第十五話 表 失われたもの 前
『東京都、苔守村を襲った大規模な土砂災害についての続報です。死者、行方不明者は100名に上ると見られ、その被害の全貌は未だ明らかになっていません。災害発生当時、苔守村では雨は降っていなかったと見られ、先週の大雨が……』
燈が朝食の載った皿を持ったまま、テレビを見つめたまま固まっている。
その様子に気づき、遼も視線をテレビに向けた。
「――苔守村が?」
テロップが村に起きた惨事を伝えるが、現地の映像などはなくスタジオのキャスターが淡々と状況を伝えている。
遼はそのニュースに強い違和感を抱く。
確かに苔守村は秘境と呼んで差し支えない山奥にあるが、一晩経ってなお、現地に取材班が入っていないなどということがあるだろうか。
「燈さん……」
横に立ち覗き込んだその顔は血の気が失せ、紙のように白い。
震える指から皿を受け取り、静かにテーブルに置いてから再度声をかける。
「……一旦座りましょう」
燈をソファーに座らせてテレビを消す。
部屋が静かになると、燈は嗚咽を漏らした。
「お父さん、お母さん……お爺ちゃん……」
その震える肩にかけるべき言葉が出てこない。
喉の奥に引っかかって出てこなかったどの言葉も、空虚なものに思えてならなかったからだ。
燈が横に立ち推し黙っている遼を見上げる。
「遼さ……」
声が詰まり、決壊する。
燈は声を殺して静かに泣き、遼はただ呆然とその様子を見守ることしかできなかった。
「……朝食を摂ったらまず燈さんのご実家に連絡を入れましょう。それからすぐ、苔守村に向かいます」
遼の言葉では彼女を救えない。
できるのは、確かめることだけだ。
まだ、全てが失われたとは決まっていない。
けれどそれは言葉にはしなかった。
――いや、できなかった。
遼自身、その可能性を信じられていなかったからだ。
頰の傷がじくりと痛む。
「ヒスイさん、起きてください。ご飯ですよ」
何も知らずに寝息を立てていたヒスイを叩き起こしてテーブルにつかせる。
燈は泣き腫らした目でぼんやりとテーブルの目玉焼きを見つめている。
「……何か、あったのですか?」
寝ぼけていたヒスイも、燈の様子を見てさすがに異常事態に気付いたようだ。
「苔守村で土砂崩れがあったようです。なので今日は至急、村に向かいます」
過度に感情を揺さぶらないよう最小限の言葉で状況を説明する。
「土砂崩れ――」
ヒスイが息を呑んだ。
彼女にとってもそこは400年という途方もない年月を過ごした大切な場所なのだ。
「ごめんなさい、燈。わたしが視ていたら……」
ヒスイが悔しそうに歯噛みする。
燈はヒスイの謝罪にも力なく首を振るだけだった。
結局、燈の家族への電話は通じることはなかった。
固定電話も携帯電話も不通で、やはり大きな災害があったことは間違いない。
それでも燈は取り乱すことなく、静かに出発の準備を整えた。
その様子は心の整理をし、そこに待ち受けるものを受け入れる用意をしているかのように映る。
用意を済ませ家を出ようとした遼の元に、同僚から一通のメールが届いた。
昨日の景真との通話の発信源調査を前回と同様に依頼していたのだ。
『依頼の件について』
そのシンプルな件名がいやに胸をざわつかせた。
メールを開く前から答えを知っているような、そんな確信めいたものがある。
果たしてその発信源は――苔守村だった。




