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第三十話 裏・外伝 神殺し


 不可視の刃が空気を裂き、木を薙ぎ倒し――騎士を両断する。


 地を走るように襲い来る斬撃に身体を左右に分かたれた騎士はその最期まで、剣を振り上げリブラを鋭く睨み続けていた。


 ギルノールは自らの身と、イシルウェだけをその斬撃から守りつつ槍を繰り出す。それがやっとだった。

 騎士たちの全面に展開した緩衝術式はリブラの攻撃の前には紙切れも同然だった。

 防げぬならかわすしかない。

 イシルウェは緩衝術式から阻害術式に切り替えて、リブラの攻撃をその一部でも逸らすことに集中している。


 リブラの足元から冷気が大地を侵蝕し、足元に迫る。

 イシルウェの術がそれをギリギリで相殺し、ギルノールの槍がリブラの首に迫り、それは剣で防がれる。


 正しく生命線だった。


 このまま戦いが長引けば、イシルウェのアニマは必ず底をつく。

 否、すでにその兆候がある。

 額には汗が滲み、呼吸は浅く、速くなっていた。

 

 リブラは全方位から迫る騎士をその強大な攻撃術式で退けながら、ギルノールと真っ向から相対し、それでいてまるで衰える気配がない。


 底なしのアニマ。


 体内のアニマ総量が多い。それはその一因に過ぎない。

 圧倒的な命令(コマンド)の伝達効率。

 それこそがリブラの、ひいては使徒が持つ最大の優位性だった。


 ネビュラにおける”奇跡”とはつまり、体内のアニマに命令(コマンド)を入力し、外にあるアニマへ伝達する事で為される。

 その適性が高く、優れた者ほど僅かなアニマにより多くの命令を入力することができる。

 つまり、より少ないアニマで、より大きな結果を生み出せるのだ。

 そしてそれは同時に、その周囲に存在する限られたアニマの奪い合いを有利にすることをも意味する。


 イシルウェは大陸随一の術者だ。

 軍全体に及ぶ強化と妨害の術に秀で、互角の戦いをたった一人で70:30にまで優位にするとすら噂される。


 そのイシルウェですらことアニマの操作に関しては、女神が自ら設計(デザイン)し生み出したこの使徒の前では凡夫も同然だった。

 

「いやはや、参りましたね。これほどまでとは」

 眼鏡を押さえ、イシルウェがこぼす。

「あとどれくらい持つ?」

 ギルノールがリブラの剣を槍で受け止め、柄を回転させて弾く。

「5分……いえ、3分ですね。」

「……決着を急ごう」


 「何をボソボソ話してる木偶(デク)ども! さっさと僕の前に平伏し這いつくばれ!」

 イシルウェは全力で術式を展開しながらリブラを観察する。

 汗一滴かかず、アニマの流れは淀みない。

 しかしその焦り、精神的揺らぎをイシルウェは感じ取っていた。

 

 恐らくこの男は今までただの一度も敗北を喫した事がない。

 それどころか、まともに戦った事すらないのではないか。

 圧倒的な力による制圧と虐殺。

 それしか知らぬこの男は、これだけ打ち合ってなお倒れず、自らに傷をすら負わせる()に初めて遭遇したのだ。


 イシルウェはこの戦いに挑むにあたり、百年以上もの間戦略を練り上げてきた。

 使徒の力量を正確に把握することは不可能に近い。

 そこで、過去の騎士団の交戦記録を読み耽り、想定される最大値にその強さを設定した。

 

 使徒を斃すためになら、その命を投げ打つ覚悟を持つ精兵を二百名。武技を鍛え、連携を叩き込み、自らの術式に取り込んだ。


 そしてその中核こそがギルノールだ。

 使徒を屠る。それを宿命付けられた一族に生を受け、目の前で父親をその使徒によって殺された”炎星”。

 武において天賦の才を持ち、神をも恐れず、誰よりも使徒を憎み、その首を欲する男。


 イシルウェが鍛え上げた”神殺しの槍”。


 その槍を振るっていたのは、紛れもなくイシルウェその人だった。


 リブラの力はイシルウェの設定を僅かに上回っていた。

 しかしこの誤差も想定の範囲内だ。

 

 この槍は、その首に届く。


 騎士が三人、同時にリブラへと斬りかかる。

 斬撃が三度走る。

 内二人はリブラの刃で縦、横に両断され血の花を撒き散らす。

 三人目も脚を失ったが、倒れ込みながら右手の剣をリブラ目掛けて投擲する。

「下らないッ!」

 剣はリブラの頬を掠め、四本目の斬撃がその騎士の首を刎ねた。

 

 ドッ。


 ()()()の槍が、リブラの背から腹を貫いていた。

 イシルウェの認識阻害術式(ジャミング)によって隠匿されていた、第四の刃がリブラを捉えていた。

 傷口から赤い血が溢れ、信じられないという風に首だけで背後を振り返る。

「雑兵……がァ……ッ!!」

 リブラの剣が風を裂き、四人目を切り刻む。


 腹から槍を抜き、アニマを集めて傷を埋める。

 これまで使ったこともないのだろう。

 その強大な力とは裏腹に、なんとも稚拙な治癒術式だった。


 ギルノールは静かにその身体、その槍にアニマを通わせ、練り上げていた。


 静かな蒼焔を宿した目が開かれる。


 地を蹴り、突進する。


 「来るなァ……!!」

 リブラの刃が一閃する。

 左腕で身体を庇い、イシルウェがその腕に()を張る。

 盾は抜かれ、左腕が宙を舞い、ギルノールの上体は深く切り裂かれた。


 しかし、その槍は止まらない。


 焔を纏い、リブラが咄嗟に張った防御術と拮抗する。

 それもほんの刹那の時だった。

 槍の穂先が術を穿ち閃光を発し――その首を貫いた。

 

「ガ……ァ……グ……」

 喉を貫かれ、踏み潰された蛙のように呻くリブラの身体が内側からぶすぶすと燻り出す。

「……灰燼と帰すがいい。紛い物の、神の子よ」

 その首に槍を突き立てられたままリブラが仰向けに倒れるとその体から青い炎が上がり、激しく燃え上がる。

 炎が静けさを取り戻した森を明るく照らし出し、ギルノールとイシルウェ、生き残った騎士たちの影をゆらゆらと伸ばす。

 

 やがて燃え尽き、残ったのは黒く人の形をした燃え滓だけだった。


 身じろぎ一つせず、燃える炎を見つめていたギルノールの体が揺らぎ、傾ぐ。

 そのまま、ふら……と後ろへ倒れ込んだ。

 

 「……お見事でした、将軍」

 イシルウェが跪いて言う。

「ふ……、君の宿願は叶ったか。神殺し」

「……ええ。もはや心残りはありません」

「逝くのは私だ。君はまた、残った使徒を狩れ」

「ではまた、百年かけて用意せねばなりませんな」

 ギルノールは微かに笑い、静かに目を閉じた。

 

 「……父……上……」


 人が神を屠ったこの記録は、歴史書に記されることはなかった。

 

 しかし悪魔を討った”炎星”ギルノールの戦いは、物語となってこの後千年、語り継がれることになる。

 

 

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