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第二十一話 表 引火


 スマートフォンが鳴っている。


 音の方へ伸ばした腕が鉛のように重たい。

 これは昨日アニマを行使したためだろうか。


 なんとか掴んだスマートフォンも手のひらの中でずしりと存在感を強める。

 

 時刻は午前8時。

 眼鏡をかけ、画面に目をやる。

 発信元は、登録のない携帯番号だった。


 ぼんやりとしていた意識と視界がはっきりとし、同時に冷たいものが背筋を這う。


 遼は震える指で電話を取った。


 「一ノ瀬? 早く出ろよ。何かあったのかと思っただろ」

 その声は聞き覚えのあるものだった。

「高瀬さん? なぜいつもと違う番号で?」

 ヒスイたちを起こさないよう声を抑えつつ聞く。

「最近どうにも周辺がきな臭くてな。お前が探してたお姉さんとその同僚の捜索願いが例の出版社から出てるって話したろ。あれ、上層部に握り潰されたぞ。そんで今朝、一ノ瀬を探せとお達しがあった」

 電話の主は、同僚にして協力者の高瀬だった。

「……そうですか」

 星雲救世会と警察の上層部は繋がっている。そんな、オカルトマニアたちの間でまことしやかに囁かれる噂。

 残念だがそれは事実だったようだ。

「お前、何しでかしたんだ?」

「……言えません」

「教団絡み……なんだな」

「……」

 

 最初に春華が拉致された際、その行方を絞ることができたのも彼の情報があったからだった。

 その後、ネビュラにいる景真との通話の発信源を調べさせたことも含め、それらの情報を遼に提供したことが上に知れれば高瀬もただでは済まないだろう。

 これ以上は甘えられない。

 これは正義のためなどではなく、家族を取り戻すというどこまでも個人的な戦いなのだから。


 「……お前が俺を巻き込むまいと黙り込んでるのはわかる。けどな――」

 大きく息を吸う気配。

「もう手遅れだろ!! どんだけ危ない橋渡ったと思ってんだよ! その痕跡、綺麗さっぱり消すなんてできるわけねーだろ! 今更蚊帳の外にされるくらいなら地獄の底まで付き合わせろや!」

 高瀬は一息で言い切ると、大きくため息をついた。

「……だからよ、全部片付いたらなんとしてもお前の姉さん紹介してもらうからな」


 「わかりました……紹介するだけですよ」

 腹を括る。

 高瀬の言う通り、とっくに後戻りできないところまで巻き込んでしまっていたのだ。

 それに自分の力だけでは到底、教団とは事を構えられない。

 

 姉をダシにしてしまうことに抵抗はあったが状況が状況だ、春華も許してくれるだろう。景真には悪い事をしたかもしれないが、そこから先は個人の問題だ。


 「私はつくづく、友人に恵まれています」 

「……なんだよ気持ち悪い」

 高瀬が心底気味悪そうに言う。


 協力を要請する際は改めて連絡する事を約束して電話を切る。


 カーテンに手をかけ、開くことなく手を離す。


 昨日、北畠らの襲撃をなんとか退けた遼たちだったが、自宅へ帰るのは危険と判断し都内のビジネスホテルに宿泊していた。


 ベッドをヒスイと燈に譲りソファーで寝ていた遼は、固まった身体をほぐすように動かしてから洗面所へ向かう。


 鏡に映る己の顔には、明らかな疲労の色が滲む。


 顔を洗ってから部屋へ戻ると、燈がソファーに掛けてこちらを見ていた。

「おはよう、遼さん。……電話、誰からだったんですか?」

「……起こしてしまってましたか。同僚からですよ。姉の捜索に協力してくれてる」

「これから……どうするんですか?」

 燈が躊躇うように尋ねる。

 清光から託された、その約束を違えるつもりはない。

 しかし、遼にはもはや彼女に安全な場所を提供することすらままならない。

 どこかに預けるとすれば、遼の実家だろうか。とは言えあそこも恐らく教団に知れている。

 

 「私、ついて行きます」

 凛とした声が小さな客室に響く。

「ヒスイ様を故郷に送り届ける。それが、ウカノミタマノカミの巫女である、私のお役目だから」

 

 燈の黒い瞳が真っ直ぐに遼を見据えているが、その目元には真っ赤に泣き腫らした跡がある。

 昨夜彼女は、布団の中で声を押し殺して泣いたのだろう。

 両親を、故郷を、過去も未来も異世界の論理に押し潰されて奪われた、その痛みに。


 だけどそれは決して、痛みのあまり自暴自棄になっての言葉などではない。

 彼女がその痛みを負ってなお、前に進むために――人として生きるために必要な燈台(みちしるべ)なのだ。

 

 ならばそれを止めることなど遼にはできなかった。


 高瀬と燈。

 二人の意思が、遼の心を前へと押し進めてくれた。

 

 再びスマートフォンが朝の空気を切り裂く。

 またも見知らぬ番号からだ。


 遼は迷わず電話を取った。


 「おはようございます一ノ瀬さん」

 全身を鳥肌が覆う。

「今あなたのご自宅の前にいるんですけどねェ、どうやらいらっしゃらないみたいなのでお電話差し上げてるんですよ」

 

 それはつい昨日いやと言うほど聞いた、もう二度と聞きたくない声に他ならなかった。

 

 

 

 

 

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