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小次郎転生伝  作者: 杉山薫
第一部 風魔の疾風
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 オレがゆきなと一緒に宿屋で休んでいると部屋の外の壁に小石が何度も当たる音がする。オレが戸を開けて外を確認すると見覚えのある爺さんがいた。オレは外に出ていきその爺さんに声を掛ける。


「最近この辺にいいオンナでもいるかい」


「この辺じゃとんと見かけんな。駿府の辺りで見かけたがね」


駿府?


「爺さん、ありがとう」


オレがそう言うとその爺さんは手を横に振り歩き去っていった。


駿府に何があった?


オレは部屋に戻るとゆきなに言った。


「ちょっと駿府に用ができたから出発するけどどうする?」


「あたしも連れていってよ」


オレとゆきなは東海道を下り、駿府に向かって歩いていった。


 東海道を下って行くと駿府での出来事の概要が掴めてきた。どうやら駿府で謀反が起こって今川氏真が失脚したというものであるのだが、肝心の謀反を起こした武将の名前がとんと挙がってこない。オレは嫌な予感を抱えたまま東海道を下っていく。時折、荘介の名前を呼ぶが一向に反応がない。ゆきなの件は相当難儀な調査なのだろう。


 オレとゆきなが駿府に入る頃、オレはおのれの眼を疑った。


駿府にはためく武田菱!


桶狭間の戦いの三月後に信玄の駿河侵攻?!


そんなことがあるのか?


オレは呆然としながらはためく武田菱を眺めていた。


 オレはゆきなを見る。ゆきなはオレを見て言う。


「武田だね」


「そうだね」


「で、どうするの?」


「オレの知っている歴史では武田の駿河侵攻はずっと後なんだよ。なんでこのタイミングで……」


「たいみんぐ?」


「ああ、間ってことだよ」


「でも、小次郎の知っている歴史が変わるってこともあるだろう」


「まあそうだが……。情報収集のためにオレは屋敷に潜入する。ゆきなは町の宿屋で待っててくれ」


「はあ、あたしも行くよ」


「潜入の経験は?」


「ないよ。小次郎、みんな最初は初心者だよ」


「そりゃそうだね。でも、今回は上級任務だしな。まあ、勝手に動かれるよりいいだろ」


「じゃあ一緒に行くってことでいいね?」


「そのかわりあまり動くなよ」


「大丈夫。大丈夫だよ」


オレは知っている。

大丈夫と言った奴が大丈夫じゃないことを⋯⋯。



 オレとゆきなは屋敷の天井裏を移動している。こんなのは基本中の基本だ。天井をぶち抜くなんてもってのほかだ。そう、もってのほかなのだが。オレはゆきながフラグを立てていたことをすっかり忘れていた。


まさかそんな奴いねえだろ⋯⋯。


背後で天井を踏み抜く音が聞こえ、部屋が騒然となった。


「曲者!」


「曲者!」


ほらやっぱり⋯⋯。


オレはゆきなの顔を見て苦笑いをした。そして、天井をぶち抜き部屋に突入した。ゆきなも続いて部屋に突入? しなかった。踏み抜いた足が抜けないらしい。


まあいい。

しばらくそこでゆっくりしておいてくれ。


オレは顔を上げ敵の顔を見る。


あれ?


の、の、信虎かーい!


オレの目の前にいたのはオヤジの方だった。確かに、こいつ駿河にいた。オレの知っている歴史でも駿河にいたね。もういいや。さっさと、帰ろう。そんなことを思っていると次つぎに斬り掛かってくる。オレは仕方なく応戦して敵は武田信虎一人になってしまっている。ゆきなはまだ天井から足が抜けずにもがいている。オレは武田信虎に向かって歩いていく。


