第三十話 裏 再会 後
巨大な戦鎚が空を切る。
空気が揺れ、離れて立つ景真の顔を戦鎚が起こした風が撫でた。
タウラスが横に薙いだ戦鎚を流れるように振り上げ、体勢を崩すことなくすぐさま全登の頭目掛けて振り下ろす。
それを見て、全登は迷うことなく前へ出る。
神速の踏み込み。
タウラスの懐に入り脇腹と脚の腱を切りつける。
肉を切ったとは思えぬ硬質な音が響き、鮮血が滴る。
巨大を支える脚を刈られ、否が応にも体勢を崩されたタウラスに四人の十二剣が襲いかかる。
四方からの斬撃、あるいは刺突。
タウラスは急所を防御したが、両腕と両脚に傷を負った。
「コウギョク。お前はその女を見張っていろ。妙な動きをすれば迷わず斬れ」
「御意」
全登の指示で一人が戦列を離れ、ヴァルゴを間合いに捉える。
ヴァルゴはそれを見ても何も言わず、静かに戦況を見守っていた。
「――見事だテルズミ。その牙、よくぞここまで磨き上げたものだ。やはり237年前のあの日、お前は殺しておくべきだった」
「そうだ。貴様らは誤った。全能を気取っていてもそんなものだ」
言いながら、全登は再びタウラスの懐へと斬り込む。
片手で振り下ろされた戦鎚の、その先へ――
タウラスの巨大な左拳が全登の体に横から叩き込まれた。
全身の骨が軋む。
全登は吹き飛び、戦鎚の柄に接触すると回転しながら壁に叩きつけられた。
鈍い音が広場に響き渡る。
「我らは全能にあらず。全能に仕える者だ。故に敗北は許されん。だが――ふむ、リブラが斃されたか」
全登がゆらりと立ち上がる。
拳の直撃を受けた右腕がだらりと垂れ下がっていた。
「天秤が死んだのか? あのエルフの小僧、なかなかやるじゃないか」
全登は刀を床に突き刺すと、左手で右腕を掴んだ。
服の袖ごと腕を引くと、ガシュッと音を立てて肩から離れ、それを床へ投げ捨てる。
ガシャン。
金属音を残して右腕は床を滑る。
同時にコウギョクと呼ばれた男が新たな腕を投げて寄越すと、全登は左手でそれを掴み右肩に装着した。
動作を確かめるように、機械仕掛けの指を滑らかに動かしてから刀を掴む。
「次は貴様の番だ牡牛。あの日奪われたこの腕の借り、返させてもらう」
「ならば、利息にその首を貰い受ける」
戦鎚がその真ん中から、互い違いに組まれた二振りの戦斧へと分離する。
「洒落た得物だ」
タウラスは両手に斧を構え、跳ぶ。
頭上より垂直に振り下ろされた右手の斧を全登は刀で受け流す。
受け流された斧が床を砕き、返す刀がタウラスの右腕を切り裂いた。
そこへ左の斧が横薙ぎに振るわれる。
「それはもう見たよ!!」
女が大剣を振り上げ、全登とそれに迫るタウラスの左腕の間に現れる。
重厚な刃がタウラス自身の腕の振りも相まり、その筋肉を断ち骨まで到達する。
腕と共に斧も止まり、タウラスは膝をついた。
「ぬ……ぐぅ」
「うえぇ、かったいわね。切断するつもりで振ったのに」
タウラスの血が床を染める。
景真はコハク、春華と身を寄せ合うようにしてただその戦いを見守っていた。
何もできることがない。
遠くから目で追うのがやっとで、あそこに飛び込めば命はない。はっきりとそれがわかる。
何の力も持たない景真にはこのまま決着を待ち、その結果に従う他はない。
無力を痛感し拳を握りしめたその時、耳元で声が響いた。
『ケイマ様』
直接鼓膜を揺らす透き通るような声。さっきも聞いたこれは、ヴァルゴの声だ。
コウギョクに見張られながら立つヴァルゴの方に目をやると、あちらも景真に視線を送っていた。
『先ほどのタウラスの流血で門のロックが第一段階まで解除されました。第二段階で人を通せます。合図するので用意してください』
門とやらが開いたら飛び込め、と言うのだろうか。
やはりその意図が読めない。
訊ねたいことは山ほどあるが、こちらの声は届かないため黙って聞いている他ない。
『……私の行動に疑問を持たれるのは当然です。私は女神の迷いにより生まれました。ほんの一割に満たずとも、母の中には確かに葛藤があったのです』
AIが迷い、葛藤する。
景真はその可能性を完全には否定できなかった。いや、否定したくなかっただけかもしれない。
ミラビリスが見せた感情の片鱗。あれが本物だったと信じたかった。
だから景真は、ヴァルゴに頷いて見せた。それを見て、彼女は淡く微笑んだ。
突然、広間の空気が冷える。
『――っ!? なぜもう門が開こうとしているの?』
室温が下がったわけではない。
照明が落ちたわけでもないのに薄暗くなったように感じる。
全登やタウラスたちも異変に気づき、戦いを止めている。
キィ――
軽い耳鳴りを覚え、辺りを見回す。
この空気に覚えがある。
過去に二度、いや三度味わったはずだ。
この――空穴の発生を。
胸の辺りに振動を感じる。
「まさか……」
内ポケットに手を差し入れ、スマートフォンを取り出す。
発信元は、
――非通知だった。




