トイレを叩く誰か。
誰にでも起こりえるかもしれない体験2。
「え!」何。
皆さんは、トイレに入っていたら、扉をトントン叩かれた事はありますか?
トイレの個室に入っていたら、誰かが扉を叩く。
他のトイレが満杯で、早く使用して出てきて欲しい合図だったり、あまりにも個室から出てこないから、トイレの中で体調不良になってないか心配になって叩いてみるなど、トイレの扉を叩く理由は、いろいろありますよね。
でも・・・・。
クーラーの効きすぎた日本の夏。
「ヤバい、漏れる」
もう少し、もう少しで着くから、我慢して我慢だよ、お腹。
私は、階段を早足で駆け上がる。
私は、地下鉄の近くにある医療クリニックの事務員。
朝早くから地下鉄に30分乗り医療クリニックへ到着。
タイムカードを押して制服に着替え、今日の診察の準備に取り掛かる。
パソコンを立ち上げたら、今日の予約の患者数のチェック。
前日より、午前の診察予約が増えている。
「これ、午前中で終わるかな~」
私の独り言は当たり、午前中では終わらず診療時間が伸びた。
午後の診察は16時から開始。
「予定通りで終わりそう」
予約の患者数を見て、定時の19時で帰れそうだと、ほくそ笑んでいたら、予約外の患者が多く、医療クリニックを出たのが20時過ぎとなった。
熱い日本の夏。
地下鉄でも医療クリニックでもクーラーが効いていて、涼しいのはありがたいけど、一日中のデスク仕事。
手足が冷える。そのせいで、何度もトイレに行く。
仕事中は、水分を控えてトイレ回数をおさえているけど、仕事が終わって緑茶をがぶ飲みしたのがいけなかった。
クリニックを出て地下鉄乗ってから、トイレに行きたくなってた。だけど自宅まで少しの距離だと思い、トイレを我慢していた。自宅近くになって、我慢の限界にきた。
私の自宅。2階建てコーポ。一人暮らしの1K(バス、トイレ付)。
私はコーポの階段を駆け上がり、2階の自宅の鍵を開け、トイレに駆け込んだ。
「は~。間に合った~」
事故は回避できたことに安堵していたら、トイレの扉を誰かが「トントン」と叩いたような音がした。
「え!」何。
私はそのまま動かず固まり、耳を澄ました。
「トントン」
また、トイレの扉を叩く音がする。
トイレの扉を見たら、鍵がかかっていない。
私は慌てて、トイレの鍵をかけ、耳を澄ました。
「トントン」
また、誰かがトイレの扉を叩いている。
ここは私の自宅のトイレ。私は一人暮らしで誰も家にはいないはず・・・・。
顔から血の気が引いた。誰。
怖い、怖い、どうしよう。どうしよう。
「あっ!携帯」
携帯を探したが、玄関に入ってすぐ、通勤バックごと廊下に放り投げたのを思い出した。
トイレの中には、トイレットペーパーと生理用品、トイレ掃除用品、スプレータイプの消臭剤しかない。
トイレに窓はなく、天井で換気扇が回っている。
「どうしよう・・・」
誰にも連絡が取れない。トイレの外にいる人が誰かわからない。
「トントン」
また、トイレの扉を叩いている。
「ビク!」体が跳ねる。心臓がうるさい。怖くて泣きそうだ。
どうやって家に侵入したの。元から侵入していたの、私が帰って来たから侵入したの、私、家の鍵かけなかったっけ、思い出せ、思い出せ。
トイレに駆け込んだけど、家の鍵はかけたと思う。玄関扉の鍵置き場に、鍵を置いた記憶がある。
鍵置き場に鍵を置いたなら、そのすぐそばの鍵を回さないわけがない。
何、じゃあ、誰かはどうやって侵入したの・・・。
泥棒、強姦、ストーカー・・・・。
「トントン」
また、トイレの扉が叩かれた。
誰かは無理やり、トイレの扉を壊そうとはしてこない。
どうしよう。どうしよう。
私はどうすることもできず、トイレのなかでうずくまる。
正確な時間はわからないが、長い間うずくまっていた。
「トントン」
その間もトイレの扉は時々叩かれる。
「トントン」
一定の間隔を置いて叩かれる。
「トントン」
足音や物音は聞こえない。誰かはトイレの前に立ち尽くしているのだろうか。
「トントン」
「・・・・よし。トントン。」
私は意を決して、自分からトイレの扉をトントンと叩き返してみた。
「・・・・。」
相手の返事はない。
私は、トイレの扉と床の隙間から人の足や影が見えないか、床にへばり付いた。
じっと見ていたが、動く影も、足先も見えない。
「トントン叩いてこない」小さく私はつぶやいた。
私がトントン叩き返してから、少し時間がたったが、誰かからのトントンがなくなった。
いなくなった。出て行ったの。私は安堵と、疑心でいっぱいだ。
もう一度、トイレの床に這いつくばり、隙間から誰かの気配を探す。
やっぱり、誰かの気配は感じられない。
どうする。どうする。出ていく、このまま閉じこもる。
私は思い悩んだが、暑さが限界だった。
夜、日中よりは涼しくなったとはいえ真夏のトイレ。換気扇は回っているが、冷房設備はない。
狭い空間で蒸し風呂状態。
さっきから、喉が渇くし、汗が止まらない。少し頭もボーとしてきた。
私はトイレの中を見回した。武器になる物・・・。
トイレのスッポンと、スプレータイプの消臭剤しかない。
私は頭の中で、シュミレーション。
トイレの扉を勢いよく開けたら、すぐ隣の玄関のカギを開けて外に逃げる。
もし、誰か居たら、消臭剤を顔にスプレーして、スッポンで押しのけて逃げる。
「・・・・。よし。」
私は震える手で、トイレの扉を握り、消臭スプレーを構えて勢いよく扉を開けた。
トイレの前には誰もおらず、そのまま玄関のカギを開け、コーポの廊下へ飛び出た。
私は、後ろを振り返らず、コーポの階段を転がるように駆け降りる。
コーポの敷地から出て、近くの電信柱の街灯の下で、自分の部屋を振り返った。
玄関の扉が開け放たれた、私の部屋が見える。
部屋から誰も出てこない。
まだ部屋にいるの。もう出て行ったの。
私は周りを見回したが、道を歩く人はいない。時折車が通るだけ。
もう一度、自分の部屋を見上げた。
黒い影が、部屋の窓の中で動いた気がした。
怖すぎて、このまま部屋に戻れない。頭がおかしいと思われてもいい、警察に行こう。
靴も履いていない、汗だくの私は、近くのコンビニまで歩き、警察に連絡してもらった。
読んでいただきありがとうございました。




