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第十九話 裏 母の名



 「ケーマ……?」

 スマートフォンを見つめたまま固まっている景真に、コハクが心配そうに呼びかける。


 こんな偶然があるだろうか。


 メールによると、遼が苔守村で出会ったというネビュラ人はおよそ四百年前に転移してきたと言う。

 これは、コハクの母が失踪した時期と重なる。

 その上で名前が一致するとなれば、いよいよ同一人物であると考えるのが自然だ。


 もともと突如行方不明になったという話から、空穴に飲まれて地球(オービス)に飛ばされた可能性は十分にあると考えてはいた。

 しかしそれが今、遼と出会い行動を共にしているとなれば話は別だ。

 偶然と呼ぶには、あまりに話が出来すぎている。


 だけど、偶然ならそれでいい。

 もし仮に偶然でないのなら、その裏になんらかの作為が働いているというのなら……。


 だが、それは今考えても致し方のないことだ。

 コハクが探している母親『ヒスイ』と、遼に同行している『ヒスイ』が同一人物ならば、コハクを母親と再会させるという目的に一気に近づくことになる。

 “四百年前に行方不明になった人物の捜索”という最悪の無理難題がクリアされるのだから。


 問題は、コハクに話すか否かだ。


 可能性は高い。それでも確定とは言えない。

 本人だったとしても、こちらに帰す方法がまだわからない。

 

 コハクをぬか喜びはさせたくなかった。

 希望を裏切られ、打ちひしがれる姿を見たくなかった。


 でも――俺たちは()()()だ。

 隠し事などする必要はない。


 「コハク、落ち着いて聞いてくれ」

 黙り込んでいた景真が突然発した真剣な声にコハクは反射的に姿勢を正し、耳をピンと立てた。

「オービスに協力者がいて、空穴が開いてる時だけ連絡が取れるって話は前にしたな」

 コハクは話の要点が掴めない、という風に頷く。

「その協力者が、四百年前にネビュラから迷い込んだ女性と同行しているらしい」

 ゆったりと揺れていた尻尾が、ピタリと止まる。

 その言葉の続きを待つように耳もまた、景真の方を向き固まっている。

 だから、もったいつけることなく言い切った。

 

 「その人の名はヒスイ。未来視の力を持つ、狐族だそうだ」

 尻尾の先が震える。

 見開かれた目から涙が溢れる。

「……おかあ……ざっ……」

 

 四百年間、胸の奥に押し留めてきた母への想いが嗚咽となって溢れ出る。


 両手で顔を覆って泣くコハクが落ち着くまで景真はただ、黙ってその隣に座っていた。

 

「……まだ、確定じゃないから言おうか迷ったんだ。もし次に空穴が開いて通話が繋がったら、直接話せるようにしよう」

 コハクは鼻をすすって小さく頷くと、景真の方に倒れ込みその膝に顔を埋めた。

「コハク……?」

「顔……ぐちゃぐちゃで恥ずかしいから」

 なら枕にでも飛び込めばいいのでは、などと思いつつ膝の上の頭を撫でる。

 焦茶色の髪が指の間をサラサラと流れ、くすぐったそうに耳が跳ねた。


 コハクの丸い頭を漉くように撫でながら思考を回す。

 

 遼の側からはあらかじめメールを送信しておき、景真の現在地近くに空穴が開けばそれを受信できることが立証された。

 逆に、景真からあらかじめメールを送ることはできない。普段は圏外だからだ。

 その代わり、空穴が開けば電話をかけることができる。

 文面を打ち込んでおいて送信することはできるだろうが、通話できる時間が削られてしまう。


 これらはいずれの場合も景真の近くに空穴が開く必要がある。

 あんな大災害を目の当たりにしておいて、その原因たる空穴の発生を待ち望むことに葛藤はあった。

 

 それでもコハクに、母親の声を聴かせてやりたい。

 その希望が腹の底で熱を持ち燻っている。


 気づけばコハクは景真の膝に頭を預けたまま、すうすうと寝息を立てていた。


 眠ればまた、旅立ちの朝がやって来る。


 コハクをベッドに寝かせ、ランプの火を消す。

 

 窓の外を見ると、そこには嘘みたいな星空が広がっている。

 春華もきっと、この無数の星の下にいるのだ。


 天に撒き散らされた星は掴めずとも、その下で助けを求めて差し伸ばされた手なら掴めるような気がした。


 カーテンを閉じベッドに身を横たえると、その意識は瞬く間に微睡みの中に落ちていった。


 

 

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