第十六話 裏 再生の灯 後
以前オウカを探して訪れた商館で門衛にリウィアへの面会を求めると、拍子抜けするほど簡単に中へと通された。
その対応に昨日の自分たちの行動がどれだけ大きな影響を与えたのかということを、いやが上にも思い知る。
「よく来たな。オウカから話は聞いている。明日発つんだろう?」
重厚な机に書類を山積みし、こちらを見るともなくリウィアが言う。
「見てくれこのご立派な仮執務室を。役場のそれと比較にならん。こんな部屋を快く貸してくれるとは、これも私の人徳の賜物だな。今後もこのまま使わせてもらうか」
リウィアの言葉通り室内は見るからに高価な調度品で整えられている。
入り口には商館長室と書かれたプレートの上に、”町長執務室”と書き殴った紙が雑に貼り付けてあった。
商館から貸し与えられたというよりは、リウィアが乗っ取ったというのが正確な表現なのではないだろうか。
景真は部屋の中をキョロキョロと見渡しながら机の前に立つ。
「ああ。明日は早いから今のうちに挨拶しておこうと思ってな」
「まだ大した礼もできてないというのに。そうだ、宿はどうだった?」
「もうあのベッドと離れるのが辛くなるほど良かったよ」
コハクも尻尾を振りながらコクコクと頷いている。
「ふ、それは良かった。またいつでも寄ってくれ。顔パスにしておいてやる」
ふと、机の上に置かれた一枚の書類に目が止まる。
その書類にははっきりと記されていた。
“異端者”の文字が。
「……ん? これが気になるのか?」
「……前にガルスで異端者に襲われたんだ」
リウィアの問いに景真は一瞬だけ逡巡し、言葉を紡ぐ。
「俺は……ワタリビトだから」
景真の告白にリウィアは一瞬だけ目を見開いたが、すぐにその驚きを収めた。
「……そうか。なんとなくそんな気はしていたよ。これは数日前にあった異端者鎮圧案件の報告書だ」
そこでようやくリウィアは手元の書類から目を上げて景真たちを見る。
「廃坑の一つにネビュラ救世教の連中が棲みついて不審な動きをしていると報告が上がってきた。そこで私は弟に町の自警団を率いさせ送り込んだ。おい、ウェスペル!」
リウィアが呼びかけると慎重すぎるほどにゆっくりとドアが開き、筋骨隆々の大男が入ってきた。
ウェスペルと呼ばれた男は眼光鋭く、リウィアと同じ毛色の耳と尻尾が生えている。
「この時にあった事を話してやれ。……なるべく要件だけでな」
黙って頷くと、景真たちに向き直り地の底から響くような低い声で男は語り始めた。
「廃坑には二十人ばかりの異端者どもが屯していた。俺は自警団に入り口を封鎖させ、数名を率いて突入した」
その言葉とともに、なぜか空に向けて拳を繰り出す。
「奴らは皆武装していたが俺の敵ではなかった。命は奪わぬように無力化しつつ奥へと突き進み、そこで一人の女が囚われているのを見つけた。一目で分かった。彼女がワタリビトだと」
景真の心臓が大きく跳ね、コハクが景真の顔を見上げる。
「……その人はどんな見た目だった?」
「ちょうどお前のような黒い髪に黒い瞳の、美しい女だった。年も、お前と同じくらいだろうか」
取り戻すべき笑顔が、日常が、脳裏に浮かぶ。
心のどこかで、「もう二度と戻らないのではないか」と思ってしまっていたものが。
ウェスペルが語ったワタリビトらしき女性の特徴は、景真の探し人――一ノ瀬春華とピタリと符合した。
ついに掴んだ春華の影に心臓が早鐘を打つ。
そんな景真の胸中などお構いなくウェスペルが続ける。
「その女を拘束から解いたところで、あの男が現れた」
その眉間に深い皺が刻まれ、噛み締められた口から鋭い犬歯が覗く。
「……燃えるような赤い髪の男だ。年は食っていたがヒト族とは思えん凄まじい手練れだった。俺は生まれて初めて敗北し、女は赤髪の男に連れて去られてしまった」
ギリリと音がするほどに拳が握られ、また宙へ繰り出される。
失望が胸に広がる。
一瞬でも「この町で保護されているのではないか」と思ってしまった。
そんな甘い希望はその甘さを味わう間もなく霧散していった。
「理由はわからんが奴は俺も、自警団の連中も殺さなかった。……今は奴を倒すことだけが俺の目標だ」
ゴォッ、と音を立てて拳が景真のすぐ横で唸る。
「……という訳だ。暑苦しい語り口ですまなかったな。何か有用な情報はあったか?」
リウィアが景真の目を見て言う。
もうこの町にはいないだろう。
それでも、ここにいたのが本当に春華であるという痕跡が見つかるかもしれない。
「……その廃坑に案内してもらえるか?」
リウィアが報告書を手に取りそこに記された簡易な地図に目を凝らす。
「これは空穴に飲まれてない位置だな。ウェスペル、案内して差し上げろ。護衛も兼ねてな」
「承知した、姉者」
ウェスペルはそう言うと執務室のドアを開き、背中越しに振り返る。
「さあ、ついて来てくれ。救世主のお二方」
「救世主はやめてくれ。俺が景真で、彼女はコハクだ」
「分かった。ケーマ殿、コハク殿。何があってもお二人は俺が守る」
景真はコハクと目を見合わせる。
「ああ。頼りにしてるよウェスペル」
その言葉に満足そうに頷くと、ウェスペルは二人の前を歩き出した。
心臓がうるさい。
期待と不安の狭間で右往左往するように拍動している。
それもそのはずだ。
この糸口を掴むために、気づけば異世界まで来てしまったのだから。
あとは、掴んだ糸を手繰り寄せるだけだ。




