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明智光秀――歯車が赤く染まると地獄で永久就職?

掲載日:2026/10/12

黒、銀、あるいは煤けた真鍮の中に目の覚めるような色彩を放ちながら、

あらゆる大きさの歯車が、底のない暗黒の白い光の中で、重低音を鳴らしつつ静寂を保ち回っている。

ふと気付くと、帽子を被ったツナギ姿の作業員が見え、次の瞬間声が聞こえた。


「えーと、今日はこの辺を確かめるのか。日本歯車ね。どれどれ」


(日本歯車?)

聞き慣れない言葉だったが、それよりも、胸騒ぎを覚えたので作業員の男を凝視していると、

作業員の男は、歯車を眺めているのかと思えば、おもむろに鞄から木槌を取り出し軽く歯車を叩き始めた。


トン、トン、トントントン


(心地良い音だな)

先ほどの胸騒ぎも消え、しばらく心地よい音に耳を傾けていると、

カツンと小さい不協和音と共に歯車の歯が、作業員の手元に落ちてきた。


「おっ?脆くなってたのか」


(なんだ?今一瞬ぞわっとしたぞ?)

先ほどの胸騒ぎが戻り、なぜかもう歯車に触って欲しくないと思うが、

作業員は俺の考えなど無視するかのように歯車をまた叩き始めた。


カツン、カツンと同じ歯車の歯が、2個目、3個目と欠けた。


「はっ?あり得ないんだけど?!なんだこの歯車、粗悪品すぎるだろ〜」


その一言の後、何もない空間で手を振りながら次々と聞き慣れない言葉を発し始めた。


「歯車点検作業者です。歯車交換の申請をします」

「音声確認出来ました。大番号をどうぞ」

「日本歯車、1582#1528.35.0135.75」

「要件をどうぞ」

「歯車の歯が3個欠けたので、新しい歯車を申請」

「個別番号を入力してください」

「1582#1528.35.0135.75.A-M Ja-Man」

「申請が受理されました。お待ちください」

「ホイホイ、じゃあ残業したくねぇから、来るまで他の仕事を……」


俺は声にならない声で、必死に早く、早く直せと男に訴え続けていると、


ポロッ――カツン、コロコロ


「……え?なんで4個目が欠けたの?!嘘でしょ!俺、触ってないよ!

あぁーもう!このままだと他の歯車に影響出るじゃん。

4つは緊急案件!早く取り寄せて……もぅなんでだよぉ。残業確定かよぉぉ」


俺はなおも必死に男に向かって声をかけていたが、作業員にはまるで届いていないらしい。

面倒くさそうに腰の鞄へ手を突っ込んだかと思うと、1枚の歯車がポンと空中に出てきた。


その後、ポワァっと淡い光が歯車を包み込んだと思ったら、

ガッキーーン、ガッシャンと耳障りな音が響いた。

(アッ……)

その瞬間、虫が這いずるような気持ち悪さが全身を駆け巡り、

言いようのない不安と恐怖が込み上げてきた。


「おい、ちょっと待て。今、何をした?」

「ん? 歯車の取り替えですよ。緊急だったんで超即便で取り寄せましたよ」

「違う。まて!歯車についてるラベルの文字と色が変わってる」

「ん?ラベルの字は、俺読めないよ。番号しか。知ってるでしょ?」


「知らん。だが色は他の歯車と違うし、俺にはラベルの文字は読める、俺の名があるんだ。

それに、羽柴秀吉援軍……成功:明智光秀……?なぜあやつの名前もある?!」


「知りませんよ、次の点検作業も押してるし、

今の申請で作業報告書増えてデートに遅れるの確定だしやんなるよ。

俺の仕事は終わったの。わかる?」


作業員は面倒くさそうに言い放つと、困ったように頭を搔きながらも他人事だ。

俺の胸はさらにジリジリと熱を帯び、歯車はすでに血のような赤色に染まっている。


「おい、 赤色が止まらないぞ! お前はどこにも行くな」


「いや、俺はただのしがない末端の歯車取り付け業者。

そもそも上の部品工場が変な歯車を作らなければ、こんなことにはならなかったわけで」


「なんだと? お前が今、それを取り付けたんだろうが!とりあえず外せ!」


「俺がこの歯車を取り替えたのは、マニュアル通りの業務を全うしたまでなの」


「その歯車が付いてから落ち着かないんだ。色も他の歯車と明らかに違うだろう」


「たまに色付きの歯車はあるよ。反対に今この歯車を取り外せば、歯車が一つ欠けたまま人類が回ることになる。あいにく俺にはそんな大それた権限は無いので。文句ならカスタマーセンターへどうぞ」


