七
ここは?
平楽寺が目の前に見える。
今まで滝川一益と一騎討ちをしていた平楽寺。
何か変だ?
平楽寺の方角が白く光っている。オレは平楽寺への帰路を急ぐ。
平楽寺が白く光っているのである。まるで例の寺のように……。
オレは恐る恐る寺の建物の中に入る。不思議なことに人っ子一人いない。ここは今、籠城している寺だというのに。オレは静かに目を閉じる。
「旅人よ……」
うるせえな!
小助だろ。
なんだよ。
今、伊賀が大変なんだよ。
邪魔するな。
「旅人よ……」
なんだよ。
用事があるなら、さっさと済ませろ。
忙しいって言ってんだろ!
「小次郎よ……。そなたに伝えておくことがある。少し聞く耳を持て」
「そなたは人ではない。それは分かっているな」
は?
「ここは人間界という地獄。そなたを含めた我らは神。鬼とも呼ばれる存在だ。決して人に肩入れせぬようにあれほど言っておいたのに……」
意味がわからん。
「もう一度、言っておくぞ。そなたが人に肩入れすればこの世の均衡が崩れる。ゆめゆめ忘れるなよ」
その声は消えていって寺は暗闇の静寂を取り戻した。
おかしい。
オレは暗闇に戻った寺の中を観察する。ここは織田の大軍に包囲された籠城中の平楽寺。それにしては人の気配がまったくない。不思議に思ったオレは寺の外に出て寺の外を見渡す。
いない。
織田の大軍が見当たらない。オレは平楽寺の周囲を歩いて観察する。寺の各所に戦闘の跡が残っている。しかも、かなりの激戦。おそらく、オレが謎の声の主と話しているうちに時が進んでしまったのであろう。
「荘介いるか?」
オレはいつもの癖でそう言ってしまった。
「荘介様はおりませぬ」
そこには風魔上忍の早手がいた。
「荘介様の後任を拝命いたしました」
「後任?」
オレは早手の言葉に聞き返す。
「小次郎様のサポートにございます。そして、某は今は風魔上忍ではございません」
「抜けたのか?」
「もともと、井出、雲切と某は風魔衆ではございませぬ」
オレは早手の言葉に呆然とする。
「小次郎様をサポートするように送られた者でございます」
誰にだよ?
「承知した。して、今はいつだ?」
何を承知したのか自分でもわからん。
「天正十年二月十一日、ここは伊賀の国平楽寺跡にございます」
オレは急ぎ高遠城を目指す。まだ間に合うはず。甲州征伐のため信州に侵攻する織田軍を横目に見ながらオレは歩を進めていく。そして、オレは高遠城に辿り着いた。どうやら間に合ったようだ。間に合ったといえど、間一髪だ。今回は仁科盛信には会わずに陰からサポートする。忍びの仕業なんて元来そんなもんだ。
「早手いるか?」
「ここに」
「井出と雲切は?」
早手は何も答えない。オレはそれ以上は追及しない。
「ゆきなは?」
「平楽寺にて討ち死にと聞いております」
オレは胸の奥底から熱いものが噴き出してくる感覚を覚えた。
「早手、少し話をしよう」
「承知しました」
「お主、前世の記憶は覚えているか?」
「某は覚えておりませぬ。荘介様は覚えていたようですが……」
「聞いたのか? 荘介の前世の記憶を」
「はい、荘介様は今から五百年後のとうきょうという地で生まれ育ったとお聞きしています」
ふーん。
オレと一緒だ。
すれ違ったことくらいあったのかもね。
「三十二歳の時に山奥で自死されたと……」
ふーん。
オレと一緒だ。
「仕事は転々と色々な仕事をされていたと……」
ふーん。
オレと一緒だ。
親近感がわくな。
ん?
オレの前世の記憶はひょっとして荘介の前世の記憶?!
「早手、お主にとっての風魔小次郎とはなんだ?」
早手は少しオレの顔をうかがいながら一つ深呼吸をして言った。
「恐れながら申し上げます。風魔小次郎様はこの世の神にございます」
「じゃあ、道舟と雪舟は?」
「鬼にございます」
あれ、さっきは神と鬼を同格のように言っていたが、違うのか?