「いいのか? ワシの息子は武田晴信ぞ。後でどうなっても知らんぞ」


あー、息子の威厳にすがるジジイ。

斬るだけ無駄か……。


「まあ、ここに座れや。信虎のオッサン」


オレがそう言うと武田信虎は素直に座った。


「今川氏真様は?」


オレが訊いても武田信虎は何も答えない。


 武田信虎は黙ったままだ。オレは忍び刀を抜き武田信虎の首筋に刃を当てる。さすがは戦国大名。この程度ではビクつかないか……。


「荘介いるか?」


「ここに控えております」


帰ってきてるなら一言かけろよ……。


「今川氏真様は?」


「お亡くなりになりました」


「そうか……。じゃあ、こいつを斬ってオレが駿府を奪っても、このままこいつがここに居座ってもオレの知っている歴史とは変わってしまうわけだな」


「左様にございます。やりますか?」


「どうせリセットされちまうんだ。やりたい放題やっちまえ!」


「さすが小次郎様。では、親方様に伝えてまいります」


「兄者にはよしなにと伝えてくれ」


「御意」


そう言って荘介は消えていった。


 オレは武田信虎と対峙している。ゆきなはやっと天井から解放されて隣にいる。


「今川氏真様は戦国大名としては失格で、生まれてくる時代を間違えたと自認するほどの野心がないお方だ。何故命まで奪った?」


「それが乱世のならいだ」


武田信虎はようやく口を開いた。そして続けた。


「思い出した。そなた、北条のところの橘左衛門佐だったな。こんなことしてただで済むな」


こんなことをやらかした奴のセリフとは思えない。


 とりあえず武田信虎を牢に入れて親方(こたろう)からの指示を待つ。どのみち今川氏真が生きていてもあまり関係ない。


さて、この先どうするか……。


万が一、|親方《こたろうからの指示なし、かつリセットなしの場合のシナリオも考えておかないといけないね。


そんな時、荘介が戻ってきた。


「親方様からのご指示ですが好きにせいとのこと。上忍三人を遣わすとのことです」


上忍か……。

いらねえんだよ。

ただプライドが高いエリートなんて。


「うむ……」


オレが何を考えたかわかったらしく、荘介は苦笑して続けた。


「ゆきな殿の件ですがわかった範囲でご報告いたします。ゆきな殿は伊勢亀山の生まれらしいです。父は確かに甲賀下忍の喜助というものなのですが……。もう少し調べる余地があるようです。それから母は旅芸者らしいです。十年くらい前から那古野の辺りに住み始めたらしいというところまで調べております」


「要はあの遺体が喜助でない可能性があるかどうかってことだな」


「左様にございます」


そう言うと荘介は消えていった。



 数日後、三人の客人が駿府を訪れた。オレは例の上忍と思い込み会談に臨んだ。なんだろう。凄い違和感がある。この話し方、極端になまりを抑えた喋り方。どこかで聞いたことのあるイントネーション。


ん?

なんだ、向かって左の男。見覚えがあるような気がするが……。

まさかね。


「ところで木下殿? 尾張殿からはなんと?」


オレがそう言うと三人から笑顔が消えた。どうやら合っていたようだ。信長もまさか木下藤吉郎の顔をオレが知っているとは思っていなかったのだろう。


「これは、これは。さすがは小次郎殿だ。信長様より駿府の様子を見てくるように命じられて参ったのであるが……」


どうやらオレが派遣されてきた上忍と勘違いしたので話をあわせてきたらしい。いかにも木下藤吉郎らしい。ちなみに他の二人は蜂須賀小六と木下小一郎だった。実際会ってみないと肖像画だけではわからんもんだ。


「それで尾張殿は某をどうしたいのだ。まだ、武田信虎が謀反を起こしてから十日も経っていないんだぞ」


オレは木下藤吉郎に信長の真意を問いただす。木下藤吉郎はしばらく黙り込んでから口を開いた。


「小次郎殿はこのことを知っていたのかと……」


「このこととは?」


木下藤吉郎は明らかに言葉を選んでいる。オレが先に核心を突いた。


「要は一度見たものを覚えているのかと訊いてこいと尾張殿から命じられたんだろ」


三人の顔がこわばり黙り込むのでオレは続けた。


「某と今川氏真様は友人なのだぞ。わかっていたら尾張などに行っておらんわ! さっさとリセットするように伝えろ」


「りせとと申しますと?」


木下藤吉郎が訊いてくるのでオレははぐらかす。


「尾張殿に訊けばわかる。これから客人がくるんだ。さっさと帰れ」


オレは三人をそのまま帰した。これでリセットされれば織田側にリセット使いがいることになる。


 数刻も経たぬうちに例の上忍三人が駿府の屋敷に現れた。三人ともとにかく若い。こんなに若くて上忍になれるもんだろうか。早手五郎右衛門、井出英治郎、雲切兵左衛門……。間違いない。みんな偽名だ。オレもある意味偽名だし……。顔だって恐らく三人とも違うのだろう。まあ、オレも前世とは違う顔だから他人のことは言えない。ちなみにオレが兄者と呼んでいる風魔小太郎は君たちが想像する風魔小太郎ではない。その先代の風魔小太郎である。オレも結構いい歳の忍びなのだ。まあ、オレの前世の話は後でするとしてここからオレの戦国大名ライフが始まってしまう。そして……。まあいい。そんな些末なことは。

 早手は知将タイプ、井出は軍師タイプ、雲切は猛将タイプだ。恐らく三人とも一騎当千級の忍びなのだろう。オレと違って兄の七光りで上忍になった忍びではないのは三人の物腰から推測できる。

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