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第十六話 裏 再生の灯 前


 カーテンの隙間から差し込む朝日が柔らかな目覚めを呼ぶ。

 薄く開いた目で隣のベッドを見るとすでにもぬけの殻だった。

 綺麗に折り畳まれた布団を見るに、コハクはいつも通り日の出と共に起き出したようだ。


 ベッドに腰掛けて伸びをする。

 コハクの言う通りリウィアが取ってくれたこの宿は明らかに富裕層向けで、部屋の内装も今まで泊まったものとは比較にならないほど豪奢だった。

 もっとも、景真は華やかな内装などにはさほど興味はない。

 

 しかしこのベッドは別だ。

 ほどよく身体が沈む柔らかなマットレスにサラサラと肌触りの良いシーツがかけられており、掛け布団は暖かいのに軽い。

 

 どんなところでも眠れるのは自身の長所と自負してはいるが、やはり寝具の質は睡眠の質に直結するのだ。

「お前をこのまま連れて行けたらな」

 軽くなった身体を確かめるように伸びをし、名残惜しそうにベッドを撫でてから立ち上がる。


 カーテンを開くと正面の朝日が目に飛び込んできて思わず瞼を閉じる。

 瞼を焼く日光を感じつつ少しずつ視界を開いていく。


 目の前に広がるのは――丸く抉り取られた、アゲントの街並みだった。


 窓を開くと少し冷たい風が吹き込んでくる。

 

 昨夜の出来事は夢などではなかった。

 空穴はほんの数分で、人々の営みをこの世界から消しとばしてしまった。

 その事実が一夜明け、朝日に照らされて目の前に広がっている。


 背後でガチャリと音がする。

「あ、ケーマも起きたんだね」

「ああ。おはよう、コハク」

 挨拶を交わして、また窓の外を見る。

 その景色は胸の深いところで黒い澱みを生み、渦を巻く。

 

 本当にこれで良かったのか。

 あの抉られた山の中にはミラが指定した廃坑があった。

 そこで得られたはずの情報を得る機会は、永遠に失われてしまった。

 あれきりミラは一言も発してこない。

 

 コツコツと軽やかな足音を響かせてコハクが近づいて景真の隣に立つ。

 風が吹き、焦茶色の艶やかな髪が流れる。

 コハクも、窓枠で切り取られた景色を焼き付けるように琥珀色の瞳を向ける。

 

 左手に柔らかな感触が伝わる。

 震える手を、コハクの右手が強く握ってくれていた。

 

 景真がその手を握り返すと、コハクはその手に力を込めて応える。

 左手から伝わるその温もりはどんな言葉よりも強く、胸の内に積もる(おり)を薄めていった。

 

 二人は何も言葉を交わすことなく、ただその景色を眺めた。

 きっと生涯、忘れ得ぬ景色を。


 部屋に運ばれてきた豪華な朝食を摂った後、オウカに今後の予定を相談するべく町の外にある行商隊のキャンプへ向かう。

 

 そこではオウカたち商隊員たちが、災害で家を失った人々への炊き出しを行なっていた。

「兄さん、姐さん! 昨夜はよく眠れたか?」

 まだ数十メートル先にいる景真たちに目敏く気づくと、覇気に溢れた声を響かせる。

 景真はそれに手を挙げて返しつつ、声が届く距離まで近づいてからようやく言葉を返した。

「ああ。リウィアに礼を言わないとな。……あんなことがあったばかりなのに、立派な部屋でぐっすり眠らせてもらって」

 引け目を感じている景真をオウカが豪快に笑い飛ばす。

「あんたらはこの町を救ったんだ。これくらいのモンは素直に受け取ってもらえた方が向こうも気が楽だろうぜ」

 オウカに苦笑いを返してから目の前に伸びる行列を見やる。

「それにしてもすごい行列だな。これはオウカの持ち出しでやってるのか?」

「そうだ。……本音を言うと、昨日買い付けた銀が空穴のお陰で暴騰しててな。流石にその儲けを全部懐に入れちゃあ目覚めが悪い」

 オウカは小声で言い、苦笑いを浮かべる。

「オウカだって町を救った功労者なんだから堂々としてればいい」

「兄さんの言う通りだ。だけどこれは俺の商人としての矜持で、爺さんの教えだ。商いとは人との繋がりをこそ最も尊ぶべし、ってな」

 その猫の目が遠くを見るように細められる。

「……ある日突然この世界に飛ばされて金も何も持ってない、言葉も分からなかった爺さんは、それでも多くの人と繋がり、支えられていっぱしの商人になった。俺はそんなあの人を尊敬してるし、その正しさを証明したいだけだ」

「……きっと爺さんもオウカのことを誇りに思ってるよ」

 世辞でもなんでもなく、本心からそう思った。

 景真の言葉にオウカは照れくさそうに鼻を掻く。


 「そうだ、出発の日時だが明日の天秤の刻に早めることにした。悪いがそのつもりでいてくれ」

 状況が急変した以上、それは折り込み済みだった。

「分かった。そしたら、今日のうちにリウィアに挨拶に行かないとな」

 景真の言葉にコハクが頷く。

「そのリウィアから公都で大工や職人の派遣を手配するよう頼まれてな。急ぎ、発つことになった」

「なるほどな。ツテはあるのか?」

「取引のある商会を頼ろうと思ってる。見返りはアゲントでの銀取引の優遇だ」

 オウカはそう言って不敵に笑う。

 

 すでに復興へ向けてこの町は動き始めているようだ。

 

 “人がいれば何度でも立て直せる”というリウィアの言葉通りに。


 オウカと別れ、リウィアの臨時の執務室が設けられたという商館へ向かう。

 役場は空穴の向こうへと消えてしまったからだ。


 景真たちは昨日と変わらない、いやそれ以上の活気に溢れる町の南通りを行く。

 町の人々もまた今日を、明日を生きるために立ち上がり歩き出している。

 悲嘆に暮れている暇などないと言わんばかりに。


 どんな災いに見舞われようと命ある限り営みは続いていく。それを改めて噛み締める。

 

 ならばきっと、あの選択は最善でなかったとしても間違いなどではあり得ないと、そう思えた。

 


 




 

 

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