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第十二話 裏 侵蝕 後

 景真はコハクの肩を支え、今日乗っていた荷馬車まで連れて行く。

 足を投げ出すように座らせて、その膝に毛布を掛けた。

 

「ケーマ……」

 すぐそこでは、まだ篝火を囲んで宴が続いている。

 楽器の音や笑い声はここまで響いているのに、その熱はここに届くまでにすっかり失われていくようだ。

 

「私は……どうすればいい?」

 コハクの声が上擦る。

 

 故郷の危機を想ってか、あるいは友の身を案じてだろうか。

 それでも涙を流さない彼女は、揺れる瞳で縋るように景真の顔を見上げた。

 景真とてニャーラやエクトルの安否は心配だったし、ゴンドが滅びるなど考えたくもない事態だった。

 その一方で、戻ったところで何かできることがあるのだろうかとも考えてしまう。

 あるいは、コハクの力はゴンドを救うのに役立つかもしれない。

 

 本当は今すぐにでも飛んで行きたいのだろう。

 コハクを迷わせているのは、他ならぬ景真自身だ。

 

「俺は……コハクが行きたいところについて行く。だから自由に選んでいいんだ」

 それなのに、こんなことしか言えやしない。

 

 異世界を冒険させるなら何か超常的な力の一つでも寄越して、恩人のピンチくらい華麗に解決させてくれ。

 それならば胸を張って「俺に任せろ」などと(うそぶ)けるだろう。


「それじゃあ困るんだよね」


 突然声が響く。

 慌てて荷車の中を見渡すが、二人を除いて誰もいない。

 それは聞き覚えのある声だった。

「……ミラか?」

 景真は自らの左手を見やる。

 すると、その手のひらに紋様が浮かび上がりその中から昨夜と同じ姿でミラが現れた。

 

「やっ! 一日ぶりだね」

 気さくな様子で挨拶をしてくるが、その人懐こい態度が逆に不気味に思えて仕方ない。

 コハクは焦点の定まらない目でぼんやりとミラを見つめている。

 心身ともに消耗しきっている今のコハクに、この不条理な存在を受け入れる余裕は無いだろう。

 

「引き返すなんてとんでもない! 言ったろ? 君たちには女神を殺してもらわないといけないんだ」

 こんな時に突然現れて勝手なことを言うミラに無性に腹が立った。

「あんな話で『はいそうですか』と請け負えるわけないだろ」

 怒りに任せてそう言い返すと、ミラは腕組みをして考える()()をする。

「君の言うことはもっともだ。だけどもう時間がない。女神が”鍵”を手に入れてしまえば全部終わっちゃうんだから」

 相変わらずミラの言うことは要点をはぐらかしていて全貌が掴めない。

 今はとにかく、その態度も、要請も、話す内容も全てが癇に障った。

 

「”鍵”とはなんだ?」

 自分でも驚くほど険のある言い方だった。

 しかし、ミラは意にも介さず飄々とした態度を崩さない。

「ちょっと待ってね――あ、それは言ってもいいみたい。”鍵”ってのはズバリ、女神がオービスに顕現するための最後のピースさ」

 ミラはゲームのアイテムを紹介するような気やすさで言う。

 

 女神が地球(オービス)に顕現する――

 それが何を意味するのかは景真には分からないし、ミラに尋ねたところでまともな回答な得られないだろう。

 

「それはどこにある?」

「それは知らない。向こうはもう、目星を付けてるみたいだけどね」

 ミラがふわりと景真の手を離れ、コハクの目の前に止まる。

「コハクちゃんは故郷が心配なんだね? でも、ネビュラ救世教を止めたいならそれこそさっさと女神を殺すべきだよ」

「……どうして?」

 コハクの声は掠れている。

「そりゃあ、奴らを動かしてるのは女神だからね。女神さえ殺せば万事解決! 世界に平和が訪れてハッピーエンドを迎えるわけさ!」

「そんな話が信じられるか!!」

 思わず声を荒げてしまい、慌てて景真は声を潜める。

「……俺たちを操りたいなら、情報を全て寄越せ。お前の話を信じるかどうかはそれを聞いてからだ」

「うん。だから人の話は最後まで聞くもんさ。この先のアゲントの町に、銀鉱脈を掘り尽くして閉ざされた廃坑がある。そこに来てよ」

 ミラは再び景真の手のひらに立つ。

「ただし――」

 そのまま、その姿が紋様の中へと飲み込まれていく。


「世界の真実を知る覚悟をしておいてね」

 

 景真の手のひらから突き出た小さな手が、ひらひらと二回振られ、その中へと消えていった。

 

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