下さリマセぬカ?」


童女が一歩進む。童女の顔が見えた。否、“童女の顔ではなかった”

顔は皺の深い、骨の浮き出た老婆であった。しかし、漆黒の髪は艶をおびた女のもの。

比べて体は十歳前後の童女のもの。見える皮膚も遠目にすら瑞々しく骨も浮き出ていない。


イビツ、の一言。


ゆらり、ゆらり、と生白い首が揺れる。来るな来るな来るな、こちらに、くるな


「アな、悲しヤ。ワタくしヲ拒まレマスや」


ゆら、ゆら、ゆら、り

童女が、老女が、女が、一歩ずつ確実に近づいてくる。

歩むごとに首が左右に揺れて、ただひたすらおぞましい。


「なレドあナウレしや」


異変だ異常だ、異形だ。



コトワりト言うコタえヲ下サれたナァ」



声がいやに、近くから聞こえた。

硬直した皮膚が、首に絡みつく柔らかい指の存在を、伝えた。

瞬き忘れた瞳が、間近に迫る皺だらけのかんばせを、映した。




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