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エピローグ 神なき世界 表 後

 太陽は山の向こうに姿を隠したが、そこから漏れる光だけが一ノ瀬家のリビングを照らしている。

 

 遼と春華は戻って来てから一週間ほどこの実家で寝泊まりしている。

 雪に閉ざされた森のように静かだったこの家が突然、南国のように賑やかになったものだから近所の人にも驚かれた。

 今日は今回の件で世話になった人たちを集めて飲み会をすると、二人揃って出かけて行った。

 二人きりの家は、静けさこそ戻ったがその温度は一人の時とはまるで違って感じられる。


 遼はその言葉通り、かなたと春華を連れ無事に帰って来た。

 全てを失ったと、そう覚悟――いや、諦めていたのに、息子はその全てを覆したのだ。

 

 遼たちの口から語られる顛末は現実離れしていて、しかし湊はその全てを事実として受け取った。

 かつて湊はかなたという存在を解き明かしたいと望んだ。

 そしてその答えは、この世界には存在しなかったのだ。

 

 「……不思議な感じ。この家には一年も住んでなかったのに、帰って来たんだって、心からそう思える」

 かなたはソファーに掛け、湊の肩に頭を預ける。


 ――隣にかなたがいる。


 今でも、夢の中にいるのではないかと思う。

 あるいはその前の27年こそが、悪夢の中だったのだろうか。

 肩に感じる重みと体温を確かめるように撫でると、季節外れの銀雪を思わせる髪がさらさらと指の間を滑り落ちる。

 次の瞬間にこの温もりも霧のように消え失せ、子供たちも帰ってこない。

 あれからずっと、そんな言いようのない不安に駆られていた。


「……時間の問題じゃない。場所でもない。ここが君にとっての帰るべきところなんだ」

 そうあって欲しい。

 だからこそ今ここにかなたがいるのだと、そう思いたいがゆえの言葉だった。

「そうだね。――27年、か。新築だったのにすっかり古ぼけちゃったけど、なんだかそうなってくのをずっと見てたような気もするよ」

「春華も、遼も大人になった。君を連れて、帰ってきた」

 声が詰まる。

「……私はあの日、諦めて……かなた……君のことを見捨てた。そうするしかなかったと、自分に言い聞かせて生きてきた……。そんな私に……君といる資格があるのか……?」

 押し留めていた言葉が堰を切ったように溢れ始める。

 この後に及んでなお、かなたの寛恕(かんじょ)を乞うような言葉を吐く己の弱さが本当に嫌だった。にも関わらず口をついた言葉を止めることはできなかった。

 

 「湊さんはあの子たちを守って、立派に育ててくれた。しかもその子たちが私を迎えにきてくれたんだよ?」

 かなたは胸に手を当てて湊の目を見る。

「それに、あなたに資格がないのなら私の資格を行使します! こんなに長く離れてたんだから! もう死ぬまで……ううん、死んでも離れるつもりはないので!」

 そう言って胸を張るかなたを湊は力いっぱい抱きしめた。

 何も言わず、ただその存在を確かめるように。

 

「……もうどこにもいかないから。ね、泣かないで」

 かなたの細い指が、湊の髪を漉くように撫でる。

「……ああ。ずっと一緒だ」

「……うん」

 なんとか絞り出したその言葉に、かなたは微笑んでから頷いた。


 その後、二人はこの27年間のことを語り合った。

 時間も忘れて、互いの人生の全てを分け合うように。

 何時間も何時間も――かなたの腹の虫が高い声で鳴くまで。

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