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第二十九話 裏 未来の遺構 中


 蹄が土を掻き、(たてがみ)が夜風に揺れる。


 左手に聳える巨大な方舟。その向こう側、南の方角で二度、三度強烈な閃光が夜空を照らした。

 それに遅れて、ズン……と地響きのような爆発音が届く。


 「”第三の翼”も動いたようだ。イシルウェ、君はこのタイミングをどう見る?」

 ギルノールが並走するイシルウェに訊ねる。

 先発して聖堂騎士団の残兵を探していたイシルウェだったが、誰一人見つけられずギルノール率いる本隊に合流していた。

「理に適っているかと! 彼らの目的はこの戦争の勝利ではありません! 我らを陽動として方舟に潜入する腹積りでしょう! ならば我らが動いた今こそ、彼らにとり絶好の機! ですが!」

 地鳴りの如き進軍の音に負けぬよう、イシルウェは声を張る。

「それはこちらも百も承知! “第三の翼”の動きをも我が策に組み込み、将軍と公国に勝利を齎しましょう!」

「ああ、頼りにしている」


 「そろそろ会敵する可能性がある地点に入ります。警戒を」

 イシルウェが星の位置を確認して言う。

 先頭を行くギルノールは徐々に馬の足を緩め、停止する。

 全軍が進軍を止めると、辺りは異様なほどの静けさだった。

 方舟の方向から側面を突かれることを警戒していたが、その気配もない。


 全方位に斥候を走らせつつ、ゆっくりと西の斜面を登る。

 この先に聖堂騎士団の本陣がある。

 斥候から敵を発見したという報せの無いまま斜面を登りきり、森へ入る。


 森の中もまた、静まり返っていた。

 まるで、何もかもが死に絶えたように。


 木々の向こうに、揺れる光が見えた。

 ギルノールが手で合図を出すと隊は左右に展開し、その光源を包囲していく。


 ギルノールはイシルウェだけを伴いその包囲の中、馬を降りて光へと近づく。


 篝火が弱々しく燃えている。

 その周囲には夥しい数の死体。

 いずれも聖堂騎士団のものだ。


 そして、その前には白銀の甲冑を纏った男の姿があった。

 男はこちらに背を向けて椅子に掛け、頬杖をついて揺れる炎を眺めている。


 「使徒リブラだな」

 ギルノールがその背中に向けて槍を突きつける。

 穂先が炎を映して輝く。

 

 「たった二人? ――いや、囲まれてるのか。驚いたな、この僕に気づかせないなんて。そっちの君の術かい?」

 イシルウェが眼鏡を押さえる。

「いかにも。今宵はその首を貰い受けに参りました」

「――へぇ? 僕も……いや、使徒も随分とみくびられたものだねぇ」

 ギィン!

 周囲の森で剣戟の音が響く。

 一箇所ではない。

 音は全方位から鳴っている。

「僕を包囲してるつもりだった? 逆だよ。君たちは蜘蛛の巣に掛かったんだ」


 金属音、足音、そして悲鳴が漆黒の森を染め上げていく。


 しかしギルノールは表情も変えず、その槍をリブラの首目掛けて衝く。

 目にも止まらぬその衝きをリブラは身を翻してかわし、回転して立ち上がる。

「おっと。じきに雑兵を始末した僕の手駒がここに殺到するよ。その時君たちはどんな顔をするのかな?」

 言いながら、次々と繰り出されるギルノールの衝きを舞うような動きでかわしていく。

 その間リブラは剣を抜かず、一切の反撃をしなかった。まるで、舞台が整うのを待っているように。

 

 周囲で上がっていた音が徐々に収まり、森の中から続々と人影が陣内へと現れる。


 だがリブラの思惑と異なり、現れたのは黒衣を纏った異端者たちではない。

 公国の紋章が描かれた外套を羽織った騎士たちだった。

 リブラの目が驚きに見開かれる。


 「彼らはあなたを包囲していたのではありません。――()()()()()()()()()のですよ」

 イシルウェの眼鏡が光り、宣告する。

 それに続くように、ギルノールが攻撃を繰り出しながら言う。

「そして今、ここにいる使徒は貴様一人。なぜなら」

 次の瞬間、ギルノールの槍がリブラの左肩を捉えた。

「――貴様らは己の力を微塵も疑うことができないからだ」

 

 引き抜かれた穂先から鮮血が滴る。

「ほう、使徒の血も赤いのだな」

 土の上に落ちた血をギルノールが見下ろす。


 リブラは肩を押さえてから、その右手に赤く光る血を呆然と眺めていた。

「……木偶(デク)風情が、母上が完璧に造り上げたこの僕に――この完璧な肉体に傷を……」

 ぼそぼそと呟き、血に濡れたままの手のひらで自らの頬を押さえる。

 

「許せない許せない許せない許せない許せない許して許せない許せない許せない」

 

 森を満たすアニマがこの場所、リブラに向け渦を巻いて流れ込んでくる。

 アニマそのものが意思を持ち、世界そのものが慟哭しているかの如く、その殺意が全方位からこの場にいる全員へ向けられる。


 ゆったりと槍を回転させ、構える。

「これは戦ではない! 神の子を気取る獣を仕留める()()だ! 全軍、その魂を槍とせよ! 女神の加護は我らにあり!」

 ギルノールの喊声(かんせい)に呼応するように雄叫びが上がり、森を揺るがす。


 リブラがだらりと腕を垂らし、その手がゆっくりと左腰の剣を掴んだ。

 ギルノールが点火した空気が一瞬で凍りつく。

 

 時が止まる。

 

 次の瞬間、その背後に槍を構えて迫っていた騎士の身体が右肩から左の腰へと斜めに滑り落ち、血の海に沈んだ。

 しかしリブラの剣は鞘に納められたままだ。


 勢いのままリブラに挑みかかろうとしていた騎士たちに動揺が走るが、それに構うことなくギルノールが渾身の槍を繰り出す。

 ライフル弾のように疾く、正確に放たれたその一撃をリブラはいつの間にか抜き放たれた剣で防ぐ。

 

 「お前はこの私が必ず仕留める! 一族の宿怨、今日この時に――晴らす!!」

 リブラの剣が弾かれ、薙いだ槍がその胸を切り裂く。


 妨害術と強化術を同時に展開しながら次なる策を練っていたイシルウェは、火花に照らされたそれを見た。


 滅多に笑わぬその男の顔に張り付いた、何かに取り憑かれたかの如き笑顔を。


 


 

 

 

 

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