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第十二話 裏 厄災 後


 この町が空穴に飲まれる――


「この町全部がか?」

 コハクは首を横に振る。

「北側半分。すぐに知らせないと……私は役場に行くからケーマはオウカに伝えて」

 ――町の北側。

 そこにはミラが指定した廃坑がある。

 景真はそこに作為のようなものを感じずにはいられなかった。

 

 景真が目を覚ます前にコハクはすでに次の動きを考えていたようで、荷物もすでにまとめてあった。

「分かった。役場は動いてくれるのか?」

「……分からない。でも、やらないと」

 コハクの声に迷いはない。

 ならば、景真も迷う必要はない。

「どれくらい時間がある?」

「はっきりとは分からない。けど、今夜だと思う」


「193分48秒後だよ」


 二人だけの部屋に突然響いた聞き覚えのある声。

 この声を聞くのは三度目だった。

「だから君たちは今すぐにボクが教えた廃坑に向かうべきだ。場所は分かるね?」


 姿は現さず、声だけが聞こえる。

 音の発生源は景真の左手でもなく、部屋の空気を直接振動させているかのようだった。

 

「……町の人を見殺しにしろって言うのか?」

 無論、この声の主にまともな倫理観など期待してはいない。

「その場所にはボクの本体の一部がある。ボクよりも権限が大きいから君にとって必要な情報を教えられる。けど、空穴が開けば失われてしまうよ。君が望んだ情報も、女神を殺す手段も」

 明るい声で、当然のことのように人命を切り捨てろと言う。

 

「今ならまだそこへ行き、話を聞いて避難するだけの時間がある。合理的に判断して欲しいな。さあ、あと191分12秒だ」

 

 眩暈がする。

 人の死を一顧だにしないような存在が、自らの体内に宿っている事実に。


 同時にこうも考える。


 春華を救い、現世(オービス)に帰る。

 その目的を果たすためには、この左手に宿る怪物の言う通りにするしかないのではないか。


 そんなことを考えてしまう自分自身にも。


 だけど――


 コハクが景真の左手を睨み、肩を震わせている。

 尻尾の毛は逆立ち大きく膨らみ、目尻に涙を溜めて、

 

 コハクが怒っている。

 

 声を荒げるでもなく、暴力を振るうでもなくただ静かに、そして苦しそうに憤っている。


 ミラの語る合理も、道理も、正義すらも、コハクにこんな顔をさせた時点で全てが無価値に思えた。

 

 景真はコハクの肩にそっと右手を置いた。

 

 間違っているかもしれない。

 後悔するかもしれない。

 目的が遠のくかもしれない。

 ――あるいは、その機が永遠に失われるかもしれない。

 

 それでも、コハクを踏み躙って選んだ正解など認められなかった。

 

「行こう、コハク。町の人を助けるんだ」

 コハクは景真の言葉に目を見開き、静かに頷く。

 その表情からは、張り詰めたものが微かに薄まっていた。

 

「本当にそれでいいのかい? 女神を殺さないともっとたくさんの人間が死ぬことになる。きっと後悔する羽目になるよ」


 景真はそれには答えず、黙っていろと強く左手を握りしめた。


 宿の外でコハクと別れオウカを探す。

 異端者の存在は気掛かりだったが、今は見つからないことをただ祈る他ない。

 フードを深く被り身を引き締める。


 まずは町の外に停めてある荷馬車に向かうことにした。


 夕暮れ時の通りは仕事終わりの人々でごった返している。

 景真はその中で、行商隊で見た顔がいないかを探しながら町の外を目指す。


 ふと、目線の先に露店を物色する見覚えのある耳と尻尾を見つけた。


「マツリカ!」

 雑踏に負けないように大きな声で呼ぶと、その小さな後ろ姿が跳ねた。

「に゛ゃっ!? ……ケーマの兄さんじゃないッスか。びっくりさせないでほしいッス」

 普段はしなやかな尻尾の毛が逆立ち、三倍もの太さになっている。

「ご……ごめん、そんなに驚くとは。オウカがどこにいるか分かるか?」

「兄貴? 多分まだ銀の買い付けで商館にいると思うッス」

「悪いが、すぐ案内してくれ。至急の用だ」

 景真の様子にただならぬものを感じたのか、マツリカはすぐに頷いた。

「――分かった、ついて来て」

 いつもと違う、落ち着いた声のトーンにドキリとしながらその背を追う。


 大通りを10分ほど走り辿り着いたのは、煉瓦造りの歴史を感じさせる建物だった。

 マツリカは迷いない足取りでその裏手へと入っていく。


 その後について商館の裏に回ると、見慣れた幌つきの荷馬車が停められていた。どうやら荷下ろし場になっているようだ。

「どうした? 血相を変えて」

 マツリカに気づいたオウカが近づいてくる。

 その背後では商隊員たちが何かを荷馬車に積み込んでいる。

 

「ん? 兄さんも一緒か。狐の姐さんは?」

 オウカは肩で息をする二人が呼吸を整えるのを待っている。

「兄さんが……兄貴に急用ってんで……お連れしました……」

 マツリカが膝に手をついたまま絞り出すように言う。

「……そういうことだ。少し、荷馬車で話せるか?」

「分かった、すぐに聞こう」

 オウカが即答し、軽い身のこなしで荷台に乗り込むと景真に手を差し伸べる。

 景真はその手を掴み、引き上げられるままに荷台へ乗り込んだ。


「空穴が、アゲントを……」

 オウカは胡座をかき、腕を組んだまま景真の話を咀嚼するように目を閉じた。

「実は、銀を予想よりも安く買い付けることができた。なんでも、町の北側に新たな鉱脈が見つかったってな。なのになぜ姐さんの”予言”は値上がりすると言ったのか、不思議だった」

 その目が開かれる。

「だが、町がその鉱脈ごと半壊するって話なら合点がいく。分かった。すぐに商隊を集めて避難させる。俺は商館にこの話をして町議会に働きかけさせよう」

「ああ、助かる」

「なに、町に恩を売る好機だ。逃す手はないさ」

 オウカはわざとらしく口角を上げてから立ち上がり、荷馬車を飛び降りる。

 

「兄さんは姐さんと合流してくれ。マツリカ! 兄さんを役場まで案内しろ」

 商館の外壁にもたれるように座って皮袋の水を飲んでいたマツリカを大声で呼びつけると、そのまま大股で商館の中へと入って行った。

 

「うへ〜、また走るのか……兄貴、人使い荒いッス」

 そう愚痴りながらも機敏に立ち上がり、荷馬車を降りた景真の元に走り寄ってくる。

 

「悪いな、疲れてるところを」

「お安い御用ッス。兄さんこそ大丈夫? すぐ走れます?」

「……余裕だ」

 正直言うと、微かに膝が笑っている。

「じゃあ行くッスよ。あ、水飲みます?」

 マツリカから皮袋を受け取り口をつける。

 ぬるい水が喉を滑り落ちると、体に活力が戻るのを感じた。

 その様子を見てマツリカの目がニッと笑う。

「しっかりついて来て下さいね」

 

 先に通りへ向けて走り出した背中を、景真は再び追いかけるように走る。


 災厄の時まで、あと二時間と半刻。

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