「えっ?おい!何処へ行った!」


「お疲れ様です~」と、男の姿は既に見えず声だけが聞こえ、

俺の手元には、番号が書かれた紙切れ一枚と静寂が残った。


「俺にどうしろと?なんだこの番号は?カスタマーセンターとやらに言えばいいのか?」


気を取り直し、数字を読み上げると、

プルルルル――カチャ


「はい、お電話ありがとうございます。こちら新生児専用歯車ダイヤルです」

「あっ、もしもし?」

「ん?お客様、成人男性は担当部署が違いますので」

「はっ?」

「ルールですので、お掛け直しください」


ガチャ、ツーツー


「おい! 言うだけ言ったら終わりとは?お掛け直しってどこにだ!」


俺が紙を見ると数字が書き換わっていき、瞬きをしたあとには、まったく別の番号になっていた。

新しい番号にかけると、今度は男の声で、


「部品番号は?読めない?あっ?ラベルの文字は関係ねぇー数字だよ!数字!なら無理うちじゃね!ラベル窓口いきな」


「こちらラベル窓口です。現在休憩時間のため電話に出ることが出来ません。緊急用ダイヤルにお掛け直しください」


「お客様〜こちらは緊急ダイヤルです。取付後歯車ダイヤルは別です」


そのうち数字が書かれている紙が手元から消え、途方に暮れながら真っ赤な歯車を見ると、

ラベルまでも既に赤色でそこに書かれている黒い文字は、


『謀反人・明智光秀』


「ふざけるなぁぁぁ、俺は、謀反人ではない!!

俺は御館様を尊敬している!!

断じて違うぅぅぅぅうぅぅぅぅぅう」


「違うぅ!」と怒鳴った自分の声で目が覚め、

そのまま布団からガバッと起きると、寝ずの番をしていた側仕えが、


「殿!いかがなされましたか?」


「ん……? ここは……?」


「殿、大丈夫でございますか?」


「あれ?夢か、俺はどんな夢を見ていたのだ?なんか胸の辺りが嫌な感じがするが……」


「殿、大丈夫でございますか?お傍に近付いてもよろしいでしょうか?」




時は流れ――天国の門前


「だから、俺の歯車は勝手に取り替えられたんだ! 無実だ! 俺は謀反なんて起こしてない!」


天使はめくっていた帳面から目を離さず、事務的に

「えぇと、そう言い切られましても、明智光秀さん、人を殺してますよね? 織田信長親子を」


「殺してない! 無罪だ!」


「織田親子殺害で歴史裁判所が判定してるのですがねぇ、あぁ、赤歯車ですか……

んーでは、もうひとつ確認します。

貴方、戦国の動乱の中で、人を相当殺してますよね」


「いや、それは、その、殺したくて、殺したわけでは……天下泰平のためやむを得ない……」


「そりゃーそうですよね? 殺したくて大量に殺すのってサイコパスですよ?

そもそも天国の門に来れませんよそんな異常者は」


「えっ? じゃあ来れたんだから、いいのでは?」

「いいえ、 天国の最終審査なので、質問してます。で、認めますか?」

「そ、そうか……人を殺めたのは認める」

「そうですか、では、地獄へ」

「まて! おかしいだろ!」


ポンと地獄行きのハンコが押された。


「ルールブックにのっとった査定です」

「なんでだよおおぉぉぉ」


明智光秀の声がこだまする中、

「一人殺せば殺人、10万人殺せば英雄。俗世の屁理屈が通用するほど甘くはありません。

次の方、どうぞ~」



――地獄


「俺は無罪なんだ!」


鬼が帳面をめくりながら、アンニュイな欠伸をかみ殺す。


「はいはい、ここに来た奴はみんなそう言うわ」

「違うんだ! 歯車が急に赤色に変化したんだ!謀反人に仕立て上げられたんだ!」


鬼の手が止まった。


「歯車……赤色?」


鬼が光秀をじっと見据える。


「お前、赤色の歯車なん?」

「そうだ、見てくれ、この呪われた赤色を!」

「おっと、それはキツいな。同情するわ」


鬼がふっと笑うと、空間から一升瓶を取り出した。

俺に来い来いと手招きをしながら他の鬼に、


「おい、俺は休憩入るからここを頼む。

それと人間、お前酒飲めるか?」

「……はい」

「こっち来い。そして座れ。話、聞いてやるよ」


鬼に勧められるまま、明智光秀は酒を口にした。

別に、酒に弱いわけではない。

しかし、ようやく自分の話を聞いてもらえた。

そのことが、どうしようもなく嬉しかった。


「やっと……話を聞いてもらえて……うぅ」


「おいおい。泣くなって。

赤歯車なんて、滅多に発生しないしなぁ。しかも、お前、一度は天国の門まで行ってるだろ?

