第十五話 裏 選び取ったもの
そこかしこから木の杭を地面に打ち込む音が聞こえる。
町外れの野原では、リウィアの指揮の元、空穴により住処を失った人々を収容するためのキャンプの準備が進められていた。
いくつもの篝火に照らされてその様子を夢の中のような心地で眺めていた景真たちの元に、並行して用意された炊き出しのスープとパンをリウィアが手ずから運んできた。
「町の救世主に供するにはいささか粗末ではあるが許してくれ」
リウィアがそう言って料理を差し出す。
「ありがとう。……しかし見事な手際だな。あっという間にキャンプができ上がっていく」
コハクは走り回って腹が減っていたのか、受け取ったパンに無心で齧り付いた。
景真も匂いに誘われるようにスープに口をつけた。
避難から難民保護までの淀みのない流れに景真は心底感心していた。
ネビュラの文明レベルを考えると、人権意識など高くはないだろうとの思い込みがあったからだ。
「世辞はよせ。民を食わせ、生かすのは為政者の勤めだ。……これも過去の犠牲があってこそだ」
「……昔あったっていう、毒ガス事故か?」
リウィアの長い睫毛が伏せられる。
「そうだ。あの時、私はまだ幼子だった。鉱山の上部に掘った新しい坑道からガスが漏れ、山肌に沿うように流れて町を飲み込んだ」
その目が、空穴に抉られた町へと向けられる。
「……地獄だったよ。姿も見えず、匂いもない死神が命を刈り取りながら山を降りてきた。――全てが終わってから見つけた両親は、私と弟を探していたのだろう。別々の場所で亡くなっていた。あの光景を、忘れることはできん」
そこまで言うと、長く息を吐いた。
「それから、あんな事がこの町で二度と起こらないよう尽力してきたつもりだ。……それでも、君たちが空穴の発生を予知してくれなければ民を救えなかった」
そして、その視線が並んで座りスープを飲んでいるネロ親子へと向き、目がふっと細められる。
「……これでようやくあの日の私と、両親に胸を張れる。君らのお陰だ。ありがとう」
彼女は深く頭を下げた。
この町の住民が救われたのはネビュラの人権意識が進んでいたからなどではなかった。
リウィアという一人の人間が、そうあろうと努力した結果だった。
「俺たちはたまたま知ってただけだ。町を守ったのはあんたたちの力だよ。……それに、むしろこれからが大変だろ?」
町の半分が文字通り消し飛んだのだ。
その復興が容易でないことは明らかだ。
「そうだな。だが、人がいれば何度でも立て直せる。空穴が抉ってくれた所に新たな鉱脈が見つかるかもしれんしな」
リウィアが牙を剥いてニヤリと笑う。
「逞しいな。まあ、あんまり心配はしてないよ」
本心からそう言う。
リウィアなら驚くほどの速度で町を甦らせてのけるだろう。
「無用だ。そうだ、町の南側に宿を取ってある。せめてもの礼だ」
さすがにこの状況で自分たちだけ温かな寝床を得ることに抵抗を覚える。
どう断ろうかと返答に迷っている景真の袖をコハクがちょいちょいと引いた。
「ケーマ、お言葉に甘えよう」
そのまま袖を強く引き、下がった景真の頭に耳打ちする。
「……南の宿は、すごく豪華」
囁き声ではあったが、リウィアにもしっかり届く音量で。
「フっ、ハハハ! そうだ。あそこは貴族も泊まるこの町一番の宿だからな。なに遠慮はいらん。出発までゆっくりしてくれ」
リウィアが心底愉快そうに言う。
その様子に、好意は素直に受け取った方がいいかと思い直した。
「そういうことなら……じゃあ行くかコハク。正直言うと、もう立ってるのがやっとだ」
コハクが頷き、リウィアに向き直る。
「おやすみ」
「ああ、おやすみ」
リウィアが二人に向け、ひらひらと手を振った。
そうして二人は、重い体を引きずるようにして宿へ向かう。
キャンプの喧騒が徐々に遠のいていく。
宿に着くまでの間、二人は無言だった。
疲れていたのもあるが、ある種の達成感とその余韻に浸るように黙りこくっていた。
何千人という人命を救えたのだ。
これは間違いなく最良の結果と言える。
……言えるはずなのに、なぜこんなにも胸がざわめくのだろう。
どれだけこの選択の正しさを誇っても、胸の奥に広がった靄が晴れることはなかった。
左の手のひらが、ぞわりと疼く。




