第二十九話 裏 未来の遺構 前
円筒状の通路に滑走路のような線状の照明が三本走っている。
艦内を進む景真たちが起こす音――足音や息遣い、衣擦れはおろか、心音まで聞こえそうなほど静かだった。
しかし、その足の裏に音にならぬ唸りのようなものをずっと感じていた。
CRYO VAULT AREA19
壁面に等間隔に記された文字を読む。
「冷凍……保管庫、か」
小さく呟く。
進むほどにその数字だけが変化していった。どうやら現在地の区画を表しているようだ。
その名から察するに、乗員を冷凍睡眠させていた区域なのだろう。
全長数キロはあろうこの巨大な艦だ。その乗員のほとんどがここで眠りにつき、活動する人員を限定すればそのスペースを節約できる。
ミラビリスは一度の事故で二万人もの乗員を失ったと言っていた。
つまり、少なくとも数万人分の冷凍睡眠装置が、この壁の向こうに並んでいるのだろう。
ふと、通路の一部に覗き窓のようなものが埋め込まれていることに気づく。
その向こうには数え切れないほどの透明な蓋の付いた棺のようなものが並んでおり、それは巨大な集団墓地を連想させた。
装置の中に人影はない。
その空白がどこか、人類の行く末を暗示しているかのようだった。
「ケーマ……あれはなに?」
その異様な光景に、コハクが怯えるように訊ねる。
「冷凍睡眠装置……人を凍らせてたんだ。千年の長旅に耐えられるように」
説明を聞いたコハクは、自らが冷凍されるところを想像したのか顔を青くしている。
目眩を覚える。
この同型艦が五隻、ゆうに十万を超える人々が故郷を捨て、新天地を夢見てはるばるこのネビュラまで旅をしたのだ。
人類という種を生きながらえさせるという、その大義のために。
やがて彼らはこの惑星に辿り着き、冷凍睡眠から目覚めるとこの地に根付いていった。
結果として地球は滅び、ネビュラでは既に一万年もの時を生き延びた。
――オルフェナの加護の元で。
オルフェナは文明を停滞させ、環境を維持することで永遠の楽園を創り上げた。
だが景真にはそれを悪と、間違っていると断じていいものか、未だ葛藤があった。
人類の自立や発展がその滅びと表裏一体なのであれば、種の保存のためにそれらを人類から奪ってしまうのは酷く合理的な選択肢にも思えたからだ。
どれほど歩いただろうか。
変わり映えのない景色に、区画番号だけが変わる通路に飽き飽きした頃に、目の前に隔壁が現れた。
見るからに頑丈そうなそれの手前には、胸より少し低い位置にコンソールが備えられている。
全登が目で景真に合図し、コンソールの前を開ける。
左手でモニターに触れると、またも機械音声が響いた。
『管理者権限を確認。気圧正常。活動居住リングの停止を確認。隔壁を解放します』
「構えろ」
全登が腰の日本刀を抜いて言うと、十二剣も揃って武器を構える。
ガコン、と重厚な音を立てて隔壁が作動する。
空気が弦のように張り詰め、全員の視線が隔壁の向こう側に集中する。
隔壁に小さな隙間が空き、それが広がり、二重構造の隔壁全てが壁面に収納される。
その向こうには、誰も待ち構えてはいなかった。
一斉に息を吐き構えを解いた。
「行くぞ」
全登の言葉で先へと進む。
冷凍睡眠区画と違い、居住区画の通路は床と天井のある見慣れた造りになっていた。
ここから先は遠心力による有重力区域になっていたようだ。
通路の左右に配されている部屋名も、食堂や医務室、中にはバーやジム、映画館と人間味のあるものが並んでおり、霊廟から人里に戻ってきたような安堵感を覚えた。
コハクもここでは、窓の向こうに見える部屋を物珍しそうに眺めては、あれは何かと景真に訊いてきた。
「道は間違いないのか? オルフェナの所へ向かうんだよな」
あまりにも迷いなく先へ進む全登に、景真が思わず尋ねる。
「艦の内部構造はミラビリスから共有されている。隅から隅までこの頭に入っているさ。なにせこの二百年、毎日眺めていたからな」