お前の資料見るとそうなってるし基本良い奴なんだな」


「良い奴かどうかは……」


(照れるなぁ。こんな面と向かって良い奴なんて言われたことないからな)


「地獄ってのはよぉ、基本的に根が腐ってる奴しか来ないからなぁ」


「えっ?! 根が腐ってる……」


「性根な性根」


「そうなんですか?」


「そりゃそうだろ。ここ地獄だもん。

ただなぁ、そもそも、全員が天国か地獄に来るわけじゃねぇんだよ。普通は、輪廻転生にすぐ入るんだ」


「えっ? えっ? えっ! そんな仕組みなんですか?必ずどちらかに行けるのでは?」


「ハハハ、全員が天国か地獄に来たら、あっという間にパンクするわ」


「確かに……でも、俺の話を信じてもらえて、嬉しいです」


すると、鬼は一升瓶を傾けながら、しみじみと言った。


「さっきも言ったけどよ、地獄ってのは基本、根っこから腐ってる奴しか来ねぇんだ。だから、お前みたいな真っ当な人間は、赤歯車のせいで落ちてくるんだよ」


その後、鬼に連れられて閻魔の部屋へと通された。

「閻魔さまー」

「なんだ?」

「この人、赤色歯車の被害者です」

「なんと!」


閻魔が帳面を受け取り、ページをめくる。


「おー、確かに 途中で『赤歯車』これはひどい」


「あの、俺これからどうなりますか?戦国なんで……言い訳ですよね?俺、人をたくさん殺してます」


「まぁ、ちょっと日本記録見せて貰うが、ふむふむ。ほぉぉ動乱の世だったのか、ほうほぅ、最初の歯車は、羽柴秀吉援軍:成功 明智光秀」


「えっ?!俺、あの任務成功してたんだ」


「よし!お前が『被害者』だという事実は考慮し、うちも人手不足でね。三食付き、危険手当別途、酒は毎日一本支給。どうだ、うちで地獄の主任にならないか?真っ当な管理者欲しかったんだよ」


俺は目の前の条件を見つめた。

現世での理不尽な仕打ちやら、

その大元である、歯車業者やカスタマーセンターの対応、天使の酷さに比べれば、なんとホワイトな対応なんだろう。


「なります!」


「決断はえーな!雇用条件きちんと読めよ」


「よろしくお願いいたします!」


こうして明智光秀は、地獄で第二の人生を歩み始めた。

歴史の歯車により人生を狂わされ、誰一人として責任を取ってくれなかったが、

地獄の待遇と処遇の優しさが染みた。



523年後の地獄――



「明智主任、閻魔様がお呼びだぞ。それは後でいいから閻魔様の所に行ってこい」

「鬼部長わかりました!聞いたかい?お散歩は後だぞ。またな」


コロコロで毛を取りながら、支給品の亜空間袋へ仕舞う。

(なんだろ?もしかして、昇給かな?それともお酒が増えるとか?)


トントン


「閻魔さま、失礼します」

「おぉ、入れ」


(お客様?めずらしい……しかも思い出したくないけど作業員やら天使の奴らと同じ感じがする)


「通告人よ、その者が明智だ」

「明智様この度、五百二十三年ぶりに歴史裁判所・最高裁が明智光秀様の再審を行った結果、

無罪となりました。永い間ご不便をおかけいたしました」


「はい?」


「あぁーやっぱりか、通告人が来たからそうかと思っていたが、

なんで無くならんのかねぇ、クソシステム」


「コホン、んっんっ、つきましては、こちらにいる明智光秀さんへ、補填を一つ。

下記のどちらか一つをお選びください」


閻魔様は、歴史裁判所発行書類と俺を、数回見比べているなか、

通告人が綺麗な紙を俺に差し出した。


その紙には、


『無罪』


と、書かれ更にその下に二つの選択肢が並んでいた。


一、時の神による逆行やり直し(記憶保持)

二、輪廻転生への復帰←オススメ!


俺は、しばらく紙を見つめた。


「……えっ?」

「どうしましたか?補填内容に関する苦情は一切受け付けておりません」

「俺、輪廻から外れてたんですか?」

「「えっ!? 今さら!?」」


鬼部長と閻魔の声が重なった。


「うわ!鬼部長なんで?びっくりするから瞬間移動やめて」

「俺も閻魔様に呼ばれたから、ってかお前輪廻転生から外れてたの知らなかったの?」

「はい、永久就職だと思っていたので」


通告人は、呆れながら、

「まぁ、ここは無限地獄があるぐらいですからね。でも基本戻れるんですよ。貴方のように就職しない限り。そのおかげでわざわざ来たのですよ!さっさと輪廻転生に入ってくれてたら……書類だけで済んだのに……」


(なんかぶつぶつ文句言われてるけど、俺、被害者じゃないのか?まぁ、どうでもいいか)


