エンディング かえるべきところ 裏
次元の修復は成された。
ネビュラからアニマは消え、それとともにこの惑星全土に拡張していた景真の意識も元の形へと収束していた。
星の全てを識り、観測する力を失い、残ったのは大きな安堵だった。
「コハク、体調に変化は無いか?」
「うーん……変わらない、かな?」
コハクは自らの体を見回すようにくるくると回ってから答える。
アニマは、この星の生物が持つ本来の生命維持には関与していなかった。
ただし免疫を補強し、長命種であればその寿命を大きく引き伸ばす役目を担っていた。
それが失われるということが何を意味するのか、景真は全て知っていた。
知った上で、この世界から、人々からアニマを奪ったのだ。
扉を出ると、そこにはヴァルゴの姿は無かった。
役目を終え、この場を立ち去ったのだろうか。
元来た道を引き返し、門のある広間へ向かう。
扉が開き、広間を見渡す。
「アニマが消え失せて……こんなことが……」
力を失ったタウラスが、呆然と立ち尽くしている。
そこにさっきまではいなかった人影が一人、所在なさげに立っていた。
深緑の瞳を持ち、オービスの衣装に身を包んだ狐族の女性。
そうか、あれがきっと――
「……!! お母さん!!」
コハクが駆け出し、その女性に飛びつく。
「……コハク……なのね」
「うん……ずっと……ずっと探してたんだよ」
「急にいなくなって、あなたにも、あの人にも……本当に……」
四百年。
景真には想像もつかないほどの時を、二人は世界の壁によって隔てられてきた。
そして、それほどの時が過ぎても会いといというその気持ちは変わらなかったのだろう。
母を、父を、家族を想う。
――もう二度と、会えぬ家族を。
別れすら告げず、突然消えた景真を両親は探すだろうか。
事情を知る春華や遼も説明などしようもないだろう。
胸がズキンと痛み、思わず右手で服を握りしめる。
覚悟はしていた。
それでも傷は残る。
「お父さんは……お母さんがいなくなってから、しばらくして……」
「……そう……なのね」
ヒスイの尻尾が垂れ、その先が震える。
「……コハクは、強くなりましたね。一人きりで……よく」
「一人じゃ、なかったよ」
黄褐色の瞳に赤い炎が揺れる。
「ニャーラに、ゴンドのみんながいた。それに今は――」
その瞳が景真を見、ヒスイもその視線を追う。
景真と目が合うとその目が柔らかく細まった。
「――そう。景真さん、ありがとう」
「逆ですよ。コハクには助けられてばっかりで。出会えてなかったら、俺はとっくに死んでます」
謙遜でもなくそう返す。
「ふふ。きっと、お互い様なのね。――でも、帰ってしまうんですね」
その言葉に景真は目を伏せる。
「……俺はもう、帰れません。もう二度と、オービスへの扉は開かない」
景真の言葉にヒスイは目を見開く。
「……アニマを感じないのは……まさか……ここだけではないの? いえ、わたしの中からも……」
「もうこのネビュラに、アニマはありません。空穴ももう二度と開くことはない。――二つの世界は、永遠に分かたれたんです」
沈黙が三人の間に横たわる。
ヒスイが大きく息を吸った。
「わかりました! なら景真さんは今日からうちの家族です! さあコハク、景真さん、ゴンドに帰りましょう!」
そう捲し立て、母の大声に驚くコハクの袖を引く。
「お母さん、ちょっと……ちょっと落ち着いて」
そう言ってコハクは広間の角を指差す。
その指の先には――
「……ジュスト!? ジュストなの!?」
ヒスイが驚きの声を上げる。
「……やっと気づいたか。久しいな」
全登がぐったりとメノウに身を預けるように横たえ、その周囲には生き残った十二剣が立っていた。
「よく生き延び……帰ってきた。四百年……互いに思い続けていたが故の結末か。まったく、頭が下がる」
全登はヒスイとコハクを交互に見やって言う。
「なぜ……? 時間がズレて……? でもコハクはこんなに大きく――」
「落ち着け。あれから俺はアニマによって四百年生かされてきた。そして……その魔法が解けた。それだけのことだ」
「……俺がやったことだ。こうなることも、全部わかってた」
景真が前へと進み出る。
「気にするな。もう俺の仕事は終わった。お前が、終わらせたんだ。お前は世界を、人の手に取り戻した。胸を張れ――我が末裔」
満足げに笑み、その目が閉じられる。
景真は胸を張って立ち、全登に別れを告げる。
「ああ……お疲れ、全登」
「……ああ。本当に……疲れた……。眠たいな……。眠気など感じたのは……いつ以来か……」
四百年の邂逅は果たされ、
四百年の戦いは終わりを告げる。
人も、魂も、世界の形すらも、かえるべきところへかえってゆく。




