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第二十七話 表 白い筺、純白の魔物


 真夏の太陽は地を焼き、蝉時雨は耳をつんざかんばかりに響いていた()()()()()|。


 富士山麓の星雲救世会六号施設。

 その敷地に入った途端、どちらも感じられなくなった。


 遼の立てた駆虎呑狼(くこどんろう)の計は、高瀬の活躍もあり概ね上手くいった。

 『行方不明の刑事一ノ瀬遼捜索』の名目で教団の一号施設に捜査が入ると同時に、その他都内の複数施設も対象になると情報を流した。

 これにより、遼を追う人員は警察、教団の両者で限られる形になった。

 教団と繋がりがあるとすれば副総監以上であるはずという遼の読みが功を奏し、その黒幕からすれば遼の捜索をその目的を隠したままの業務指示としたことが仇となったのだった。

 

 開いていたゲートを抜け、正面のスペースに車を停める。

 遼が降りると、後部座席に座っていたヒスイと燈もそれに続いた。

 やはり薄暗く、空気も心なしか冷たく感じる。

 風すら静止し、葉擦れの音すら聞こえない。


 目の前に(そび)えるは無機質な白い建築物。

 人……いや、生命の気配無く佇むそれは、巨人を納めた棺桶のように見えた。


 明石景真もこの景色を見て、この感覚を味わったのだろうか。


 「ふ……雰囲気ありますね……」

 燈はそう言って、自分よりも小柄なヒスイにしがみつくようにして立っている。

「そんなにくっつかれたら歩きづらいですよ、燈」

「ヒスイ様は平気なんですか?」

「そうですね。……どこか懐かしい気配がします。アニマの、残滓のような」

 遼もまた、この異様な空気の中にどこか郷愁のようなものを感じていた。

 

 ここはネビュラと繋がっている。

 その確信を深め、足を前に進める。

「……中へ入りましょう」


 曇ったガラス扉に手をかける。

 力を込めて引くとギィ、と油の切れたような音を立てて開く。

 ゲートと言い、なぜ開いているのだろうか。

 赤髪の男の顔が頭をよぎる。

 きっとこの中で、あの男が待っている。

 遼に何かを伝えるために。


 御堂コトネに仕えながら父に幼い姉弟を隠すよう助言し、いつでも遼を殺せたはずなのにそうしなかった。あまつさえ、北畠の作った窮地から救ってさえくれた。

 その目的も正体も遼には知る由もない。


 慎重に中へと踏み込む。

 扉が起こした風が埃を舞い上げ、鈍い朝日を受けてキラキラと光る。

 埃の匂いに鼻がむずむずするのを堪え、辺りを見渡す。

 そこは受付を備えたエントランスになっていた。

 来賓用らしきソファーが並ぶが、こんな山奥に客など来ていたのだろうか。

 床にも白く埃が積もり、その上にはいくつかの足跡が残されていた。

 足跡を追うように玄関から廊下へと進む。


 廊下に出ると、気配を探るように耳を澄ませる。

 しかし、そこには耳が痛くなるような静寂が横たわるばかりだった。

 ヒスイと燈も息を殺して押し黙っている。


 足跡も真っ直ぐに廊下を進んでいる。

 その先に見えたのは両開きの白い扉だった。

 縁を金で装飾された扉は、この先が神聖な場所であるとわざとらしく知らせている。

 扉の上に掲げられた文字は”礼拝室”。


 「へぁっくし!!」

 

 突然の大音量に、ヒスイの尻尾が爆発的に膨張し、燈は腰を抜かしてへたり込んだ。

「……失礼しました。アレルギーなんです」

 ばつが悪そうに眼鏡を押さえる遼に、ヒスイと燈はキョトンと目を見合わせてからくすくすと笑い合った。

 

 気を取り直して扉に向き合う。

 持ち手に手をかけ、ゆっくりと引く。


 その中は暗闇だった。

 窓のない部屋を、廊下から差し込む日の光だけが照らし出している。

 椅子も無い部屋の最奥に、ぼんやりと人間ほど大きさの白い何かが見える。

 暗闇に目を凝らすと、徐々にその輪郭が明らかになる。

 そこに鎮座しているのは、見たこともない女神像だった。

 背からは五枚の白い翼、そのうちの一枚は無惨に折れている。

 悲哀とも慈悲とも取れる眼差しで、仄暗い礼拝室を睥睨している。

 

 「――女神……オルフェナ……」

 ヒスイがふらりと像に歩み寄る。

「これがオルフェナ……?」

 宇宙移民船で創り出され、異星で神として君臨する人工知能。

 そして今、一万年の時を超えて故郷(ふるそと)とも言えるこの地球へ帰らんと画策している。


 「そう、その方が女神ORPHENA。天地の創造主にして」

 

 背後から声。

 その声は這い寄るように、冷たく首筋に絡みつく。


 「――愛しき、お母様」

 

 その声が鼓膜を揺らすまで、遼たちはその接近に一切気づくことができなかった。

 この静寂の中で足音一つ立てず。

 礼拝室の入り口に立てば、影も差したはずだ。

 

 何より、気づかないはずがない。

 

 燐光を纏い、視界に入るだけで呼吸を圧迫し、この世のものならざる美しさで微笑むこの――()()()の存在に。


 「はじめまして、で良かったかしら? 一ノ瀬遼。あぁ……どんなにこの日を待ち侘びたかしら。百年? いえ、千年かしら」


 腕を広げ、恍惚と天を仰ぐ。

 遼たちはただその様子を見ていた。いや、目を離すことができなかった。


 この小さな礼拝室は、すでにこの怪物――御堂コトネの腹の中だったのだ。

 

 

 

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