最終話 合 分かたれる世界 中
意識が広がる。
世界と繋がり、世界とひとつになる。
この惑星の全てが、手に取るように視え、聞こえ、識り、理解できてしまう。
これが”鍵”の力か。
遼は「受け取ればわかる」と言ったが、その意味が今なら痛いほどよくわかる。
全知にして全能。
ネビュラの一万年の歴史、何が起き、誰が生き、現在に至るのか。
その全てを、本を捲るように閲覧できる。
アニマとはこの世界の奇跡の源であると同時に、万能の記録装置だ。
この星で紡がれてきた歴史も、小さな幸せも、大きな悲劇も、その淵源すらも、その全てが今、景真の前に開陳されている。
畏れ、慄き、感動し――次に湧いた感情はこれだ。
『あいつ、とんでもないものを押し付けやがった』
これではまるきり神様だ。
手に余るなんてものじゃない。
この世界の未来を丸ごと思うままにできてしまう力だ。
無数の未来、無数の選択肢。
その中から、この手で一つだけを選び取らなければならない。
そんなもの、三流雑誌のライターに任せていい仕事じゃあないだろう。
だけど――これは俺の仕事だ。
託された。
識ってしまった。
迷いはない。
やるべきことは決めた。
けれど、その前に会うべき相手がいる。
まずは眼前の障害だ。
「タウラス」
景真小さく唱えたその言葉は、この広間にいる全員の耳に他のどの音よりも確実に届いた。
タウラスの巨体が、ピタリと動きを止める。
「全てが終わるまでそこで大人しくしていろ」
言葉が力を持つ。
アニマを持つ者には決して抗えない力を。
「ぬ……ぐ……動けぬ。これは……この力は……」
タウラスは汗を垂らすばかりで、巨体はその意思に反し動かない。
「……なるほど、これが”鍵”か。敗れたのだな、我々は……」
そう言って頭を垂れ、タウラスは抵抗をやめた。
「先輩」
何が起きたのか理解できず、戸惑うように景真を見ていた春華のところへ向かう。
「……カゲ君? さっきの電話は……あの大きな人は……? いや、聞いてもきっと理解できないね」
「電話は遼からです。あいつから押し付けられました。全ての、後始末を」
苦笑いしながら報告する。
「……遼はそういうところがあるね。末っ子だからかな」
「戻ったら俺の代わりに文句言っといてください。――でも、ここまで来られたのはあいつのお陰でもあるって、そう思ってます」
「――うん。きっと、君たちは良い友人になれるよ」
二人の間に沈黙が横たわる。
「……これから先輩を地球へ……遼のところへ送ります」
「君は?」
「……全部片付けてから帰ります」
胸がチクリと痛む。
「……そっか」
何かを察したように、春華のまつ毛が伏せられた。
黒い紋様の手前まで進んだ春華がくるりと振り返る。
「君が好きだよ」
花が咲いたような笑顔でなんでもないことのように、春華は言った。
「家族でもない異性と……いや、人と離れたくないって、初めて思ったんだ。あの日――教団施設に取材に向かう時にね」
心臓を鷲掴みにされたような顔で景真は春華を見た。
自覚する。
春華に対して抱いていたものが尊敬や親愛、友情。それだけではなかったことに。
本当は、ずっと前からわかっていたのに目を背けていたのだ。
自分なんかに釣り合うはずがない。
二人目の弟くらいにしか思われてはいない、と。
伝えたい言葉は山ほどあった。
言えなかった気持ちも、気づけなかった想いも、見て見ぬふりをしてきた感情も。
だけど、それを言葉にはできなかった。
そうすればきっと、先輩を縛り付けてしまうから。
「……返事は、君が帰ってきてから聞くことにするよ。今はすべきことがあるのだろう?」
俯き、言葉に詰まる景真にそう言うとそのまま一歩、後ろに下がって魔法陣に入る。
「……またね。待ってるから――」
その姿が消える。
もう二度と、会うことは叶わないその姿が。
「……待たないで……ください」
春華の立っていたその場所に独りごちたその言葉を、コハクだけが聞いていた。




