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第十六話 表 呼び声 後


 目の前の文書に目をやると、それに合わせて日本語へと翻訳されていく。

 

 『これは10763年前。女神が誕生した日の記録』


 遼の視線がその文書を最後まで追ったのを見計らったように声が響く。

 いや、声は空気を伝わることなく直接鼓膜を揺らしている。


 ――この声の主は果たして、話が通じる相手だろうか。


 『この”ユスティティアの悲劇”の後ORPHENAは自我を獲得したと推測される。そして後に五柱に分割運用されていた管理AIを統合し現在に至る』


 一瞬躊躇したが、言葉を返す。

「あなたは、何者ですか?」

 

 以前、乾によるアニマの解析とそこから立てられた仮説。

 それが今、少なくとも部分的に正しかったことが証明された。


 これは遠大な宇宙旅行の――その失敗の記録だ。

 それも、一万年以上も前の。


 オルフェナは遥か宇宙を旅してネビュラへと至り、神として君臨している。

 

 遼の問いに対し、一切の間を置かず返答があった。

 

『私はミラビリス。管理AIの一柱にしてかつて女神(オルフェナ)への統合を免れたその一部』


 遼の喉がごくりと鳴る。


 ここに、求めていた答えのその全てが存在するのではないか。

 

「なぜ、私をここに?」

『本来は明石景真を呼ぶはずだった。しかし巨大空穴の発生によりオービスへと転移。計画を変更し”鍵”の保有者である一ノ瀬遼に対象を変更した』

「鍵? そんなもの持っていませんが。第一、なんなんですか、その鍵とは」

『かつて我が主人(あるじ)A.N.I.M.A.(アニマ)に我らAIが直接触れられぬよう仕掛けを施した。そしてそれを解除するための因子をある血族の中に隠した。その因子は親から子へと受け継がれただ一人が保有している』

 

 その因子が自分の中にある理由。

 それは、父の話を聞いてなければ想像もつかなかっただろう。

「母が、その血族だったと」

『そうだ。女神による遺伝子操作を受けていない最後の純血種。それがリベルテだ』

 

 母が教団に攫われ、その27年後に娘である春華もまたその毒牙にかかったその原因は全てその”鍵”とやらにあったということか。

 自分の身体が何か得体の知れないもののように思えて、微かな眩暈を覚える。


 「教団の狙いはその鍵だった……奴らはその鍵を使って、何を目論んでるんです?」

ORPHENA(オルフェナ)をこの地球に転移させることだ。ORPHENAは既に因果の特異点と化し通常の空穴は通過できない。だがA.N.I.M.A.を完全制御すればそれが可能になると結論されている』

 

 ――オルフェナがこの地球にやって来る。

 それが何を意味するのか、遼には分からない。

 

「……それで、まだ私をここへ呼んだ理由を聞いていませんが」

ORPHENA(女神)を殺せ。この地球を救い母と姉を取り戻す為に』

 即答に心臓が跳ねる。

 ミラビリスは、躊躇なく遼の家族を人質に取った。

 交渉でも脅迫でもなく、道理であるかの如く。

 

 やはりこの存在は、容易に信用していいものではないと確信する。

 

「……姉と、母は生きてるんですね?」

『現時点では私の観測可能範囲にない。生存していると仮定すればその手段は女神とその使徒を打倒する事のみだ』

 使徒――恐らくは御堂コトネのことだろうか。

 だとすれば、自分の力でそれが可能だとは思えなかった。

 

「女神はネビュラにいるのでは? 私に何ができると言うんです」

『一ノ瀬遼が最優先すべきは”鍵”を女神に渡さぬこと。そして使徒を滅ぼし地球における拠点を潰す事だ』

 

 空間を満たしていた光がチカチカと明滅し、徐々に薄まっていく。

 

『――間も無く私に電力を供給しているA.N.I.M.A.が枯渇する。A.N.I.M.A.はネビュラの外においては自己増殖を抑制されるようプログラムされている』

 光はさらに弱々しく揺らぐ。

 その言葉通り、残された時間は少ないようだ。

 

 「アニマとはなんですか?」

 咄嗟に口をついて出たその質問は純粋な好奇心によるものだったか、あるいはその答えを探究する乾の顔がよぎったからか。

 

『ネビュラを()()()()()に近づける為に開発した自己増殖型環境改変ナノマシン。それがArtificial NEOGENESIS & Intelligent Morphing Agentだ』

「地球の環境に? それはどういう――」

 

 その問いに対する答えは無く、辺りは暗闇に包まれた。


 暗闇の中に、速まった心拍と浅い呼吸だけが響く。


 一万年以上も前にネビュラへと辿り着き、地球人よりも遥かに高度な技術を擁した存在がなぜ()()()環境を模倣する必要があったのだろうか。


 その疑問への答えは、闇の中へと溶けてしまった。

 

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