全登は人差し指でこめかみを叩きながら、ニヤリともせずそう言ってのける。
「これが最短ルートだが……隔壁が降りているな。景真、開けられるか?」
眼前に立ちはだかる隔壁を示し、全登が言う。
「やってみる」
先ほどと同様にコンソールに触れるが、なんの反応もない。
「……動いてないみたいだな」
全登の方を見ると、顎に手を当てて考え込んでいた。
「やむを得ん。迂回するぞ」
全登はそう言って来た道を引き返す。
Recreation room
その扉の前で全登は足を止めた。
「いる」
それだけ言うと、首を振って扉を開くよう景真に指図する。
十二剣の面々は武器を構え、
扉の横のコンソールに触れると、今度は反応があった。
『娯楽室へようこそ。楽しい時間をお過ごしください』
無機質な声が響き、扉が開く。
「こ……子供……?」
そこにいたのは二人の、男女の子供だった。
見た目は十歳前後だろうか。
尖った耳はエルフ族のそれで、その人形のような完璧な愛らしさは庇護欲を掻き立てる。
つまらなそうな顔でビリヤードに興じるその姿すらも愛おしく、一枚の絵画のようだった。
つまり――異様だった。
全登が舌打ちする。
「双子か、厄介だな」
小さく呟き戦斧を構える大男とメノウに目で合図を送る。
「あーやっと来た! もー待ちくたびれちゃったよ。つまんないんだもんこれ、簡単すぎて」
少女の姿をした子供が、まともに背も届かないビリヤード台にしがみつくようにして放ったブレイクショットは、その一撃で1番から9番のボールを全てポケットした。
「ふふっ、ポルックスはすごいでしょ? これでポルックスと勝負する? カストルよりも上手なのよ」
得意げに振り返ったその頭上の空気を切り裂きながら戦斧が少女の頭頂部を襲う。
景真が気づいた時には、大男が少女の目の前に立ち斧はその眼前まで一切の容赦なく迫っていた。
鈍い金属音が空気を揺らす。
少年が間に入り、細いキューでその迅雷の如き斬撃を受け止めていた。
景真の目には少年は突然そこに現れたようにしか見えなかった。
「ポルックス。今日は遊びじゃないんだから、マジメにやらないとまたタウラスに叱られるよ」
少年は巨大な戦斧を眉一つ動かさずに受け止めながら言う。
言い終わるか否かというタイミングで、横から現れたメノウが鍔迫り合いをする少年を蹴り飛ばした。
その小さな体は声も上げずゴム毬のように跳ね、壁に叩きつけられた。
大男はすかさず少女目掛け、最小の動きで斧を振り下ろす。
ゴォッ――。
刃が赤熱し、空気を裂く。
唸りを上げた斧がビリヤード台を両断し――そこには
しかし、そこにはもう少女の姿はなかった。
戦斧の男もメノウも並大抵の強さではない。
戦いに関して、ずぶの素人である景真にもそれははっきりわかる。
しかしこの子供たちはその強さの種類が異なる。それを肌で感じていた。
上とか下とかではなく、比較する対象ではない。
言うなれば、自動車と航空機の性能を比較するような馬鹿馬鹿しさを覚えていた。
「行くぞ!!」
全登が扉を開き声を上げ、大男とメノウはいつの間にかジュークボックスの上に立つ少女と、へこんだ壁を背にゆらりと立ち上がる少年とそれぞれ相対する。
ここは二人に任せ、先へ進む。
それは既定事項であり、第三の翼という組織の不文律だった。
全ては景真を、その左手を女神の元へ送り込むための。
「――いいの?」
部屋を後にしようとした景真の背に、少女の声が刺さる。
それは少女が立っていたはずの遠いジュークボックスの上から投げかけられた声などではなく、耳元で囁かれたように近く、生々しく響いた。
だから、思わず足を止めてしまった。
「知りたくない? ハルカお姉ちゃんのことのこと」
その言葉を無視することは、景真には不可能だった。
半ば無意識のうちに振り返った目線のすぐ下に――少女が立っていた。
人懐こい笑みでこちらを見上げている。
「ね、ケーマお兄ちゃん?」




