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第十七話 裏 残された声 後


 ――カツン、カツン。


 足音は間違いなく近づいている。それも、極めて規則正しいリズムで。

 にも関わらず目線の先には黒々とした穴があるばかりで、その先には一切の明かりも見えてこない。


 この坑道は松明も無しに歩けるような道だっただろうか。


 無意識に、短剣へと右手が伸びる。


 ウェスペルが松明を向けるその先を睨み、足音の主を待つ。

 ――どれほどの時間が経っただろうか。

 1分? 2分? それともまだ30秒ほどしか経っていない?

 坑道の湿気た匂いがいやに鼻につく。


 深く息を吐こうとしたまさにその時、暗闇に黒い影が浮かび上がった。

 ウェスペルは静かに剣を抜く。

 研ぎ澄まされた白刃が松明の火を映して鈍く光る。


 影はそれに怯むことなく、速度を変えず近づいてくる。

 

 松明に照らされたその影は、確かに見覚えのある顔だった。


「あいつは……!」

「知り合いか?」

 ウェスペルが剣を影に向けたまま問う。

「……ガルス村で俺たちを襲った異端者だ」

 そしてミラによって撃退された二人の内の、若い方の男だった。

 左手には剣を握り、右腕はだらりと垂れ下がっている。

 胡乱な目はどこを見ているのかはっきりと分からない。

 半開きの唇がぼそりと動く。

 

「ワタリビトを捕らえ……他は殺す……」


 その呟きははっきりと、静かな廃坑の空気を揺らした。

 ウェスペルの耳が跳ね――刹那、男へと斬りかかる。


 松明を男の顔面目掛けて投げつけ前へと踏み込む。そしてそのまま剣を握る左腕に向けて豪剣が振り下ろした。


 しかし男は自身の頭部を襲う炎を意にも介さず逆手に持ち替えた剣でウェスペルの斬撃を受け止める。

 乾いた金属音が響き、火花が二人の顔を照らす。


「ワタリビトを捕らえ、他は――殺す」


 そのまま剣を受け流し、上半身を回転させて剣を振るう。

 ウェスペルはその切先をすんでのところで身を(よじ)って(かわ)し、(かし)いだ勢いをそのままに蹴りを男の脇腹に叩き込んで距離をとる。

 刃が掠めた首筋を赤い血が滴った。


 地面に落ちた松明だけが、その死闘を照らしている。


 妙だ。

 異端者の男の様子は明らかにおかしい。

 ガルス村での襲撃の時ももう一人の大男は只者ではない空気を纏っていたが、今目の前にいるこの男についてはそうは思えなかった。

 身体も細く、景真を脅すその言葉にもどこか自信の無さが滲んでいた。

 その男が今、一回りは体の大きなウェスペルと互角の戦いを繰り広げている。

 

 ウェスペルは間違いなく強者だ。

 素人目にもその速さ、身のこなし、太刀筋が一朝一夕で身につくようなものではないことが分かる。

 赤い髪の男とやらに喫したのが生まれて初めての敗北だったというのも大言壮語などではないのだろう。


 そのウェスペルと()()()やり合っている。


 男はゆらりと前に出ると、まるで関節が無いかのような動きでウェスペルに迫る。

 その目が妖しい光を宿し、暗闇に軌跡を残す。


 ウェスペルが横に薙いだ剣を上半身を左にぐにゃりと折り曲げて躱す。

 そのまま左手を振り、その切先がウェスペルの脇腹を切り裂いた。

 男がその不自然な体勢のまま、ギョロリと景真を見る。

 

 その瞳には何も映っていなかった。

 松明の炎すらも反射されず、その黒に飲み込まれている。

「ワタリビト……」

 ゾッ――と鳥肌が立ち反射的に後ずさる。

 

「――よそ見とはッ!!」

 その瞬間、ウェスペルは腹の傷を庇うこともせず、上段から両手で握った剣を振り下ろした。

 男はそれにも反応し剣で防ぎ火花が刹那、暗闇を照らす。

 

 ――が、ウェスペルの渾身の斬撃は男の剣をへし折り、そのままその胴体へと叩きつけられた。


 男は身体を上下に両断され、声すら上げずに自らの作った血溜まりの中に沈んだ。


 廃坑に静寂が戻る。


 男は絶命した。

 当然だ。これで生きているはずがない。

 

 にも関わらず、このまま這いずって襲ってくるのではないか。

 そんな度し難い妄想が頭から消えてくれない。


 炎と共に揺らめく影が生んだ錯覚だ。

 そう心の中で唱えてかぶりを振る。


 ウェスペルが剣の血を布で拭い、鞘へ収める。

「……見たことのない剣技だった。あれを剣技と呼んでいいものか」

「前に襲われた時は……こんな風じゃ、なかった」

 コハクは炎に照らされる死骸を凝視しながら言う。

 景真の袖を掴む手が微かに震えている。

 

 男の洞穴のような瞳は、未だ景真に向けられている。

 その目を睨み返す。

 無意識の行動だった。

 黒い二つの点を中心に視界がぐるぐると回り始め、意識が吸い寄せられていく。

 深い深い、どこまで続くのか分からない井戸を、覗き込むように。

 

「とにかく一旦ここを出よう。増援がいないとも限らん。収穫もあったのだろう?」

 

 ウェスペルの声に意識が引き戻される。

「あ……ああ。出よう、すぐに。……怪我は大丈夫か?」

「大事ない。彼の遺体は後で回収させる。異端者とは言え、弔いは必要だ」

 そう言うとウェスペルは亡骸に向けて右手で祈りの形を作る。


 ――女神(オルフェナ)の、五枚の翼の形を。

 

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