第十一話 表 ひとひらのメール
「燈さんは、乾さんの話をどう思いました?」
遼は夕食に使った皿をすすぎ、それを隣に立つ燈に手渡しながら尋ねる。
燈は受け取った皿を慎重な手つきで拭き、ディッシュスタンドに立てた。
「……ナノマシンって漫画とか映画でしか知らないので、どこまで話を理解できたか分からないけど……」
燈が言葉を選び、その沈黙に水音とエアコンの音が滑り込む。
ヒスイは疲れたのか、夕食後にソファーに座るとそのまま眠ってしまった。
まだアニマが回復しきっていないのかもしれない。
「……神託の時に感じることがあったんです。未来を視ているというより”計算してる”みたいだなって。だから、なんか納得しちゃいました」
思わず燈の顔を見る。
それは遼も以前、ヒスイの未来視に覚えた感覚だった。
人の形をしたスーパーコンピュータが未来を演算している。
それが彼女の体内で動くナノマシンによるものだというのなら
その感覚にピタリと一致する。
「私も燈さんと同じことを感じたことがあります。ですが、そうなるとヒスイさんから聞いたネビュラの文明レベルと噛み合わない」
「……そうですね。乾さんは、それより前の古代文明が残したものかもって言ってましたけど」
乾の仮説なら辻褄は合うかもしれないが根拠が薄く、飛躍しすぎに思えた。
もっとも、地球にいて得られる”根拠”など、どれだけあるのだろうか。
「ところで、なんでアニマについて調べてるんですか?」
片付けが終わり、燈がエプロンを脱ぎながら言う。
「ヒスイさんの体調管理のためと――ネビュラへの扉を開く鍵になるかもしれないからです」
「鍵……ですか?」
「未来視で空穴がいつ、どこに開くかが分かればそこからヒスイさんを送り返せるかもしれない。使い方によっては空穴を拡げたり、安定させることもできるかもしれない、と考えています」
「なるほど……」
燈は顎に手を当てて考え込んでいる。
春華がもしネビュラにいるのであれば、遼は自らネビュラに飛ぶ覚悟もある。
いずれにせよ、ネビュラと行き来する手段さえ分かれば事態は劇的に進行するだろう。
そこに辿り着くための鍵がアニマと、教団だ。
「あれから苔守村の教団施設に何か動きはありましたか?」
「そうだ、一週間くらい前に教団の偉い人が来てました。真っ黒な大きい車で直接乗り付けて」
遼はごくりと生唾を飲んだ。
「……どんな人でした?」
「真っ黒な長い髪の、もの凄く綺麗な女の人」
――御堂コトネ。
脳裏に焼き付いている。
夕陽に照らされたあの、恐ろしい笑顔が。
「それからはいつも通り。……ちょっと人の出入りが減ったかな」
やはり教団はヒスイの存在は知っていて、その監視のために施設を置いていたのだろう。
ヒスイが村を離れ、用済みになった施設の規模を縮小し、代わりに監視すべき対象へと監視の目を移した――
ヒスイは、ここにいる。
胸の内で不安が暗雲のように広がっていく。
今、こうしている姿も奴らに見られているのではないか。
捕えようと思えばいつでも捕えられるのにあえて泳がされているのではないか。
遼は誰にともなくかぶりを振る。
それは考えても仕方のないことだ。
教団は春華の行方も、ネビュラとの繋がりも全てを握っている。
ならばどれだけ危険でも、こちらからその懐に飛び込まなければならない。
「とりあえず、ヒスイさんを布団に寝かせましょう。燈さんは……」
そこでふと、燈の分の寝具が無いことに気づく。
「……うっかりしていました。私はソファーで寝るのでベッドを使ってください」
「あ、私ソファーでいいですよ。遼さんはしっかり体を休めてください。なんだったらヒスイ様にくっついて寝るので!」
客人にそれは、と言いかけたがウキウキとヒスイの布団を広げる姿に考えを改めた。
「ヒスイ様、お布団敷いたんでそっちで寝ましょうね」
子供を寝かしつけるように優しく体をゆする。
「んぅ……」
八割がた夢の中にいるヒスイを布団に横たえ、燈が満足げに息をついた。
布団に寝かされたヒスイは、すぐにまた静かな寝息を立て始める。
村ではずっと、燈はこうして彼女の世話を焼いてきたのだろう。
昼間は母に甘える娘のようだったが、今はそれが逆転して見えた。
「お疲れ様です。シャワーお先にどうぞ」
「はーい!」
燈は元気よく返事をすると、キャリーケースの中から着替えを取り出すと鼻歌まじりに洗面所に向かった。
遼はスマートフォンを開く。
一つ、思いついたことがあった。
ネビュラにいるという景真にこちらから電話をかけることはできない。
景真の近くに空穴が開き、尚且つこちら側の空穴が基地局の範囲に繋がらなければならず奇跡的にそのタイミングで発信しなければならないからだ。
だがメールなどのメッセージなら、偶然それらの条件を満たした際にネビュラ側で受信できるのではないかと考えたのだ。
「文面は……」
ちゃんと届くかも分からず、向こうが返事をするにも再度空穴との遭遇を待たなければならないことを考えると、1ラリーでもできれば儲けものだろうか。
悩んだ末、まず春華の足取りは依然不明であることと、アニマについて分かった事実。
次に、そこから乾が導き出した仮説。
そしてネビュラ側で得られた情報があれば教えてほしい、という問いをメールに打ち込んだ。
これならば、景真からの返信が難しくてもあちらでこの情報を活かせるかもしれない。
送信ボタンを押す。
一瞬の沈黙の後、メールは送信済みに置き換わった。
あとは、メッセージの保管期間中に景真が空穴に遭遇すればメールが受信されるはずだ。
エラーメッセージとして戻ってきたら、再度送信すればいい。
スマートフォンを置こうとした時、手の中で短く振動した。
まさかという思いで画面を見る。
一瞬、景真からの返信の可能性を考えたが、さすがに早すぎる。
液晶に映し出された通知を見る。
それは滅多に向こうから連絡してくることがない――父、一ノ瀬湊からのメッセージだった。




