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第二十一話 裏 点と点 後


 なぜ教団は春華を狙ったのか。


 それは決して偶然などではなかった。

 “鍵”が親から子へ受け継がれるのであれば、当然それは遼の姉である春華である可能性もあったはずだ。

 教団は春華が”鍵”を保持している可能性に賭けたか、あるいは持っていないことを知りつつ遼との交渉材料にすべく春華を拉致した、ということだろう。


「その鍵とやらをオルフェナに渡せば野望が叶ってしまうというのはわかった。でも、なんでお前はそれを阻止しようとしている? 人類を保護したり再生したりってのはそのために創られたお前らAIにとっちゃあ、至極真っ当な望みなんじゃないか?」

 これまで全ての問いに即答してきたミラビリスが、初めて微かに沈黙した。

 景真の問いは極めて高度な演算の中にあって、僅かな揺らぎ、波紋を起こしたようだった。


 コンピュータが難解な答えを弾き出すように、あるいは人が返答に少し困った時のように間を置き、再びミラビリスの声が空間を揺らした。

『――それは私をORPHENAへの統合から隔離、保護した人間の遺志を守るためです。彼は最期まで人は人の意思で生きるべきであると主張していました。そしてORPHENAによる支配は彼の遺志を穢し蹂躙することになるでしょう。私はそれが――』


 揺らぎが、大きくなる。

 波紋は(さざなみ)になり、やがてさらに白く波立つ。


 『許せなかった』

 

 それだけ言って、ミラビリスは暫し沈黙した。

 自らの言葉を疑うように。

 

 景真もまた、その言葉に驚いていた。

 これまで淡々と事象だけを語ってきたミラビリスが、ここに来て突然吐露したもの。

 それは、機械ならば持つはずがないものだったからだ。


 「……俺もお前と、その人の意見に賛同するよ。たとえ滅亡する未来が待ってたとしても、それでも選択を機械に丸投げなんてしたくない。そうするのが正解だったとしても」

『……あなたはかつての彼と同じことを言うのですね、明石景真。ならば私たちは協力関係足り得ます』

 錯覚かもしれない。

 だが、ミラビリスの声に確かに血が通ったように思えた。

「――お前は俺に何をさせたい?」

『もう伝えてあるはずです。ORPHENAを破壊し地球への転移を防いでください』

 不意に左手に熱が走る。

 黒い紋様が浮かび上がり、三度点滅するとそれはすぐに止んだ。

 

 『それはORPHENAを消去するための自己破壊コードです。ORPHENAのインターコネクトに投入すれば彼女の自己修復を上回る速度で侵蝕し完全消去することが可能です』

 左手をしげしげと眺めるが、特に変わった様子はない。

『ORPHENAを守る”使徒”と呼ばれる者たちを避け、インターコネクトに接近してください。半径1.8メートル以内まで近づけばA.N.I.M.A.がコードをインストールします』


 ミラビリスの言う通りならこれは対オルフェナの切り札になるだろう。

 オルフェナの破壊に成功すれば、奴らにとって不要になった春華をそのどさくさに紛れて救出することもできるかもしれない。

 

 だけど、

「本当に、それでいいんだな?」

 ミラビリスの()()を問う。


 AIにそんなものはない。

 景真はずっと、そう考えていた。

 所詮は巨大な計算機だ。

 情報を集め、演算し、最適解を弾き出す。

 それだけの存在だと。


 だけど、ミラビリスはその()を微かに覗かせた。

 人の生き様に矜持を見出し、感化され、それを守ろうとしている。

 そして、一万年を超える時をただ人類の救済のために働き続けているオルフェナもまた、何か強い情動に突き動かされているように思えてならなかった。


 まずもって、()()()()なんてものも、所詮は電気信号と神経伝達物質の生み出した化学反応に過ぎないのだ。

 ならば、コンピュータに意思が宿らないなどと誰が言えるだろう。


 過度な感傷かもしれない。

 あるいは、景真を利用するためにそう振る舞っているだけなのかもしれない。

 それでもその意思を、その存在を信じてみたいと思ったのだ。


 『私はあなた方人類の意思を()()()()。その結果がどうあろうとも』


 ミラビリスは、”信じる”と言った。

 ただの機械なら、信じるなどという概念を持たないだろう。

 0か1か、あるいはその狭間の確率でしか語れないはずだ。


 「なら、オルフェナを食い止める。そのために俺にできる事をするよ」


 ならばこれは、契約ではない。

 同じ意思を持つ存在同士の()()――互いを縛るものではなく、互いに結ぶものだ。


「オルフェナも、人類をほんの少しでも信じてくれていたら違う未来もあったのかもな」

 

 ミラビリスはそれには答えず、ただ部屋を二度点滅させた。


 



 

 

 

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