「神と鬼って、どう違うんだ?」
「鬼はこの世の亡者を弄び、神は亡者をお救いになられる。そう、荘介様がおっしゃてました」
ああ、荘介の持論ね。
そりゃ、納得。
さて、核心部分だ。
これが一番大事。
「オレの前世の記憶は荘介のものか?」
「左様にございます。そもそも小次郎様は死んでおりませんので、前世などというものはありませぬ」
「朝起きたら身体が二つになってたってやつか……」
もはやホラーだな⋯⋯。
「左様にございます」
「ふーん。それじゃ、その小次郎の記憶はどこにあるのだい?」
「さあ、某にはわかりかねます」
早手は首を大きく横に振る。
わからんか……。
それが一番重要だと思うが。
わかったことがある。オレは神でこの世を救わなければいけない。オレの前世の記憶は荘介の前世の記憶。
ん?
「じゃあ、ヴィルはなんだ?」
「ヴィルヘルムですか……。少し難しいのですが、雪舟とヴィルヘルムの関係は小次郎様と荘介様の関係に近いものがあると荘介様から聞いております。小次郎様、参りましたぞ」
オレたちの前にヴィルが立っていた。
「どうした? まだ歴史は変わってねえだろ。何しに来た?」
オレはヴィルを煙たがる。
「歴史の問題じゃないんだよ。小次郎くん」
「歴史の問題じゃないんだったらなんの用だ?」
オレはヴィルに突っかかる。
「小次郎くん、武田には関わるなというのが雪舟様からの伝言です」
「武田って、この世に何人いると思ってんだよ。あのクソ坊主は!」
「武田勝頼以外にいるのか。咎人よ」
おお、ビックリした。
そこにいるなら伝言すんじゃねえ!
ん、なんだ?
雪舟の態度は。
まるでオレを恐れているような……。
まさかね。
「武田と関わるなって。お前、思春期の子供の親か!」
オレの渾身のギャグはその場を凍りつかせる。しばしの沈黙の後、最初に口を開いたのは意外にも早手であった。
「雪舟、小次郎様が復活されるのがそんなに怖いか?」
ん?
なんだそりゃ。
「新参者が雪舟様にそのような言葉を。痴れ者が!」
ヴィルがいきり立つ。おそらく話題の中心であるオレは蚊帳の外。
「咎人、調子に乗るなよ!」
あれ、クソ坊主ってこんなキャラだったっけ?
「ヴィル、もう一度訊く。お前はオレの敵か?」
ヴィルは黙り込んで、ふたたび空気は凍りついた。
やっぱり、敵なのね……。
「小次郎様、鬼の手先など敵に決まってます」
早手がオレに諫言する。
「早手、決まっているかどうかはオレが判断する。少し黙っててくれ」
オレがそう言うと早手も黙り込む。
「要は四郎がオレの記憶を持っているということだな。雪舟よ」
「それを聞いてどうする? 咎人よ」
「そこにオレの記憶があるなら取り戻すだけだ」
「そこに咎人の記憶はない」
「なるほど。そこにオレの記憶はねえが手がかりはあるってことだな」
雪舟は黙り込む。
そういうことらしい。
「これでオレのやることはシンプルになった。天目山で武田勝頼を待てばいいってことだな」
「小次郎くん……」
ヴィルの言葉に今度は早手がいきり立つ。
「小次郎様に対して無礼だぞ。鬼の手先の分際で!」
早手やめなさい。
荘介の持論だろ。
それは。
「お、お、鬼だと!」
ヴィルも負けずにいきり立つ。
「フハハハ、神の役目を投げ出した咎人の手先が何を言う」
今度は雪舟が早手を罵る。
ん、神の役目を放棄?
なんじゃそりゃ。
「ハイハイ、この話はここでおしまいね」
オレがそう言うと三人はオレを見る。そこにはオレはいなかった。




