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最終話 合 分かたれる世界 前


 慣れた動作で画面に指を滑らせ、着信を受ける。


 「遼だな?」

 発信元は非通知だった。しかし確信があったのだ。

 向こうからかかってくるのは初めてだったが、一切の疑いを持たなかった。

『明石さん。今、大丈夫ですか?』

 向こうも迷いなく応える。

 まるで目の前で話しているかのような、異様にクリアな音声だった。

 

 「――! 誰と話している?」

 タウラスが景真の動きに気づき、そちらを向く。

 が、その行く手は大剣の女に阻まれた。

「こんないい女が目の前にいるってのに、男に目移りしてんじゃ――ないよ!」

 下から斜めに分厚い刃が空気を裂きながら乱暴に振り抜かれる。

 タウラスはすんでのところで両の斧を構えて防ぐ。

 金属のぶつかり合う音が空気を揺らし、火花が激しく散る。

「図体の割にいい反応じゃないか。けど――」

「背中がガラ空きだ!!」

 直剣の男が跳躍し、回転しながら右上腕二頭筋を斬りつける。

「ぐっ……!」

 垂れ下がった腕を足場に全登が跳び、その首筋を捉える。

 と同時に、片手になった防御を大剣が押し返すとそのまま刃を翻して手首の腱を断つ。

 

「大丈夫かと聞かれると、どうなんだこれは……」

 目の前で繰り広げられる現実離れした戦いを見て、景真は言い淀む。

「けど安心しろ、先輩と合流した。無事だ。なんとかそっちへ送り返すから待ってろ」

 スピーカーから安堵のため息が聞こえる。

『……いずれにせよゆっくり話している時間は無さそうですね。手短に言います。これから、こちらで出会ったネビュラ人をそちらに転送しますので保護をお願いします。そして明石さんに”鍵”をお渡しします』

「”鍵”を俺に? なぜだ?」

 オルフェナの勢力が喉から手が出るほど欲していたという”鍵”。

 それがあれば全てのアニマを掌握できると言うが、その意味するところを景真は知らない。

『それは受け取ればわかります。そして、どう使うかはあなたにお任せします』

「なんだかよくわからないけどわかった! 送ってくれ!」

『これを送ったら通話が切れます。――帰って来たら会いましょう。積もる話もありますので』

「ああ、俺もだ。一回の飲みじゃ語り切れないくらいにな」

 

 通話が切れる。

 

 代わりにほんの数個のアニマが空穴を通り、景真のスマートフォンを経由し、耳から脳へ侵入する。

 

 それは景真の体内を巡るアニマを集め、情報を転写していく。

 繋ぎ、写し、さらに繋ぐ。

 やがてそれらは形を成す。


 ――“鍵”の形を。



 「ヒスイさん。門が開きます」

「……”鍵”を手放したのですね、遼」

「私には無用の長物です。この世界にも。ルカスさん、あなたはどうされますか?」

「俺はここでアリエスと差し違えて死ぬつもりだった……誰かさんのせいで生き延びてしまったが」

 ルカスは自嘲するように笑う。

「ネビュラへ帰る。帰る場所などないが――ここにいるべきじゃない」

「ルカス……私は……」

 かなたが俯いたまま言う。

「お前は帰るべき場所へ帰れ。……家族のところへ」

 白銀の髪を垂らし、鼻先を赤くするかなたにルカスが微かに笑う。

「そんな顔をするな。帰ったら俺たちの故郷……望郷の里に花でも手向けに行く」

 そう言うと、黒く蠢く魔法陣へ踏み込む。

「……ルカス!」

 かなたの呼び声に、その足が一瞬歩みを止める。

「ありがとう。……さようなら」

 その言葉に振り向くことなく小さく手を振ったルカスはその転送の間際、石となったアリエスを一瞥した。

 

 「さよなら……母さん」

 

 その言葉は空穴に呑まれ、誰の耳に届くこともなかった。


 「燈」

 ヒスイが嗚咽を漏らす燈の顔を見上げる。

「わたしのために泣いてくれてありがとう。燈の人生をわたしのために使わせてしまって、ごめんなさい」

「ぞんな……そんなごど……!」

 燈の背に手を回し、そっと抱き寄せる。

「……この世界に来て、良いことばかりではなかったけれど、決してわたしは不幸ではありませんでした。……燈と過ごしたこの十年はその四百年の中でも――特別な時間でした」

 ヒスイの肩に顔を埋める燈の、震える背中をそっとさすり続ける。まるで、赤子をあやすように。

「……故郷を……家族を失ったあなたにわたしからかけられる言葉なんてないけれど、燈ならきっと、大丈夫。だから前を向いて?」

 顔を上げた燈が涙を湛えて揺れる、翡翠(ヒスイ)の瞳をじっと見つめる。

「……やっぱりヒスイ様の眼、きれいだね」

「ふふ、ありがとう。……あの時、村を出る時にもう、覚悟はしていたつもりだったけれど……ダメですね」

 流れ落ちた涙を指先で拭い、鼻をすする。

「きっと忘れません。苔守村のこと、歴代の巫女たちのこと――燈のこと。何百年先も、きっと」

「私も……忘れない。この村には優しいかみさまがいて、ずっと守ってくれてたんだよって、子供にも、孫が産まれても、話して聞かせるから」

 燈が強く拳を握る。

「……私、村を復興させるよ。おじいちゃんと一緒に」

「ええ。清光に無理しないでって、言っておいてくださいね」

「うん……。でも、あっちじゃもう、ゲームできないね……」

「うっ……。それを言わないでください。帰りたくなくなってしまうので……」

「それは諦めてくださーい」

 笑い合う二人に、遼が告げる。

「ヒスイさん、そろそろ門が閉じます」

「はい。遼――あなたにも、数え切れないほどお世話になりました」

「礼なんか不要ですよ。私たちは()()()ですから」

「ふふ、そうですね。でも――それでも、ありがとう」

「……こちらこそ」


 ヒスイが魔法陣へと踏み出し、くるりと振り返る。

「遼、わたしの代わりに燈と()()()()()で遊んであげてくださいね!」

「えっ、それはちょっと……。私はゲームとかは……」

「えーいいじゃないですかー! 私が教えますから!」

 目と鼻を真っ赤に腫らした燈が横に立ち、遼の脇腹をつつく。

「うっ。そこはやめてください。弱いので」

 ヒスイはそんな二人を微笑ましげに眺め、言う。

 

 「――さようなら。二人とも、どうか幸せに」

 

 その姿が闇に消えるまで、二人は笑顔でヒスイを見送った。


 むかしむかし、小さな村に迷い込んだ狐のかみさまのお伽話は――ここに幕を下ろした。


 

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