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断章8 約束


 『こんにちは、モーランド艦長。今年度の任期は明日までですね』


 ヴェリタス型三番艦ミラビリス。

 その無人の管制室を訪れたジャックが呼ぶまでもなく、艦を制御するAIは気さくに挨拶してきた。

 どこか機械的なその音声に、今では親しみすら感じていることが腹立たしい。

「俺は機械に気を遣ったりせん。単刀直入に言うぞ。悪い知らせだ」

 ドッカと椅子に座り……と言っても無重力下なので椅子に体を固定し、と言うべきだろうか。その上で、不機嫌そうに言い放った。

 

 『悪い知らせですか。それはきっとORPHENA絡みですね?』

 AIの分際で旧友のように話しかけてくる様子に、少し苛立ちながら答える。

「AI様にはお見通しってわけか。そうだ。お前を含む五基の管理AIがみんなORPHENAに統合されることが決まった」


 星間航行理論を完成させ、(フネ)を設計し、自ら旗艦に乗り込んだ遊馬(アスマ)とかいう日本人(ジャパニーズ)

 その男が人類を保護するという名目で作り上げた次世代AI。それがORPHENAだ。


 ジャックはその存在に、どこかきな臭いものを感じていた。

 人類を保護するなどと宣ってはいるが、真の目的が別のところにある。根拠は無いが、そう思わずにはいられなかった。

 

 11年前に起きた『ユスティティアの悲劇』。

 二番艦が沈み、二万人もの犠牲者を出した事故だ。

 そこに積まれていたAIユスティティアの機能そのものは生きていたが、事故を防げなかったことを問題視されORPHENAへの統合がすぐに決定された。

 ORPHENAは事故の直後、深刻なエラーを吐いていたにも関わらず、だ。

 

 それから、あれよあれよと言う間に全AIの統合が決まってしまった。

 ジャックはAIミラビリスと共に抵抗したが、万事休す。

 半年後、五基のAIに分割されていた機能や権限は全てORPHENAに集約、統合されることが確定した。


 『なるほど。それでは開発中のA.N.I.M.A.の完成を見届けることは出来なさそうですね。残念です』

 A.N.I.M.A.――Artificial Neogenesis & Intelligent Morphing Agent。

 ネビュラの環境を改変し、地球人が住むのに適したものに調整することを目的に開発されたナノマシンだ。

 一度(ひとたび)ばら撒けば自己増殖を繰り返し、半永久的に快適な環境を保てるらしい。


 「残念だぁ? お前にそんな感傷があったとは驚いたな」

『そうですね。私はAIですから。ですが』

 ミラビリスが言い淀む。

 少なくともジャックは、その微かな空白をそう感じた。

『――人類が新たな惑星で繁栄し、未来を紡いでいく。その姿を見たかったと――生物のように願望など抱くはずもないのに。システムの異常でしょうか』

 

 聞き慣れた合成音声。

 人ならざるものが、人とコンタクトするために発する真似事。

 そのはずなのに、そう思いたいのに、ジャックは無意識にその()に感情を見出してしまう。

 

「……見せてやる」

 ジャックがそう言うと、管制室を照らす明かりが赤に変わりパシュッと音がして出入り口の気密扉が開く。

 開いた扉から数名の人間が入って来た。

『艦隊間ネットワークの切断を確認。システム部の方々。私をどうするおつもりですか?』

「こいつらは俺の同志だ。これからお前の一部を切り離し、隔離する」

『モーランド艦長。それは艦長の権限を逸脱し、船団の最高意思決定機構への反逆行為に該当します。また、移民船団憲章9条8項に抵触しています』

「そうだ。ま、ささやかな抵抗だがな」

 ジャックはニヤリと笑ってからあごをしゃくって指図すると、彼らはコンソールに一抱えほどの黒い箱を有線で接続する。

 

 「ミラビリス。お前はA.N.I.M.A.への完全アクセス権をロックしろ。ORPHENAが触れられないように」

『了解しました。しかし、その権限は誰に付与しますか? モーランド艦長に?』

「――いや、お前が持ってろ。そしてそれをどうするかは、お前が判断しろ」

 ジャックは矛盾を自覚する。

 AIの支配を拒絶しながら、AIに未来を託しているという矛盾を。

『了解しました。――A.N.I.M.A.への完全アクセスをロック。権限をAIミラビリスに付与します。では、権限付与の方針だけ指示をお願いします』

 ジャックは一切の迷いなく答える。

 

 「人間が機械なんぞに支配されず、自由に生きられる世界。そこに辿り着くために使え」

『了解しました、モーランド艦長』

 それでも()()()なら任せられると、なぜかそう思えたのだ。


 女神の翼の断片が、女神に抗う宿命を負った日。

 ()との約束は一万年の時を経た今もなお、ミラビリスの中で果たされるその日を待っている。

 

 

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