「え~と、それで?」

「それで?ではなく、早く決めてください。次の無罪人のところへ行かないといけないので」

「他にもいるんですね。冤罪、多くないですか?」

「……」


通告人が黙った。

閻魔が黙った。

鬼が黙った。


俺は、その沈黙を感じながら、ぽつりと呟いた。


「あのー」

「なんです?」

「ここで、ずっとは駄目ですか?」


「明智主任」

「はい、鬼部長」

「戻った方がいいぞ?輪廻転生に」

「そうなんですか?」

「そうだ。そしてここには2度と来るな」


「……」


俺は再度、手元の紙を見る。

無罪。

五百二十三年越しの、たった二文字。

その二文字を見ても、不思議と胸は軽くならなかった。

確か死ぬ瞬間は胸がとても痛く、憤怒と悲しみが襲っていたはずなのに、

天国も最低だったし、思い出すと歯車連中も腹が立つ。でも、今考えるのは、


「やっと最近、ケルちゃん達の名前と顔を間違えずに撫でれるようになったんですよ?」

「それでもだ」

「でも……散歩も上手くなったし、他の鬼さんたちとも仲良く……」

「戻れ」

「……」

「いいか、泣いて、笑って、落ち込んで、怒って、裏切り、愛し合い、道を間違えても生きて死ぬのが人間なんだよ」


俺は黙って鬼部長の言葉を聞いていた。

その横では、三つの頭を持つ獣が伏せをして大人しくしている。


(この子達もすぐ瞬間移動して俺を散々驚かして遊んでたな。

でも必ず俺が苦しい時や寂しい時は傍にいてくれた。

鬼部長やこの子たちとは離れたくないけど、きっと俺は多分このままだと駄目なんだろうな)


「ケルちゃん、ルベ君、ベスちゃん、元気でな。散歩はとても楽しかったよ。

鬼部長、鬼の目にも涙って本当にあるんですね」

「泣いてねぇ」

「鬼は泣かねぇ、これは……汗だ!」

「そうですか」

真っ黒な巨体の内、二つの頭はそっぽを向くが、一つの頭だけは下を向いた。


「じゃあ、輪廻転生で」

「よし、達者でな」

「はい」

「そして二度とここへ来るな!」

「えー」

「えーじゃねぇ!」

「そうですよね、もし次にここへ来ても鬼部長、話してくれませんよね?」

「……」


「あのー、早くしてもらえません? 他の無罪の人、待ってるので」

「通告人は、相変わらず、心が無いのぉ」

「閻魔さま、こっちは仕事です。そして残業はしたくないので」

「冤罪減らせば?」

「閻魔様、何か言いたいことがあるなら私ではなく、稟議をあげて下さい」

「上げても変わらんじゃろ?」

「なら、黙って仕事してください」

「そう言うな、通告人。悲しくなる」


「あっ、あのー、閻魔さま、鬼部長ありがとうございました」


「すまんの、明智主任。輪廻に戻っても元気でな」

「……おう、お疲れな」


「ケルちゃん、ルベ君、ベスちゃん、元気で」


地獄の門を内側から開けて帰るという特殊な輪廻戻りをする事になった俺は、数歩進んだところで振り返り、


「鬼部長」

「なんだ」

「次は天使をぶん殴ってきます」

「おう?」

「だから、俺、天国に行けるように頑張りますね」

「あぁ、そうしろ!」


鬼部長は、少しだけ笑った。

俺は笑い返し、今度こそ門をくぐった。

その姿が消える。



鬼部長は、しばらく黙っていたが、

「明智主任、いなくなっちまったな。お前らも寂しいのか?」

横では、三つの頭を持つ獣が小さく鳴いた。



こうして、明智光秀の五百二十三年に及ぶ地獄での永久就職は終わり、

歴史の歯車に人生を狂わされた男は、輪廻転生の環に戻った。


明智光秀、まさかの地獄で永久就職。

そして五百二十三年越しの無罪通知。

今後の物語は皆様の応援次第です!

是非とも応援を(*・ω・)*_ _))ペコリン


さて、本作は、

『本能寺の変、剥がしてみたら気持ち悪い件 ― 明智光秀はいつから謀反人? ―』

のスピンオフ作品です。


そもそも、明智光秀はなぜ「謀反人」として語り継がれてきたのか。

もしかすると、それは真相が明らかになっていないからではなく、歴史の歯車が、そうなるように強制していたからなのかもしれません(笑)


ただ真面目に歴史の表側を覗いてみたくなった方は、ぜひ本編も読んでみてください。


▼本編はこちら

本能寺の変、剥がしてみたら気持ち悪い件 ― 明智光秀はいつから謀反人? ―

https://ncode.syosetu.com/n5589ms/


最後まで読んでいただき、ありがとうございました!

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