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第二十話 裏 過去、あるいは未来からの招待 中


 長旅からの大掃除で疲れ果てた二人は余らせていた糧食で簡単な食事を摂り、椅子に身を預けて放心していた。


 静かな夜だった。


 聞こえてくるのは虫と夜鳥の声、それと木々のざわめきばかり。

 開け放した窓から夜風が吹き込み、優しく頬を撫でていく。


 穏やかに流れていく時間に空穴も、女神殺しの依頼も、異端者も何もかもが悪い夢だったかのように思える。


 ――コンコンコン。


 不意にドアがノックされ現実に引き戻される。

 コハクと目を見合わせるが、心当たりはないという風に首を横に振る。


 二人は静かに立ち上がると、ゆっくりと階段を上がった。

 廊下の窓から玄関を覗くが、人影はない。

「玄関の鍵は?」

「かけてある」

 足音を殺して寝室に滑り込み、ドアを閉じて耳を澄ませる。


 ドアの向こうは無音だった。


 「明石景真とコハクだな」

 

 突然背後から声が響く。


 呼吸が止まり、心臓が大きく跳ねる。

 思わずドアノブを回し、二人揃って廊下に転がり出た。

 

 半狂乱で寝室に視線を走らせると、そこに立っていたのは黒いマントを羽織りフードを被った人影だった。

 

 この出立ちで襲ってくる相手など、思い当たるものは一つしかない。

「異端者……!」

 まだ暴れている心臓を抑えつけ懐の短刀を抜き放ち、その人影に向ける。

 だが、その人影は「敵意はない」と示すように両手を挙げた。

「……驚かせてすまない。ノックをしたのだが返事がなかったので、つい窓からお邪魔してしまった。無礼を許して欲しい。誤解があるようだが私は異端者ではない」

 人影がフードを脱ぐ。

「私はメノウ。我らが長の命で、あなた方を迎えに来た。どうか一緒に来て欲しい」

 女が艶やかな黒髪を靡かせ、吸い込まれるような瞳で景真たちに手を差し伸べた。

 

 街の一角。

 小さな橋の下に黒々と人一人が這って通れるほどの穴が開いている。

 川魚が跳ね、その音にコハクの肩が小さく揺れた。

「さあ、入ってくれ。狭いところで申し訳ないが」

 メノウと名乗った女が先に穴を潜り、ランプに火を灯して足元に置く。

 入り口は狭いが、中は立って歩ける高さがあるようだ。


 メノウの言うことを信じるか、葛藤はあった。

 一緒に来るよう要請してきたメノウは、二人で相談させて欲しいという景真の言い分を快く受け入れた。

 そして二人が相談している間も、ただ静かにそれを見守っていた。

 その様子がどうしてもこれまでに遭遇した異端者のそれと一致しなかったのだ。

 そもそも、彼女がもし異端者なら景真たちはすでに逃げ場を失っているだろう。


 土壁の地下道には湿り気を帯びた匂いが立ち込めている。

「あんたの長ってのは何者で、あんたたちは何者なんだ?」

「すまない、私からはそれを説明できない。全て長の口から聞いて欲しい」

 景真に振り返り、申し訳なさそうにメノウが言う。


 地下道をしばらく歩くと、目の前に金属製の重厚な扉が現れた。

 

 「この先に長がいる」

 メノウがドアを七回、不規則なリズムで軽く叩くとガチャリと錠が外れる音が響いた。

 それを受けて扉を押すと、金属の軋む音を残して重々しく開く。


 メノウを先頭にドアをくぐる。

 中はちょっとした会議室ほどの広さの部屋になっていた。

 部屋の中にはランプが等間隔で置かれ静かに部屋を照らしているが、見慣れたオイルランプと違い灯が揺らがない。


 縦長の部屋の左右にはメノウと同様に黒いマントを羽織った人影が……七人、居並びこちらに品定めをするような視線を向けているのがわかる。

 身長や体格はまちまちだが、みな一様にフードを被っているため性別や種族はわからない。

 

 その一番奥、大きな椅子に座る男。

 あれが()だろうか。

 その男だけはフードを被らず、顔を晒している。

 明かりに照らされたその顔には深い皺が刻まれているものの、その眼には精悍な焔が静かに揺れている。


「よく来てくれた、景真。そして……久しいな、コハク。とは言え四百年ぶりだ。さすがに覚えてはいないか」

 低いが、明瞭な声が響く。

 コハクが息を呑む気配。

 男は腰に差した日本刀のような拵えの剣を押さえ、白いマントをはためかせて立ち上がる。

 マントの中、胸元には小さなロザリオが輝いている。

 

 そしてマントの肩には――竹丸に桐の紋が入っていた。


 「(ジュス)……()?」

 

 コハクの震える声が、地下の空気を静かに揺らした。


 

 

 

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