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第二十話 表 点火


 「なぜ独断で一ノ瀬遼に接触した?」


 三号施設の地下駐車場。

 捕らえようとした一ノ瀬遼にまさかの返り討ちに会い、すごすごと撤収してきたところだった。

 その背後から聞こえた猛獣の唸り声の如き響きに、北畠は身を強張らせる。

 

 これは聞き覚えのある声だ。

 それも、あまり聞きたくない声だった。

 

 「……鈴木さん、突然呼ばれたら驚くじゃァないですか。星教主の懐刀たるあなたがなぜこのような所に?」

 声の方に振り向き、大袈裟な身振りで道化を演じる。

 これは北畠がその人生の中で身につけたある種の処世術だ。

「質問に答えろ」

 とは言え、この男にはそんなものは通じない。

 それは承知の上だったが、部下の手前余裕を見せないわけにも行かず必死ににやけ面を作る。

 

 男の放つ殺気に地下の空気が張り詰め、北畠の左右と後ろに侍っていた三人の男たちがジリ、と後ずさった。

 

 北畠は背中を伝う冷や汗を感じながら考える。

 この狂犬でも、教団幹部たる自分を害することなどあり得ない。

 犬は犬でも、所詮は御堂コトネの忠犬に過ぎないのだから。


 「……空穴災害の視察に赴いた()()()ですよ。”鍵”を手に入れることは星教主様の望みでもありましょう?」

 鈴木の足音が地下駐車場に反響する。

 その足が北畠のすぐ目の前でピタリと止まった。

 見上げると、真紅の瞳がこちらを見下げていた。

 

 「独断専行は教主の、ひいては女神の意に反する。貴様は自分の領分だけを守っていろ」

 その目には明らかな侮蔑と嫌悪の色が灯っている。

 

 なぜこの男に見下されなければならないのか。

 教主のボディーガード、末端の実行部隊風情に。


 胸の奥にぐじぐじとした熱が疼く。

 

 睨まれるだけで心臓を握りつぶされるような威圧感に抗い、鈴木を睨み返す。

「独断専行? ならばなぜ、あなたは一ノ瀬遼を捕らえないんです? 機会はあったはずだ。あなたがモタモタしているからこのワタクシがこうして危険を犯し、可愛い部下も怪我をする羽目になったのですよ」

 だが、その必死の抗弁も男の耳には届かなかった。

「これが最後だ。二度と勝手なことをするな」

 背中が熱い。

 なんとしても、この男に一泡吹かせたい。

 

 そんな熱が北畠に三十年近くも隠し持ってきた刃を抜かせた。

 

 「……いいんですか? ワタクシ、知ってるんですよ。あなたが――()()()さんが聖女(リベルテ)の子の存在を、教主様にすら隠していたことを――」

 その瞬間、北畠の足は地面を離れた。

 鈴木はその襟首を掴み、片手で北畠の体を持ち上げている。

「ぐ……ぐるじい……離せ……離して……」

 必死に足をバタつかせるが、その屈強な腕は小揺るぎもしない。

 部下の一人が飛びかかろうとしたが、赫い眼光に射抜かれて硬直した。


 首を締め上げられその意識を手放そうとしたその時、体が重力から解き放たれたようにふわりと軽くなった。

 その直後、土嚢を叩きつけたような音と共に尻と背中に硬い衝撃が走り息が詰まる。

「ぐはッ……! ハァ……ハァ……」

 締められていた首元をさすり、夢中で酸素を吸う。

 鈴木はそんな北畠を冷たく睨みつけると、身を翻した。

 闇の中燃える松明のような赤髪が涙で滲んだ視界の中、遠ざかって行く。


 足音が聞こえなくなり、ようやくその重たい体を起こす。

 「このワタクシを……ハァ……ハァ……よくも……よくもォ……」

 屈辱感と無力感が全身を這い回る。

 部下たちがその身を助け起こそうとするが、それを振り払った。

 

 こいつらは処分だ。

 肝心な時にまるで役に立ちゃァしない。


 もっと……もっと使える手駒が必要だ。

 そして知らしめなければ。

 あの犬に、一ノ瀬遼に、信徒どもに、この世界に。

 

 この北畠(ワタクシ)こそが唯一、女神と、星教主(コトネ様)の寵愛を賜るに足る存在なのだと。

 

 

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