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第二十八話 裏 使徒 中



 “女神の足跡”北側、公国騎士団陣内。


 ウェスペル率いるアゲント騎馬隊の奮戦により戦力を温存した公国騎士団は、迫る決戦に向け静かな夜を迎えていた。

 本陣の周囲にいくつもの前哨を置き、周囲に斥候を放ち警戒に当たらせている。

 

 ウェスペルたちは敵の背後を切り崩し、集落に火を放ったのち東へと退いた。

 そこから北東へ移動し、その山中に布陣すると報せがあった。

 これには部隊の位置を秘匿し、公国騎士団と掎角(きかく)の勢を成す狙いがあった。


 樹上に備えられた物見台の上で、猫族の斥候は星明かりを頼りに草原へ夜目を凝らしていた。

 時折り夜鳥が横切る以外、風に草が揺れているだけの単調な景色だ。

 否が応にも眠気に襲われ、そろそろ交代の時間――というところで視線の先に白い何かが見えた。

 その白い影は縦に揺れながら猛然とこちらへ向かってくる。

 

 「――ッ、西より騎兵が接近! 単騎です!」

 樹の下を歩く騎士に向けて言う。

「聖堂騎士団の伝令じゃないか?」

「白い甲冑……聖堂騎士のようですが負傷しています!」

「西で何かあったのか……? 合図を出してやれ!」

「はっ!」

 斥候は松明を手に取ると火を点け、草原を駆ける騎馬に向けて大きく振る。すると、こちらに気づいたのか方向をやや修正して真っ直ぐに接近して来た。


 そのまま森の中に駆け込むと、馬上の白い人影は力尽きたようにずるりと落馬した。

 それは、日中に伝令として公国軍を訪れた聖堂騎士バルドールだった。

 その左腕は肩から切断され、赤黒い血が流れ出ている。

 騎士は素早く治癒術をかけつつ朦朧とするバルドールに声をかける。

「しっかりしろ! む、貴殿は昼間の……何があった!?」

「ギ……ギルノール殿に……至急……」

「おい! すぐに将軍に知らせろ!」

「は……はい!」


 斥候からの報せを受け、ギルノールが駆けつけて来た。

 簡単な止血と治癒術によりひとまず出血は止まっている。しかし、既に多くの血を失っており顔は青白く、呼吸も弱々しい。

「バルドール殿」

 その側に跪くようにしてギルノールが顔を寄せる。

「本陣に……女神の使徒……リブラと名乗る男が突然現れ……大司教が殺された……。すぐに異端者の群れも現れ……騎士団長は生死……不明……」

 震える唇から紡がれる声は掠れ、辛うじて聞き取れる程度の声量しかない。

「……聖堂騎士団は壊滅したのだな」

 使徒の名が出た途端、ギルノールの顔色が変わった。

「……あれが……あれは()()()()としか……思えなかった……」

 バルドールの目が見開かれ、右手が何かを求めるように宙を彷徨う。

「奴らに……女神の祝福があるのなら……異端者とは……誰、なの――」

 刹那、闇夜にギルノールの槍が閃く。

 白銀の刃は、バルドールが声を上げる間も無くその眉間を貫いた。

 

 「死に際にそのような妄言を吐かれては士気に関わる」

 囁くように告げ、穂先を引き抜く。

 血が滴り、微かに湯気が上がる。

 立ち上がったギルノールの蒼い瞳が冷たい炎を灯し、バルドールだったものを見下ろしていた。

 

 「し……将軍?」

 その様子を見守っていた騎士が、突然のことに言葉を失っている。

 ギルノールは小さく息を吐き、槍に付いた血を拭う。

「……聖堂騎士バルドール殿は命懸けで我らに危機を報せた。しかし異端者より受けた傷は深く、介錯を望まれた。その勇気と忠義に敬意を表する。戦後、英霊として弔おう」

「……はっ!」

 迷いない足取りで本陣へ向かうギルノールの背を、騎士は慌てて追った。


 「なんと……聖堂騎士団本陣が……。では、我らは西へ援軍に?」

 本陣の天幕の中で、公国騎士団参謀イシルウェが額に三本の指を当てて目を閉じる。これは彼が思考する時の癖だった。

「いや、公国騎士団は奴らがあの穴ぐらを出たこの機に乗じ方舟を強襲する」

「それでは聖堂騎士団を見殺しに? 大司教殿が納得されますまい」

 恐らく聖堂騎士団は既に潰走している。だが、ギルノールはそれをあえてイシルウェには告げなかった。

「大陸最強と名高き聖堂騎士団がそうおいそれとは敗れはすまいよ」

「将軍」

 イシルウェの目が開き、松明に照らされるギルノールの顔を注視する。

「――何か、隠しておいでですな」

 その言葉にギルノールはため息をつく。

「お前に虚言は通じんな。そうだ。聖堂騎士団は恐らくもう壊滅している。使徒が現れ大司教が死に、騎士団長も生死不明だ」

「使徒が……」

 イシルウェが再び目を閉じ、額に指を当てる。

「山中に散った聖堂騎士団を使徒らが追撃していると仮定し、その間隙を突く。そういうお考えですな。ふむ……」

 目を閉じたまま天幕の中をぐるぐると回る。

 やがてピタリと足を止め、机の上に広げられた地図に色分けされた駒を並べていく。

「ならば我が軍は一度盆地へ降り、西へ向かうが良いでしょう」

 現在地から南へ、そこから西へ青い駒を滑らせる。

「西へ?」

「はい。使徒らは依然、聖堂騎士団の残党と交戦中のはずです。盆地を西へ移動すれば奴らの退路を断つ形になります。そしてその間に」

 北東に置かれた小さな青い駒を、地図の中央へ寄せる。

「――アゲントの部隊が敵の本丸を攻める、と」

「左様にございます。その間に(それがし)は数騎を連れ山中から西へ向かいます。聖堂騎士団の残兵をまとめ、異端者の背後を突きましょう。何より――」

 西に動かした青い駒を、聖堂騎士団本陣に置いた赤い駒に向けて滑らせる。

 カチリ、と音がして二つの駒がぶつかった。

 イシルウェの指が駒から離れ、顔を上げる。

「将軍は使徒リブラとの決戦をお望みでしょう?」

 ギルノールは一瞬沈黙するが、即断する。

「……いいだろう。伝令を天幕へ!」

「はっ!」

 その言葉に、天幕の外で騎士が応える。


 「西の友軍が夜襲を受けた! 救援のため全軍打って出る! すぐに支度せよ!」

 天幕を出て声を上げると、地鳴りのような雄叫びが冷ややかな夜の空気を揺らす。


 公国軍が、一枚の刃へと研ぎ澄まされていく。

 

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