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第二十五話 表 鍵


 消毒液が微かに香る診察室に五名の男女が膝を突き合わせて座っている。

 寒そうにしていた茉由に合わせて冷房を緩めたため、少し汗ばむのを感じる。

 

 茉由は鎮痛剤の効果もあってか、未だ寝息を立てて眠っている。


 「……なんかとんでもないことになってるとは思ってたが、異世界と来たか」

 先ほど乾と茉由にした説明を、さらに掻い摘んだ話を聞いた高瀬が嘆息する。

「高瀬さん、これは――」

「疑ってるわけじゃない。……お前がこんな冗談言うような奴じゃないってのはよく知ってる。でもな、それを簡単に受け入れるには俺はちと現実に揉まれすぎてるわけよ」

 遼の言葉を遮った高瀬が、もう一度深く息を吐く。

 

「でもまぁ、色々腑に落ちるところもあるな。……教団についても苔守村の件についても、上層部の動きは明らかにおかしかった。で――」

 小さな丸椅子に座り直し、遼を正面に見据える。

「一ノ瀬は五日後、赤髪の男の言う通り教団施設に行くんだな?」

 改めて覚悟を問われているような気持ちになり、遼は少しだけ逡巡する。

「……はい。姉の行方も、母の生死も、ヒスイさんの帰還も、全て教団と繋がっています。だからもう、答えはそこにしかない……そう考えています」

「勝ち目はあるんか? ネビュラ人ってのは魔法みたいな力が使えるんだろ?」

「この世界では、えっと、自分の体の中にあるアニマだけしか使えないので、……あまり大きな奇跡は起こせません。……それでも体を強くしたりはできるので、生身で勝つのは難しいかもしれません」

 ヒスイがそう答えると、黙って聞いていた乾が口を開く。

「アニマは身体の再生能力も備えてるんじゃないかと踏んでるんだが、この世界の武器は通じるのか? 銃とか」

 ヒスイが黙り込む。

 

 アニマを持たない相手に、その感覚を伝えるための言葉に苦慮しているようだ。

「ヒスイ様」

 見かねた燈がヒスイに耳打ちする。

「ゲームっぽく説明してみたら?」

 ヒスイの尻尾が天啓を得たとばかりにピンと立つ。

「なるほど、さすが燈ですね」

 

 ヒスイはコホンと咳払いをすると、高瀬と乾に向き直る。

「それは相手のMP(マジックパワー)と、魔力次第です。豊富なMPとそれを操る高い魔力を兼ね備えた相手なら、例え撃たれても防御力を上げて防いだり、たちどころに回復されてしまうかもしれません」

「うん? ……かえってわかりづらくなったような」

 乾は困惑しているが、

「なるほど、バフとリジェネか。厄介だな」

 高瀬は理解できたようで、顎に手を当てて考え込んでいる。


「でもそのアニマってのは、ネビュラ人はみんな持ってるんだよな……。一ノ瀬はどうなんだ。ハーフなんだろ?」

「遼の中にもありますよ。……最初はなぜ遼にアニマを感じるのかわかりませんでしたが、母君から受け継がれたものと知り合点がいきました」

 そう答え、ヒスイは遼を見る。

 その柔らかな視線は目ではなく、胸の辺りに注がれていた。


 ヒスイの言葉で、自然と自らの体の中に意識が向く。


 確かに()()

 血流に乗って全身を巡り、増殖し、

 この感覚を遼はずっと知っていた。知りながら、意識の外にあった。

 生まれた時からこの体を構成する一部だったからだ。

 

 それは粒子のようで、波動のようで、エネルギーそのもののようでもある。

 そしてその奥に何か、アニマに守られるように小さな結晶があった。


 ()()()()()()()()()


 これが”鍵”か。

 

 ずっと()()にあったのに、どうして気づかなかったのだろう。

 それに手を伸ばすように意識を集中させる。

 すると、拍子抜けするほど簡単に掴むことができた。


 ――ずっと、この時を待っていたかのように。


 遼はふらりと立ち上がると、おもむろにベッドで眠る茉由の元へ向かう。

「お、おい、一ノ瀬?」

 明らかに様子のおかしい遼を乾が止めようとするが、その白衣の袖を引いて止めたのはヒスイだった。


 包帯の上から茉由の傷口に触れる。

 触れたその向こうに、輸血により遼から渡ったアニマを感じる。


 茉由の血管内を巡る無数のアニマ、その一つ一つが手に取るようにわかる。

 本来アニマを持たない者の体内で、その数は徐々に減少しつつあった。

 

 だが、これだけあればこの程度の傷を治すことなど造作もない。

 やったことがなくとも、それが理解できてしまう。


 血中のアニマを傷口に集め、掌握する。

 集まったアニマたちが新たな細胞を作り、塞ぎ、繋ぎ合わせていく。

 使い慣れたキーボードをブラインドタッチで叩くような気やすさで、深い傷が遼の意思一つで治癒していく。

 

 「乾さん、抜糸を」

 乾は慌てて包帯を取り、すでに塞がりかけている傷口を見て驚愕する。

「信じられん……。これがアニマか」

 

 急いで糸を抜くと、それを待っていたように傷が完全に塞がりきった。

「痕すら残ってない……」

 乾が傷口のあったところに顔を寄せて凝視する。

「……ちょっと、どこ見てんのよ」

 声の方を向いた乾を、目を覚ました茉由が冷ややかな目で見ていた。

「……これは医者の眼差しというもんだ。お前の腹なんか見て喜ばんわ」

 乾もそれに冷ややかな声を返す。

「あーはいはい。……ってマジでなんか治ってる!? 痛みも無いし!」

「おい、服をめくるな服を」


 目の前の騒ぎをよそに、遼は自らの手のひらをじっと見る。

 この力は、間違いなくこの後に待つ戦いで役に立つ。いや、必要不可欠だろう。

 

 アニマを持つものであれば癒すことはもちろん――()()()()()()()()


 これはそういう力だ。

 試すまでもなく、そう理解できた。


 開いた手を閉じ、強く握る。

 しかし、だからこそ使い所を誤ってはならない。


 アニマを自在に操る感覚は、味わったことのない全能感を遼に与えた。

 この世界の(ことわり)をすら掌握したかのような高揚感が全身を包んでいた。

 これがあれば、人ならざるもの――あの御堂コトネを倒すことすら叶うかもしれない。

 

 ――この力は危険だ。


 家族を取り戻し、ヒスイを故郷へ送り帰す。

 そのために、守るべきものを守る。

 それ以上の力は過分だ。


 もう後には戻れない。

 五日後、何が起こるのか想像すらつかない。


 それでも、ここまで来た。

 ならば前へ進もう。

 覚悟を確かめると、拳を緩める。


 その遼の横顔を、ヒスイが静かに見つめていた。

 

 

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