第二十七話 裏 火蓋 後
「来たか」
言いながら、全登はこちらに一瞥もくれず、眼下に視線を走らせている。
周囲には、恐らく公都の地下で見た黒マントの面々と、五十人程度が武装して周囲の警戒にあたっている。
“女神の足跡”の南に第三の翼は集っていた。
この位置からなら西の聖堂騎士団も、北の公国軍も動けばすぐわかるだろう。
「俺たちはどうするんだ?」
「お前をあの艦の中枢へ導く。ここにいる人間は皆、そのための盾であり矛だ。俺を含めてな」
景真が女神に接触すれば勝利。
極めて単純明快な勝利条件だ。
だが単純であることと容易であることは同義ではない。
「……他人に命を懸けさせることしか、俺にはできないんだな」
「自惚れるな、お前のために賭すのではない。ここに集まった者は皆、大なり小なり奴らに人生を奪われた者たちだ。その復讐のために、お前を利用させろと言っている」
「……なぜ俺なんだ? あんたじゃダメだったのか?」
「ミラビリスがお前を選んだ。そして現に、お前はここまで来た」
まるで初めからそう決められていたかのように。
「俺がここにいるのは俺の意志だ、先輩を取り戻すためだ! 俺は自分の足で教団の施設へ向かいネビュラに来た! ミラビリスがどうしようが関係ない!」
言い終えてから、自分が思ったよりも大声を上げてしまったことに気づく。
なぜあの時、一ノ瀬遼の言葉を微塵も疑うことなく富士山麓の施設へ向かった?
無人の施設に躊躇いなく踏み込み、地下へと潜った?
コハクとの出会いは偶然と言えるのか?
――どこからどこまでが己の意思だった?
「女神の元へ向かうのであれば、それがお前の自由意思か否かなどどうでもいい。お前は一ノ瀬春華を取り戻し、オービスに帰ることだけを考えていろ。さすれば、自ずと結果は収束する」
「……」
景真は全登に何か言い返そうとしたが、それは言葉にはならなかった。
行動や選択を、あるいは思考すらも何者かに操られているような気持ち悪さがうなじの辺りにこびりついている。
「……ジュストはなぜ、女神様と戦ってるの?」
静かに二人のやり取りを見守っていたコハクが口を開く。
その問いに全登の眉がピクリと動いた。
そして少しの沈黙の後、血を吐くようにこぼす。
「……オルフェナは、俺の神を殺したからだ」
コハクはその言葉に何も返さず、全登もまた語を次ぐことはなかった。
「――そろそろ聖堂騎士団が動くな」
全登が立ち上がる。
「今この聖地に使徒が何人いるかはわからん。最低でも六人、交戦が確認でき次第動く」
その言葉に黒マントたちが頷く。
「艦内、あるいは艦に辿り着く以前に使徒と遭遇した場合は”十二剣”が一対二でこれに当たる。倒そうなどと考えるな。足止めに注力しろ」
聖堂騎士団も公国軍も陽動に過ぎず、部下の”十二剣”すらも捨て駒に過ぎないということか。
そしてその全ては、景真を女神の元に辿り着かせるためだけに積み上げられてきたのだ。
手のひらに汗が滲む。
その手を小さな手に握られて初めて、震えていたことに気づく。
隣を見ると、コハクもまた強張った顔で立っていた。
その手をそっと握り返すと、震えは収まった。
「長、聖堂騎士団が動きます」
黒マントの一人が告げる。
やはり顔は見えないが、思ったよりもずっと若い男の声だった。
西側に一斉に視線が注がれる。
その視線の先で土煙が上がる。
その土煙の中、騎兵の一段が錐行の陣で斜面を駆け降り、遠く蹄が地を掻く音が響く。
そのままの勢いで集落へ迫ると、粗末な家々から黒い人影が次々と現れその隙間を黒く埋めていく。
その手に握られているのは、その多くが武器と呼ぶには心許ないものだ。
鋤や鍬などの農具や、包丁のような短刀、あるいはただの木の棒を手に、巣をつつかれた働き蜂のように一斉に西側へ向かって行った。
黒い影は陣形も何もなく、何かに突き動かされるように一つの塊となって進む。
その距離が縮まると、その黒い塊の先頭から武器を振り上げ徐々に加速し、駆け出す。
天を衝くばかりの怒声が景真の所まで届いた。
ふと、騎兵隊の起こす土煙の中に赤い点がいくつも生まれ――天へと放たれた。
その点は放物線を描き異端者の群れへと容赦なく降り注ぐと、着弾と同時に爆発する。
どん、という音が連続する花火のように遅れて届く。
着弾した場所には焼け焦げた死体と、直撃は受けなかったものの負傷して動けなくなった者が残るが、後続は怯むことなくそれらを踏みつけてなお、騎兵隊へと迫る。
騎兵隊は陣形を保ったまま右へ曲がり、群れと距離を保ちつつ再度火球を放つ。
異端者たちは騎馬の機動力と魔法の前に成す術なく倒れていった。
北からも土煙が上がる。
アゲントの騎兵隊がウェスペルを先頭に広く展開しながら斜面を下って来る。
彼らはそのまま武器を手に未だ西へと向かう異端者たちが塊になる前にその背後へ突撃すると、血飛沫を残しながら集落の中を蹂躙していった。
槍で衝き、馬で踏みつけ、メイスで頭を砕く。
半ば一方的な虐殺の様相を呈していたが、一人が馬を槍で突かれ落馬した。
異端者たちはあっという間にその兵士に群がり、手にした武器を振り下ろす。
黒々とした群れが去ると、そこにはただ赤黒い何かが残るばかりだった。
景真はその光景を現実感を喪失したまま俯瞰していた。
遠く音が響き、人が死ぬ。
あの中には見知った顔もいる。
忌避していた戦争が、いざ目の前で始まるとまるで他人事のように現実感がない。
血も、涙も、命も、祈りも、憎しみも、全てが作り物のように感じられて仕方がなかった。
この時は、まだ。




